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Updated on 2019年6月11日. Posted on 2019年5月30日

戦争中、女性は生理をどう過ごしていたのか。明治〜昭和の広告でわかること

脱脂綿を洗って何度も使うリサイクルや、ぼろ布や糠袋での代用が提案されていました。

ナプキンやタンポン、月経カップまで、さまざまな生理用品がありますが、昔の人たちは生理のとき、どうしていたんでしょう。

女性誌に掲載されている生理用品の広告を集め、サイトに公開している山浦麻子さんに、紹介してもらいました。

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

むかしの女性はどうしてた? 女性雑誌の生理用品広告集」では、山浦さんが集めた約280点の雑誌記事、表紙、広告、商品パッケージを掲載しています。

生理用品の元祖は「月経帯」

月経の処置方法が提唱され始めたのは、明治時代だそうです。

「月経帯」とは、使い捨ての紙や布を当てる際に、押さえる丁字帯のこと。今でいうサニタリーショーツです。ナプキンの役割をするのは脱脂綿で、両方をセットで使うことが適切な処置とされていました。

「月経帯の大王」 なんだか強そう

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

子宮病の原因は月経時の挿原防経にあり 外部より吸収装置(すゐとるしかけ)の品は幾多の月経帯中唯本品あるのみ

--『婦人世界』1910(明治43)年 5巻第3号

それまでは脱脂綿を膣に詰めていたそうです。

経血の処理はもっぱら自己流か母娘の「口伝」で、脱脂綿を膣内に挿入する女性が多かったといいます。取り出せなくなったり不衛生だったりして、病気になることもありました。

山浦さんによると、「健康で優秀な子どもを産んでもらおうと、生理のときには衛生的な処置をしようという啓蒙を主な目的にしている広告が多くありました」

「ただ、女性誌を読んでいたのは、一部の上流階級の女性だけ。啓蒙はあくまで優生思想に基づいていたようでした」

大正末期に発表された細井和喜蔵の『女工哀史』にも、経血の処理などが考慮されていない、女工たちの過酷な労働環境が描かれています。

「強き方も決して粗相せず」

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

子宮病原因ハ月経ノ時ノ紙布脱脂綿ヲ挿入スルニ依ル是其繊維カ局部ニ残留シテ腐敗シ炊衝起スカ故ナリ外部ヨリ吸収スル本品ニ依リ予防セラレヨ

--『婦人世界』1910(明治43)年 5巻第7号

「如何なるハゲシキ御運動にも」

Asako Yamaura

大正時代に入ると、薄ゴムが国産化され、輸入品ではない「ビクトリヤ月経帯」が発売されました。

「当時20歳くらいだった大和真太郎による画期的な開発でした。値段が下がり、着け心地もより快適になったようです」(山浦さん)

欧米婦人は誰彼の別なく、進歩せる月経帯を使用してをります

使用後のセンタクは、全部ゴム製品なれば、只ザッと水をかけるばかりで、キレイになります

--ビクトリヤ『婦人画報』1915(大正4)年 8月巻

おしゃれな缶に入っていました。

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

大正から昭和初期にかけて、ビクトリヤの成功を受けて各メーカーから「エンゼル」「メトロン」「スイタニヤ」「フレンド」など月経帯の発売が相次ぎました。

広告のデザインにしのぎを削り、人気女優による広告も目立つようになりました。

しかし、昭和16(1941)年に太平洋戦争が始まります。

脱脂綿が使用制限へ

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

脱脂綿より3割安い模造綿が「代用品」として登場しました。

脱脂綿は、赫赫たる武勲の戦傷病将士の手当に欠くことの出来ない貴重な軍需品の一つです。私達女性はこの時局を深く認識し、月経時の脱脂綿使用を廃止して、経済的で衛生的な本品を愛用して報國の誠を致しませう

--プリシラ『主婦之友』 1941(昭和16)年6月号

「忙しい銃後のご婦人方...」

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

他社とおしゃれさや快適さで競っていた生理用品の広告は、急に質素なものになっていきます。

忙しい銃後のご婦人方...生理の問題だけは...簡便で衛生的なさんぽんにおまかせ下さい

--『主婦の友』 1942(昭和17)年3月号

Akiko Kobayashi / BuzzFeed

同じ『主婦之友』なのに、紙が統制されたことによって、どんどん薄くなっていきました。

上から1931(昭和6)年、1942(昭和17)年、1945(昭和20)年。

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

雑誌のページ減に伴って広告のスペースも縮小され、生理用品の広告も他の広告と同様、小さな枠になっています。

--ビクトリヤ『婦人倶楽部』 1943(昭和18)年3月号

使った綿を水洗いして再生

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

脱脂綿を洗って繰り返し使ったり、ぼろ布や端布、糠(ぬか)袋で代用したりする「ライフハック」が紹介されました。

婦人の毎月使ふ綿は大変なものでせう。これを各自で再生したらほんとにお國のためです

糠は脂肪が多く、水気をはじく性質がありますから、糠袋を使へば丁字帯だけで月経帯はいりません

--『主婦之友』 1940(昭和15)年4月号

Asako Yamaura / Via nunonapu.chu.jp

月経時の脱脂綿代用に=配給の脱脂綿も少く月経時に大へん困ってゐると、挺身隊の方々からよく聞きますが、損んでざくざくになつた手拭やタオルを半分に切り、煮沸して六つ折にして使ふと非常に工合よく、綿がなくても困りません

--『主婦之友』1945(昭和20)年 新年号

生理用品の「失われた時代」

Akiko Kobayashi / BuzzFeed

1951(昭和26)年まで、脱脂綿の配給制が続きます。そして1960年代に使い捨てナプキンが普及するまでは、生理用品にとって「失われた時代」となっていたそうです。

山浦さんは、こう話します。

「明治、大正、昭和にかけての生理中の対処について積極的に啓蒙してきた機運が、戦時中にいったん途切れます」

「今は、災害が起きたら救援物資として生理用品を届けることは当たり前になっていますが、当時は、生理はないがしろにしてもいいという感覚だったのではないでしょうか」

参考文献:田中ひかる著『生理用品の社会史

Contact Akiko Kobayashi at akiko.kobayashi@buzzfeed.com.

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