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ワクチン接種後の死亡事例、因果関係「評価不能」は何を意味する?不信感払拭のため必要なのは…

ワクチン接種が原因と確認された死亡事例は現時点では存在しない。しかし、死亡事例が報じられるたび不安が喚起されている。根本的な課題はどこにあるのか?

新型コロナワクチンの接種が進む中、時折報じられる「ワクチン接種後〇〇人死亡」という速報が不安を喚起している。

厚労省の専門家部会の資料を確認すれば、因果関係については「評価できない」「評価不能」という言葉が並んでいる状態だ。

ワクチン接種が原因と確認された死亡事例が現時点では存在しないという結論がわかりにくいために誤解が広がる側面もある。

なぜ、こうした問題は起きるのか。因果関係が「評価できない」事例をどう解釈すべきか。専門家は日本においてある仕組みが欠けていることが根本にはあると指摘する。

「接種後〇〇人死亡」の速報、その報道は適切か?

ワクチン接種後に起きた出来事だとしても、それが本当にワクチン接種と因果関係があるものであるかどうかはわからない。

接種後に起きた健康上の問題は全て「有害事象」と呼ばれ、そのうちワクチンとの因果関係が確認されたものが「副反応」となる。

新型コロナワクチンに関しては、副反応として接種部位の痛みや発熱などが起こることがあるとされている。

また、稀にアナフィラキシー(強いアレルギー)反応を引き起こすこともある。

新型コロナウイルス感染症やワクチンに関して正確な情報を発信するため、日米の医師らが運営する「こびナビ」の副代表を務める木下喬弘医師は因果関係を丁寧に分析することの重要性を次のように語る。

「ワクチン接種との前後関係だけでは、それが副反応であるかどうかはわかりません。ワクチンを接種したから死亡した、異常行動を起こしたということを証明するためにはワクチンを接種していない人でも同じような事例があるのかどうかを調べる必要があります」

日本においては予防接種法に基づく「副反応疑い報告制度」があり、医師は有害事象の報告を義務付けられている。

加えて、国は「先行接種者健康調査」「接種後健康状況調査」を、製薬会社は「製造販売後調査」を実施し、ワクチン接種後の様々な症状を把握する仕組みを構築している。

こうした仕組みを通じて、報告された有害事象のデータは厚労省に設置された副反応検討部会において分析され、因果関係の有無が判定される。

だが、ニュースでは度々、この有害事象に関して報告された数字がひとり歩きしている。

例えば読売新聞は5月28日、『ファイザー製ワクチン接種後57人死亡、累計85人に…厚労省検討会「現時点で重大な懸念なし」』と題した記事で、次のように報じた。

死因では脳卒中や心不全などが多く、8割以上が65歳以上だった。接種との因果関係について、厚労省の有識者検討会は、27人を「評価できない」、30人を「評価中」とし、現時点で重大な懸念はないとした。

21日までに約866万回の接種が行われ、死亡例の累計は85人になった。

これらは厚労省が5月3日〜21日に医療機関などから報告されたワクチン接種後の死亡事例の数をまとめた数字だ。接種との因果関係が確認された死亡者の数字ではないことに注意する必要がある。

5月26日に開催された副反応検討部会では2月17日から5月16日までに報告されていた55の死亡事例について、現時点では「情報不足等によりワクチンと症状名との因果関係が評価できない」と総括。

5月26日までにワクチンとの因果関係が否定できない(認められる)死亡事例はゼロとなっている。

木下医師は厚労省が発表した数字だけを伝える報じ方に苦言を呈す。

「ワクチン接種後に57人死亡と報じられれば、普通はワクチン接種のせいで死んだと思いますよね。でも、実際は違います。少なくとも現時点ではワクチンのせいだとは言えません」

「事実だけを伝えるという報じ方そのものが間違っているとは思いません。ですが、どのようにそのデータを解釈すれば良いのかが提示されていないために、読者の方がどのように受け止めれば良いのかわからないのではないでしょうか。不必要にワクチンへの不安を煽ることになりかねず、危惧しています」

「因果関係が評価できない」が意味することとは?

副反応検討部会の専門家が下す「因果関係が評価できない」という評価は、どのように理解すべきなのだろうか?

木下医師は「因果関係の評価不能という結果は、完全に因果関係を否定することはできないが、因果関係があるとは言えないという意味」と説明する。

「そもそも因果関係はないと完全に否定をするということは難しい。ですから、接種との因果関係を評価をする上では、どれくらい疑わしいのか?ということがポイントとなります」

副反応検討部会に提出されている資料を読めば、現時点でワクチンが原因で死亡したと考えられる事例は日本においてゼロであることがわかる。

しかし、厚労省の検討部会は「因果関係が評価できない」という以上に、踏み込んだ情報発信は行っていない。

「本当は行政の側も表現に強弱をつけて、因果関係の有無について現時点で言えることを発信していく必要があると思います。例えばアメリカでは、CDCやFDAがワクチン接種後の死亡事例を調査しており、定期的に現時点ではワクチン接種が原因で死亡したと考えられる事例はありませんということをしっかりと発信しています」

「同時にメディアも現時点でワクチン接種との因果関係があると言える死亡事例はないことを伝えずに、ワクチン接種後〇〇人死亡と報じるだけでは、ワクチンとの関係があるのではないか?という不安を広げてしまいます」

情報を公表する厚労省側、そして公表された情報をもとに報じるメディア側、双方に課題は残る。

木下医師は不安を喚起する報道を減らしていくためにも、「専門家の解釈を経た記事を出してほしい」と要望する。

「ワクチン接種後にこのような死亡事例が起きた、このような有害事象が発生したという報告が上がっていたときに、専門家であればこの有害事象は副反応である可能性がある、これはワクチンの仕組みや体の仕組みを踏まえると副反応であるとは考えにくいといった判断が可能です。そうした濃淡をつけた情報をメディアにも報じていただきたい」

「ワクチン接種後に死亡したという事例がセンセーショナルに報じられることもありますが、中には接種とは直接関係のない、古い病変による影響を疑わせるような事例があるのも事実です。報じる前に専門家へ取材していただければ、因果関係の有無を断言することが難しかったとしても、現時点でどのように捉えるべきかをお伝えすることはできます」

因果関係「評価不能」の裏には、制度の課題も

日本の副反応検討部会の専門家はなぜ、接種との因果関係について「評価不能」という評価を下すのか。背景には、日本の副反応疑い(有害事象)報告制度が抱える課題がある。

ワクチン接種後の出来事が有害事象か、それとも副反応であるのかを判断するためには先述の通り因果関係の調査が鍵を握る。

しかし、日本には制度上、ワクチン接種者で確認されている症状が、ワクチン非接種者でも確認されているのかどうかを迅速に調査するために必要なデータが蓄積されていない。

こう課題を指摘するのが、エモリー大学小児感染症科医師で、アメリカのNIHワクチン治療評価部門やCDCの「Vaccine Safety Datalink」(VSD)でワクチンの安全性評価に取り組む紙谷聡医師だ。

「もちろん、日本でもワクチン接種との因果関係が疑われる事例については人口動態調査などのデータをもとに分析が行われています。しかし、より正確な解析を行うためにはこうした外部データは一般的に十分ではありません。副反応をモニタリングすることに特化したデータベース、すなわち予防接種と紐づけられた疾患などの健康に関するデータの蓄積が日本にはないために因果関係の有無を評価することが非常に難しい。疫学的な評価をもとに明らかな『因果関係はありません』と断言できないために、不信感が残り、ワクチンへの忌避感へとつながり泥沼化してしまうのです」

対照的にアメリカでは、1990年代に「Vaccine Safety Datalink」(VSD)が創設され、9つの病院群と連携し、予防接種のデータと共に患者の疾患や病院受診、薬の服用などに関する情報が匿名化した上で蓄積されている。

有害事象や副反応を疑う事例が報告された際、蓄積されたデータベースをもとに分析することで、それがワクチン接種によるものであるかを判断することが可能となっている。

若年層に多い割合で発生することが疑われる場合には若年層に限って、男性に多い割合で発生することが疑われる場合でも性別を調整して、専門的な分析をすることもできる。

「データを後付けで集めるというのは非常に難しい。莫大な費用と時間がかかる一方、そうした後付けの研究によって得られる成果は非常に限られます。そのため網羅的な健康情報と予防接種の情報を結びつけたデータを日頃から蓄積することは非常に重要です」

「副反応疑い報告制度」だけでは不十分?

アメリカにはワクチン接種後の健康状況をモニタリングするために、4つの仕組みが整備されている(そのうち日本は1つしか整備されていない)。

1つ目が、日本における「副反応疑い報告制度」に相当する「VAERS」だ。

医師や患者など誰でも報告することができるシステムで、全国規模で幅広く情報を収集している。

「VAERSでは、ワクチン接種後に急にある疾患が増えているといった状況を早めに検出することが可能です。規模が大きいため、非常に稀な疾患であっても見つけ出すことができるというメリットがあります」

「ただし、このシステムはワクチンを接種した人々からの報告のみを集めているため、ワクチンを接種していない人々とのデータと比較することができず、因果関係の評価ができないことが最大の欠点です。また、報道などで注目された症状があった場合に、一時的にそうした報告が増えて偏りやすいという問題も抱えています」

