トランプ時代を歌うコメディアン 「ポジティブな力になれ」と語る

    シュールなコメディアンであるティム・ハイデッカーは、リベラル派の憤慨を訴える歌を作曲している。

    ドナルド・トランプ大統領が選挙で当選した2016年11月8日の数日後、ティム・ハイデッカーは、怒りと混乱が交互にこみ上げるなか、カリフォルニア州グレンデールにある自宅の地下室で楽曲制作に取りかかった。同氏はBuzzFeed Newsとの最近のインタビューで「アイデアを伝えるのに、歌は一番簡単でわかりやすい方法だ」と話している。

    ハイデッカーは、シュールな2人組コメディアン「Tim and Eric」のひとりとして10年以上テレビで活躍してきた。

    2016年11月に作曲を始めた時、ハイデッカーを反体制歌手だと思っている人は誰もいなかったし、実際、歌手としてはほとんど知られていなかった。しかしハイデッカーのコメディーの土台にはいつも音楽があった。ハイデッカーは2016年春、郊外に暮らす父親たちを痛烈に皮肉ったアルバム『In Glendale』をリリースしている。そして11月に自宅の地下室で完成させた3つ目のアルバムでは、トランプ大統領の勝利に触発された、陰気だが笑える賛歌がシリーズになっている。

    『Trump Tower』という曲でハイデッカーは、レオン・ラッセルを思わせる下降音階のピアノ演奏に合わせて、「奴らは僕をトランプタワーの最深部まで引きずり下ろす。そして茶色や黒の兄弟たちが並んだ棚の横に僕をおくんだ」と泣き叫ぶ。

    ペンシルベニア生まれで、演じるキャラクターの錯乱ぶりとは対照的な優しい顔をしたハイデッカーは、ラッパーのYGやカナダのインディー・ロックバンド『Arcade Fire』、ケイティ・ペリーのような、くすぶり続ける政治不安を歌にこめて伝えようと努力するスター・ミュージシャンたちの一団には属していない。

    ハイデッカーは、見かけによらず技巧派のソングライターだ。この1年で7つの「トランプ・ソング」をレコーディングしていて、そのうち5曲は大統領選の後に録音されている。どの曲も、(サイケ・ロックバンド『Foxygen』のジョナサン・ラドーのような)音楽好きな友人の自宅や地下室で散発的なインスピレーションを得て生まれたという。

    3月末にリリースされた『Mar-a-Lago』でハイデッカーは、トランプ大統領がフロリダに持つ豪華なカントリークラブを、ジミー・バフェットやビーチ・ボーイズの歌に出てくる「ヤシの木の楽園」の代わりとして使いながら、おかしくも哀れな合衆国大統領にナレーター兼ツアーガイドをさせている。『A Note From Donald J. Trump’s Pilot』では、痛烈な無理心中の妄想を、キャット・スティーヴンスのフォークソング風のアコースティックギター演奏にのせて歌っている。『I Am a Cuck』や『Richard Spencer』という歌は、驚くほどソウルフルにオルタナ右翼をからかっている。

    「どうして人があんな風になるのか、私には説明できない」。『I Am a Cuck』のヒントとなったトランプ支持派の白人のナショナリストについて、ハイデッカーはこのように語った。彼らの中には自分の番組を見ているものもいるだろうことに、ハイデッカーは戸惑いすら感じている。「でも、同じ白人男性として、あらゆる機会に恵まれている、白人でストレートな性的嗜好の男性として、世の中にいるああいう連中に、できれば創造的な方法で反撃する責任があるんじゃないかと感じる。だって、彼らに言いたいんだ、『クソのような存在でなく、ポジティブな力になれ』ってね」

    権力の真実を歌うことは、ハイデッカーにピッタリの役ではない。ハイデッカーの歌は、通常のプロテスト・ミュージックではなく意地悪で面白おかしいものだが、多くのミュージカル・コメディーよりはあからさまに政治的メッセージが強い。

    だが、リベラル派たちが、過去12カ月について、現実そのものが劇的崩壊に瀕したびっくりハウスのような別の宇宙とそっくり入れ替えられたように感じているとしたら、今という時代を的確に語る吟遊詩人を、彼以外に想像することは困難だろう。彼は、方向感覚を麻痺させるようなニュースサイクルを、研ぎ澄まされたナンセンスの感覚で記録し、予想している。

    ハイデッカーがスタンダップ・コメディ(一人漫談)のネタにトランプ大統領を使い始めたのは数年前のことだ。不動産王で、リアリティー番組『The Celebrity Apprentice』のホストでもあったこの人物の不倫騒動の2012年の大統領選出馬を受けてのことだった。ハイデッカーはステージで、トランプ大統領のようなビジネスマンをワシントンのトップに据えることを熱望する「感じの悪い、右派の、女嫌いのクソ野郎」を演じている。

    2016年の選挙期間中にケーブルテレビのニュースを支配したトランプ支持者の集会を見ながら、ハイデッカーの心は絶望感に満たされていった。大統領選挙の投票日は、たまたま『Decker』の撮影があった。この番組の中でハイデッカーは、自分が「(アメリカを)自由にする手助けができる唯一の人間」だと信じている、男臭さに溢れる愚鈍なスパイを演じている。

    大統領選の結果が判明した時の番組スタッフの雰囲気についてハイデッカーは、「われわれにとっては辛い結果だった」と言う。「一緒に働いているのはみな、若くて、リベラルな考えを持っている人たちだ。女性も多いし、アーティストもたくさんいる。だからすっかり意気消沈し、混乱して、先行きに不安を抱き、腹立たしくもあった」

    選挙後の熱い想いから『Trump Tower』が生まれたように、ハイデッカーは、その後のトランプ・シリーズの曲を即興で書いてリリースするのを好んだ(『Mar-a-Lago』は土曜日にシャワーを浴びながら鼻歌を歌っている時にできて、日曜夜に自身が持つ「Bandcamp」のページに投稿した。ここでの収益は、エバーグレーズ財団に贈られることになっている)。

    ハイデッカーは、インスピレーションがある限り、レコーディングを続けるつもりだという。彼はこのところ、『ブライトバート・ニュース』の元会長で、トランプ大統領の上級顧問を務めるスティーブン・バノンに思いを巡らせている。バノンという名は「リズミカルだ」とハイデッカーは言う。

    「もしあなたがアーティストで、今世の中で起こっていることについて語っていないとしたら、後から振り返って、自分はあのとき何をしていたのだろうと思うんじゃないかと思うよ」

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan