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私が保育士をやめた本当の理由ーー崩れた自信「子どもたちや保護者に認められたかった」

「一身上の都合で退職」と紙1枚が貼り出された。給料や業務量の問題だけなのか?保育士は使い捨てではない。1人の人間が、子どもたちの安全と成長を見守っているのだ。

2016年3月末から1年も経たない間に、保育士の過半数が退職した認可保育園がある。

東京都内にあるこの認可保育園では、保育士が退職するたびに「一身上の都合で退職」と1枚の紙が貼り出された。年度途中に退職した場合、多くが事後報告。子どもたちは何も知らされず、昨日まで遊んでいた保育士とお別れをする機会はなかった。保護者はLINEのグループで、退職理由を推測し合った。

「あの先生は1カ月以上も休んでいた。うつではないか?」「あの先生は全身に蕁麻疹ができていた」

保育士の退職は、珍しいことではない。東京都の保育士実態調査によると、保育士登録している人のうち、実際に保育士として働いているのは約半数とみられる。うち2割が「保育士を辞めたい」と考えている。

調査では、退職を考える理由として「給料が安い」「仕事量が多い」があげられている。だが、それだけなのだろうか。本当に、保育士の仕事に絶望してしまったのだろうか。

BuzzFeed Newsは、この保育園を年度途中に退職した保育士の女性(26)に話を聞いた。

Aさんは、保育士になって3年目。退職したこの園が2園目だった。保育士になる前は接客業をしていた。他のクラスの園児の保護者にも積極的に挨拶する、元気のいい先生だった。

「母親が働いていたので、私も保育園で育ちました。働くお母さんを応援したくて保育士になりました」

連絡帳を通じて、保護者とコミュニケーションできるのが嬉しかった。子どもの様子、家庭の様子、「ありがとう」「お疲れさま」といった感謝の言葉。朝、子どもを保育園に送ってくるのは父親も多いが、夕方、迎えに来るのは母親のほうであることが多い。

「ママが疲れていたらすぐわかる。ママも一人の女性。元気になってほしくて、『ネイルかわいいですね』など、子どもとは関係ないことで褒めたりしていました」

そんな「接客」のようなコミュニケーションが、保育士たちの間では異質だった。店長の経験もあったから、指示や改善案はきっぱりと口にした。「浮いているな」と自分でも感じていたという。

挨拶すらしないことも

認可保育園は国の基準により、保育士の配置人数は決められている。0歳児は3人につき保育士1人、1・2歳児は6人に1人、3歳児は20人に1人・・・というように、年齢が低いほど保育士の人数は多くなる。

Aさんは、2〜3人で一緒に担任を持つうえで、連携の難しさに悩んだという。

「私はズバッとものを言うので、苦手だと思われていたようです。他にも、男性保育士が苦手な人や、自信がなくて他の保育士に遠慮してしまう人など、保育士同士の関係がうまくいくケースはほとんどありませんでした」

言葉を交わすのは業務上必要なときのみで、挨拶すらしない時期もあった。

少人数のスタッフ間でコミュニケーションがうまくいかないケースは保育士に限らないが、保育士ならではの事情もある。

保育室でのマウンティング

保育士としての経歴、現場での職歴、年齢、その園での勤続年数・・・上下関係が複雑な複数人が、ともに子どもの命を預かる仕事をする。Aさんがこの園で最初に担任したクラスのもう一人の担任は、前年度のクラスからの持ち上がりだった。子どもとの愛着関係では、最初から圧倒的な優劣がついていた。

にもかかわらず、子どもはAさんに抱きついてきた。「『こっちに来ないでー!』と叫びたくなりました」。もう一人の担任の視線が気になって仕方がなかった。

そんな些細なことで、と驚くかもしれない。でも、それこそが保育士のアイデンティティーなのだとAさんは言う。

「保育士になる人って、自分が一番、人気者でありたいんです。子どもにも親にも、認められたくて仕方ない。保育室でのマウンティングは、あります」

1歳児10人を1人で見る

国の基準では、1歳児は6人につき保育士2人だ。自治体や園によっては、安全のために国基準より多く保育士を配置し、5人に1人としているところもある。クラスに10人いれば保育士は2人、13人いれば保育士は3人になる。10人に2人よりも、13人に3人のほうが、保育士の配置は手厚いように感じられる。

だが、やりやすいのは10人に2人のほう、保育士が少ないほうだ、とAさんは言う。なぜなら「10人に2人=5人に1人」というわけではないからだ、と。

「保育室にいるときは、常に全体を見渡しています。10人を1人で見ている人が2人いる、ということ。だから13人よりも10人のほうが、10人より6人のほうが、見るべき子どもの数が少なくていいんです」

1歳児はひっきりなしに友達に噛みつく。そのたびに、Aさんともう一人の保育士が同時に気づき、別方向からダイブして止めに入る。たとえ連携が取れていたとしても同じだったろう。保育士はそれぞれが責任をもって安全確保に努めるのだ。

賃金を上げれば保育士は辞めないのか

日本には、資格があるが保育士として働いていない潜在保育士が約76万人いるとされる(2015年4月)。現場の保育士不足を解消するため、さまざまな対策が取られている。

保育士宿舎を借り上げて家賃を補助する事業は、横浜市を皮切りに複数の自治体が追随し、若手保育士の奪い合いになっている。

内閣府は2月、保育士の子どもを優先的に保育園に入園させるよう、自治体に通知した。東京都世田谷区は10月から、常勤保育士の給与に月1万円を上乗せしている。東京新聞によると政府は来年度から、キャリアが7年以上の職員に「副主任保育士」と「専門リーダー」の中堅役職を設け、賃金を月4万円上乗せする処遇改善策を調整している。

子どもの命を預かり、働く保護者を支える保育士たち。労働環境や賃金を是正することはもちろん大事だ。そのうえで、いつも子どもの前でニコニコしている保育士たちの「人間らしさ」は、ちゃんと尊重されているだろうか。狭い保育室での人間関係や、子どもや保護者に好かれたいという承認欲求は、ないがしろにされてはいないだろうか。

別の認可保育園で働いた経験がある元保育士(25)は、仕事でキャリアを積んでいる保護者と、目の前の子どもと対峙する保育士との間に「壁」を感じていたという。

「ノーメイクで髪を振り乱して泥だらけになって子どもと遊んで。毎日は楽しくて、でも緊張の連続で。保育士のキャリアは経験値でしかなく、何かアクシデントがあると自信なんて一瞬で脆く崩れます。将来の見通しを立てられない仕事なんだっていう劣等感みたいなものがありました」

保育士を使い捨てる現場

Aさんと同時期に、20代後半の男性保育士Bさんも退職した。Bさんは保護者とのコミュニケーションが苦手で、段取りは良くなかった。だが、根っからの子ども好き。子どもと一緒に地面に転がり、どこからか廃材を集めてきてはおもちゃにし、抱っこをせがまれるといつまでも膝に乗せていた。

「彼は決して、悪い保育士ではなかった。ただ、彼を育てる余力が現場になかっただけです」

と、Aさん。保護者の一人はこう証言する。

「通勤するとき、出勤途中のB先生と時々すれ違っていました。最初は明るく挨拶をしてくれたけど、だんだん目を合わせなくなって、辞める直前にはずっと下を向いて歩いていて、つらそうでした。子どもの前ではどんな表情を見せていたのか・・・」

Bさんはなぜ辞めたのか。保育園から姿を消した2日後に「一身上の都合で退職」と1枚の紙が貼り出されただけだった。

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