因果関係評価のために重要な役割を果たすのが、2つ目の「VSD」と呼ばれるデータベースだ。

「VAERSは様々な利点を持っていますが、これだけでは不十分なシステムです。VSDがあってはじめて、相互補完的に機能します」

日頃から連携している病院群からの情報が自動で匿名化を保ちつつ蓄積されていく。ここで蓄積されたデータが、ワクチン接種とある症状の因果関係を調査するために活用されている。

例えば新型コロナウイルスワクチンなど新しいワクチンが出た場合、VSDは毎週ごとにある特定の疾患がワクチン接種者の間で比較群と比べて増えていないかを解析できるという。

3つ目の「CISA」は、医師がワクチンの専門家に個別の症例を相談できるシステムだ。ワクチンによる副反応であるか否かの判断が難しい場合や、その後のワクチン接種への助言などを得るために利用されている。

4つ目の「V-Safe」は、コロナワクチンの接種を進める上で導入された新しい仕組みだ。

CDCがワクチン接種者に対し、個別にテキストメッセージを送信。そのメッセージに添付されているフォームで接種後の健康調査を行う仕組みだ。場合によっては、CDC側が追加で個別に連絡し、調査を行う場合もある。

新型コロナワクチンの妊婦における安全性を評価する上では、この「V-Safe」に寄せられた妊婦からの情報が活用されている。

ワクチンへの不信感払拭のためにも、仕組みの整備を

因果関係について「評価不能」という結果を提示するだけでは、接種後の出来事についての解釈を国民に委ねており、混乱を招きかねない。

「日本の予防接種事業に関しては、ワクチン開発支援、臨床試験など様々な点で改善の余地があることが今回のパンデミックで明らかになりました。しかしその中でも特に、この安全性評価のために特化したデータベースの構築は肝となります。感染症の脅威から守るためにワクチンを国民に推奨するうえで、その安全性をしっかりと評価してモニタリングすることは国の責務だと思います。しかしそれができなければ、いくら莫大な予算をかけて開発された効果や安全性の高いワクチンが承認されても、誤情報やデマによってすべて水の泡になってしまいかねません」

「VSDのようにデータを日頃から蓄積し、有事の際には迅速に因果関係を評価できる仕組みがあれば、その結果をもとにワクチン接種との因果関係はないから安心してください、と積極的に発信することが可能になります」

アメリカでは30年以上前に、ワクチン接種とその後の有害事象の因果関係評価のためにはVAERSだけでは不十分であるという議論が起こり、こうしたデータベースが整備された。

日本国内でも新型インフルエンザやHPVワクチンの問題などが取り沙汰されるたび、新たなデータベースの構築の必要性が専門家から指摘されていた。しかし、いまだ導入には至っていない。

新型コロナを機に、日本も改めてこうしたデータベース構築に向けた議論を本格的にする必要があると紙谷医師は問題提起する。

「これ以上、こうしたシステムの問題をうやむやにせず、しっかりと改善に向けて動き出す必要があると思います。しっかりとワクチンの安全性を担保することは、国民の誰もが願っていることですし、ワクチンへの不信感を払拭することにもつながります。次のパンデミックに備えるためにも、こうした新たなワクチン安全性評価システムの構築が急務だと思います」

厚労省も公式サイトで注意喚起

6月8日、厚労省は公式サイト上で注意喚起のメッセージを発信した。

「国内外で、注意深く調査が行われていますが、ワクチン接種が原因で、何らかの病気による死亡者が増えるという知見は得られていません」

「海外の調査によれば、接種を受けた方に、流産は増えていません」

「接種後の死亡と、接種を原因とする死亡は全く意味が異なります。接種後の死亡にはワクチンとは無関係に発生するものを含むにもかかわらず、誤って、接種を原因とする死亡として、SNSやビラなどに記載されている例があります」

なぜ、このようなメッセージを発信しているのか。厚労省の予防接種室の担当者はBuzzFeed Newsの取材に次のように語る。

「ワクチン接種が進むにつれて、デマを含む間違った情報が広がっています。実態をお伝えするためにも、正しい情報を発信することとしました」

担当者は、これまでも副反応部会後に記者向けのブリーフィングを実施するなど正しい情報を伝えるための努力を重ねてきたと説明。

「今後も正しく、かつ分かりやすくワクチン接種に関する情報を届けていきたい」とした。

なお、アメリカの「VSD」のようなデータベースを日本でも導入することについては、「あった方が良いのは事実」との認識を示しつつ、「一朝一夕で整備できるものではない」と述べるにとどめた。