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身分証もない中で失業、コールセンターを突然解雇… でも、根強い「生活保護だけは受けたくない」の声

生活が立ち行かなくなった時、生活再建のために使うことができるのが生活保護だ。しかし、まだまだ抵抗感は根強い。それはなぜか、見えてきたのは「生活保護バッシング」による影響だ。

新型コロナウイルスが経済にも影響を及ぼす中、仕事や住まいを失う人が増えている。特に、アルバイトや日雇いなど非正規雇用の人々ほど、ダメージを受けやすいという状況がくっきりしてきた。

コロナは、この社会に暮らす人々にどんな痛みをもたらしているのか。苦しむ人々と、それを支援しようとする人々を取材した。

身分証も失い…

毎週土曜日の午後になると、東京都庁の真下に多くの人が列を成す。無料の食事の提供と生活・医療相談を行う「新宿ごはんぷらす」の会場だ。

集まった人々は、密集しすぎないよう配慮しながら食事の提供を待つ。事務局を務める認定NPO法人自立生活センター・もやいの理事長・大西連さんによると、BuzzFeed Newsが取材した日には177人が並んだ。

列に並んでいた30代の男性に話を聞いた。身分証を失い、訳ありでも働ける職場を転々としてきたと言う。仕事は人間関係の問題などで「入っては辞めてを繰り返してきた」

今は仕事を失い、路上で暮らす。公園で寝泊りをし、東京各地の炊き出しを転々としながら、食いつないでいるという。

東京都は、コロナの影響で住まいを失った人がビジネスホテルに宿泊することができる事業を提供していた。

男性は、この事業のことを知っていた。生活保護を受けるという選択肢があることも、理解しているという。だが「自分が使えるのかどうか、自信がない」と明かす。

まずは、生活相談をしてみたらどうですか。そう尋ねると、「今日は様子見で…」とつぶやいた。

支援の情報が届いていても、そしてアクセスする窓口が目の前に開かれていたとしても、手を伸ばすことを躊躇する人が今もいる。

「これって私じゃん」

40代の女性はこれまで3年間、コールセンターの非正規スタッフとして働いていたが、突然解雇を言い渡された。

「6月15日に振り込まれる給料が最後」と漏らす。生活は切り詰めている。しかし、家賃を払えるか不安が残る。

昨年から化学物質過敏症を、今年からは精神疾患も患い、再就職先を見つけることは容易ではないという。いまは生活保護を視野に入れつつ、支援団体のサポートを受けている。

支援の情報を知ったきっかけはTwitterだったという。フォローしていたアカウントがリツイートしたのが、認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの支援情報だったという。

その情報を目にして、初めて「自分は支援を必要としている状況にある」と気付くことができた、と振り返る。

「ツイートを見て、これって私じゃんって思ったんですよ。もう、自分だけではどうにもできない状態でした」

「生活保護ってどうしても1人親の方とか、もっと困っている方が使うイメージが強かったので」

実家の家族とは長年、疎遠な状態が続いている。

「両親はできることなら、頼りたくないんです。あまり仲が良くないので‥」

家を飛び出し、水商売で働き始め、その後は仕事を転々としてきたという。仕事を得られるだけでなく会社の寮で暮らせることが、水商売の何よりの魅力だったと語る。

これまでもチャンスがあれば正規雇用で働きたいとは思ってきた。しかし、働きたい日に働ける手軽さや、日払いや週払いで給料が受け取れることなどもあり、非正規雇用での仕事を続けてきた。

この女性は「また仕事に就きたい」と強調する。

そのためにも、まずは安心して治療に専念したい。そして、生活再建を支える仕組みとして、生活保護を受けることに少しだけ前向きになれた、と話した。

根強い、生活保護への抵抗感

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの大西連さんは、「初めて相談をする人よりも、2回目、3回目の相談をする人が増えている」と語る。

以前、相談した際は辛うじて仕事があり、生活することができていたものの、ついに所持金が尽きたといった相談も寄せられている。「生活保護を受けるか悩んでいたけど、受けるしかない」といった声もあるという。

この日、新宿区のビジネスホテルから6月1日朝に追い出され、路上で生活していた30代の男性も生活相談を受けていた。

その男性は生活保護に抵抗感を抱いており、日給9000円の日雇い仕事を見つけ、不安定でも生活保護は受けないことを選んだ。

生活保護を受ける際に扶養紹介が家族のもとに行くことが、この男性にとっては「ハードルだ」という。

「目先の仕事があると、生活保護ではなく、そちらを選ぶという人は少なくありません。日雇いの仕事などで、何とかつなぐ」

「もう少し長いスパンで考えれば、生活保護を使って、アパートを見つけて、仕事を探した方がより良い仕事が見つかる。でも、生活保護を使いたくないので、頑張れば、何とかなると考える方がいるのも事実です」と、大西さんは語る。

広がる契約打ち切りの不安

全国労働組合総連合(全労連)は6月6日、コロナの影響を受けた人々から相談を受ける電話相談会を全国各地で開いた。

東京都文京区の全労連事務所には10人以上のスタッフが電話口で待機した。持続化給付金、雇用調整助成金、休業補償など使える制度を案内し、必要に応じてその後もサポートする。

電話が鳴る。男性スタッフが即座に受話器を手にとった。

「はい、コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守るなんでも電話相談会です」

大手企業で派遣社員として働く女性からの相談だった。女性は過去に内臓疾患を患って以来、身体があまり丈夫ではない。

会社から過去の疾患とその後の経過について、さらに現在通院している病院の情報など根掘り葉掘り聞かれたことで、「次の契約更新のタイミングでクビになるのでは…」と不安になったという。

電話を受けたスタッフは女性に近くにある労働組合の窓口を紹介し、必要があればさらに相談するよう呼びかけた。

働く人々だけでなく、経営者からも相談が寄せられた。

埼玉県で解体業を営む男性は、雇用調整助成金や休業補償などの存在を知らないまま、従業員たちに補償してきた。どこに相談すれば良いかわからずにいたという。使える制度とその申請方法を聞き、申請を試みると彼は相談員に語った。

この日、全国の相談員のもとには1217件の生活相談が寄せられた。そのうち生活費に関する相談が552件。

新型コロナは、あらゆる人の生活に影を落としている。

雑踏の中で、手を差し伸べる

22時過ぎの池袋駅(東京都豊島区)。

飲み会終わりだろうか、人の波が改札に吸い込まれていく。緊急事態宣言が解除され、一部では目まぐるしい速さで日常が戻りつつある。

「お疲れ様です」「またね」

笑いながら言葉を交わし、家路につく人の流れの中で、駅前に座り込む男性がいた。

多くの人はチラッと一瞬だけ目を向け、そして、また前を向く。その男性の隣に座り、耳を傾けていたのが、池袋を拠点にホームレス支援を行うNPO法人TENOHASIの代表・清野賢司さんだ。

男性は2週間ほど前に身を寄せていた親族の家を出て、路上生活をはじめた。今は生活保護を利用することには前向きではないという。

TENOHASIは毎週水曜日、池袋駅周辺で夜回りを行っている。パンやおにぎりなどを渡して歩く。必要に応じて生活相談にも応じる。

生活相談に対応するのが清野さんの仕事だ。4〜5月は生活相談の件数も急増した。6月に入り、一旦は落ち着きを見せた。

しかし清野さんは「生活困窮が可視化されるまでにはタイムラグがあるため、変わらず危機感を抱いている」と語る。

2008年にリーマンショックが起きた時も、生活困窮の相談は半年後〜1年後まで断続的に寄せられた。ダメージの全体像は、すぐには見えてこないのだ。

あらゆる人が抱く、生活保護に関する不安

清野さんはこの日、サンシャインシティ近くの公園で夜回りをしていたスタッフが出会った男性のもとに駆けつけた。

男性は外国籍。日本で生まれ育った。日雇いの仕事で生活していたが、3月から仕事が減り、5月にアパートを出た。その後は路上で生活していたという。

「外国人登録証明書だと貰えないと聞きました」

彼は自身の国籍の問題から、生活保護を受けることができるのか不安を抱えていた。清野さんは、男性の場合は受給が可能だと伝えた。

安心したのか、笑顔を浮かべる男性。翌朝に外国人登録をしている自治体へ赴き、生活保護を申請することになった。

「これをお使いください」

清野さんはその日の宿泊費と食費として男性に6000円を手渡し、電話番号を伝えて男性と別れた。

手渡した資金は「東京アンブレラ基金」が拠出しているものだ。この資金によって、様々な団体が緊急一時宿泊の費用を提供することができている現状がある。

この日、清野さんが1日の活動を終えたのは23時過ぎだった。

東京都は12億円を計上したが…

TENOHASIは月2回、炊き出しをしている。炊き出しに並ぶ人は4割増だという。

「これまで炊き出しに並んでいなかった人たちが生活に困窮し、ここに来ればご飯が食べられるらしいと聞いて来た人が増えている」と清野さんは語る。

小池百合子都知事は4月、住まいを失った人々のための補正予算12億円を確保し、ビジネスホテルを一時宿泊施設として提供する方針を示した。

現在、ビジネスホテルに滞在している人々にについて東京都福祉保健局は「居宅移行を進めていく」と語り、生活保護や生活困窮者自立支援制度を使い、住まいを確保していくとしている。

新型コロナへの対応の中で、住まいを失った人々への支援が改善されつつあることを清野さんは認めた上で、それでもまだ対策は十分ではないとの認識を示す。

「現場では相変わらず、利用者に対する一部の冷たい、縦割りの対応がなされています。利用者は自分がどの枠に入るかわからない。各担当窓口は自分たちの業務にあなたが適合しているかだけを確認し、適合していない場合にはダメだと言われて帰される。本人のニーズにあったワンストップサービスとはかけ離れた状態です」

「また、支援の情報が行き届いていないケースもある。都は一貫して、支援の情報を広く届けることに消極的です」

現在、働きたくても仕事がないケースも少なくない。そんな中でも、行政は支援制度を使う場合には原則3ヶ月で自立することを強く求める。

「普通に仕事がある時であれば、自立までの期限を設けることはやむを得ない。でも、今のような状況で、3ヶ月支援を受けてもお金が貯まりませんでしたとなった場合、それは自己責任ですか?」

支援の現場に立ち続けるからこそ、様々な社会の矛盾を目にしてきた。生きることすら脅かされる、ギリギリの状態にいつ誰が陥るのかは誰にもわからない。

「生きてる中で、少しでも失敗してしまえば、人権の一番基盤の部分である生存権すら脅かされてしまう。今の状態は結構なギャンブルと言わざるを得ません」

「生活保護の方の場合は月収13万円ほど、TOKYOチャレンジネットを利用される方の場合は月収7万円ほどで、誰からも必要とされず、職場では蔑まれるようなストレスフルな状況で生きている人もいる。そんな中で、自分の生活をマネジメントできますか?そんな甘いことを言うな、と言う方もいるでしょうが。これもまた現実なのです」

それは「自己責任」なのか?

2012年、週刊誌の報道を皮切りに、お笑い芸人の河本準一さんの母親が生活保護受給者であることがわかり、バッシングが巻き起こった。

この問題を自民党の片山さつき参院議員が追及。メディアも「不正受給疑惑」として取り上げ、報道が過熱した。

2012年の衆議院選挙で政権に返り咲いた安倍晋三総裁率いる自民党の公約の1つが、生活保護の支給額原則1割引き下げだった。

翌年には、自民党政権下で厚労省がデフレと物価の減少を理由に生活保護支給額を引き下げている。

安倍首相は2020年6月15日、参議院予算委員会で「文化的な生活をおくる権利があるので、ためらわずに申請してほしい」と生活保護を受けることは国民の権利であることを認める旨の答弁した。

社会に浸透した生活保護への抵抗感を払拭することはできるのだろうか。生活が成り立たないのは「自己責任」とする風潮は今も根強い。

同時に、福祉の窓口では生活保護受給を食い止めることを目的とした「水際作戦」をはじめとする不適切な対応も一部で依然として続く。

「働きたいけど働けない」、取材中何度も耳にした言葉だ。

これまで仕事に就き、自力で生活してきた、でももう新型コロナで立ち行かない…そう漏らす人は少なくない。

SOSをキャッチし支援する、セーフティーネットは機能しているのか。

危機に瀕し表面化したのは、新型コロナの影響が始まる前から続いてきたコストカットにより弱った社会福祉が、人々の生活を支えきれていないという現実だ。