新入社員の女性(当時24歳)が過労のため自殺した大手広告代理店・電通。厚生労働省は過去3回にわたり、電通を「子育てサポート企業」として「くるみんマーク」の認定をしていた。電通は11月1日、認定を返上した。
認定は「実態を押さえていない」
子育てサポート企業とは、次世代育成支援対策推進法に基づき、一定の基準を満たした企業を厚生労働大臣が認定するもの。2016年9月末現在で2657社が「くるみんマーク」の認定を受け、より高い水準の「プラチナくるみん」は106社が認定を受けている。
日本共産党の倉林明子議員は、11月8日の参院厚生労働委員会で、プラチナくるみん認定を受けた大企業のなかにも、残業時間協定が「過労死ライン」とされる80時間を超え、90〜120時間の企業があると指摘した。
一方で、ほとんどの従業員が午後5時に退社している化粧品会社のランクアップは、2人しかいない男性従業員が子育て中ではない。そのために「期間中に男性の育休取得者がいる」という認定基準を満たしておらず、くるみん認定を受けていない。
塩崎恭久厚労相は「必ずしも実態をすべて押さえていないのではないかという指摘を踏まえたうえで、今後、より適切な認定基準を作っていきたい」と、認定のありかたを見直す考えを示した。
実態を押さえていないものであっても、企業がくるみんマークを取得したがるのはなぜか。
厚労省の認定を受けると、くるみんマークを商品や広告などにつけ、子育てしやすい企業であるとPRすることができる。厚労省のホームページに会社名が掲載され、税制優遇措置も受けられる。
就活情報サイトなどでは、女子学生のために「子育てに優しい企業を探すキーワード」として、くるみん認定企業を紹介していることもある。
「残業あっても頑張りたい」
ただ、実際の事情は異なるようだ。
転職情報サイトのエン・ジャパン人材紹介事業部長の菊池篤也さんは「新卒はともかく、中途の転職市場においては、くるみんマークはそれほど効果がありません」と話す。
「転職者は、より自分に合った働きかたを求めています。制度があっても実際に使えるのか。土日休みや残業なしというのは本当か。長く働き続けられそうか。口コミサイトなどで調べたうえで、実際に社員から話を聞きたいというニーズが多いです」
制度がどうであれ、リアルな実態を知りたがっている、というのだ。
さらに菊池さんによると、働きやすさを求めて転職しようとしている人であっても、労働条件と、自身の能力・成長とを天秤にかけているという。
例えば、休日出勤があるとしても、その仕事がキャリアアップややりがいにつながるのであれば挑戦したいという人もいる。制度が充実している大企業でなくても、自己裁量で働けるなら中小企業のほうがいいという人もいる。「どこまで頑張れるか、頑張りたいか」を基準に会社を選ぶ人たちにとって、くるみんマークの有無は意味をなさない。
「『いい会社』の基準が多様化している。会社の看板ではなく、個人の価値観によるところが大きくなっています」
「子育てしやすい」だけでは不十分
厚労省の雇用均等基本調査によると、くるみん認定がはじまった2007年は、女性の育児休業取得率が9割となった年。05年の7割から急上昇した。育児・介護休業法が改正され、出産後も働き続ける女性が増えてきたころだ。くるみん認定は少子化対策の一環で進められ、仕事と育児を両立する制度や環境は次第にととのってきた。
「子育てしやすい企業」が特別ではなくなった。すると、経営者も働く人たちも「その次」を目指しはじめた。
昨年、話題になった「資生堂ショック」という言葉が象徴的だ。
資生堂は、1万人の美容部員を対象に、育児中であっても遅番や土日勤務に入るようにする業務改革を決めた。魚谷雅彦社長は毎日新聞のインタビューで「2004年に女性活躍を経営戦略として位置づけてからは、『育児中でも働ける』会社から『育児中でも活躍できる』会社へステージを進めるために準備してきた」と、その狙いを説明している。
「両立支援」から「戦力化」へ。折しも今年4月には女性活躍推進法が施行され、企業には従来の次世代法に基づく子育て支援の行動計画(従業員101人以上)だけでなく、女性活躍の行動計画(従業員301人以上)も義務づけられた。配慮と登用の両輪が求められるようになり、くるみんは重要だが、くるみんだけでは不十分、となってきたのが最近の流れだ。
配慮ではなく、生産性向上のため
「くるみんはあくまでベンチマーク。目指すのは、女性に限らず全社員の働き方改革です」
そう話すのは、損保ジャパン日本興亜の人事部ダイバーシティ推進グループ業務課長の上西優子さん。同社は、くるみん認定の制度が始まった07年から継続的に取得し続けており、15年に5回目となった。
もともと同社では、男性は総合職、女性は業務職(いわゆる一般職)と、男女の役割が分かれていた。結婚・出産しても女性が仕事を辞めずに済むように両立支援に力を入れ、その延長でくるみん認定を受けてきた。
その後、同社のダイバーシティ戦略は「働きやすさ」から「働きがい」へ、そして「多様な働き方」に移っていく。15年度からは、育児や介護の有無にかかわらず、全社員の働き方を柔軟にした。在宅勤務の回数上限をなくし、シフト勤務を全職場に広げたことで、アポの合間の時間を有効活用したり、海外とやりとりするために朝型勤務を選んだりできるようになった。
「育児や介護の事情に配慮するためではなく、生産性を上げるための制度なので、利用するかしないかは自由です。男性の利用率を上げるといった一律の数値目標はもうけていません」(上西さん)
結果、在宅勤務の利用者数は14年度の131人から15年度は1522人に大幅に増え、利用者の7割が「生産性が向上した」と答えた。
制度に甘えるわけにはいかない
さらに同社は、休みも多い。有給休暇は年間23日。特別連続休暇(年間5日間は連続して休まなければならない)など、必ず休む仕組みにしており、週末に一度でもパソコンにログインした場合、1週間以内に代休を取るルールにもなっている。しっかりと休むことで、能力を最大限に発揮することが狙いだ。
過去と同じ働き方をしていても業績は上がらない。だから働き方を変えることで、いま以上の成果を目指す。企業が生産性向上に主眼を置くようになると、社員は制度に甘えてはいられなくなる。一部では「休める一方で成果を求められるのは厳しい」と反発が起きることもあるが、やりがいやモチベーションの向上にはつながる。
前出のエン・ジャパンは、給与や福利厚生といった「衛生要因」だけでなく、「承認・賞賛」「達成」「成長」「責任」といった「動機づけ要因」が、働く人の満足度を左右する、と分析している。
制度が整っている会社はすばらしい。それを見える化した「くるみんマーク」にも一定の効果はある。だが、社員がやりがいを持って働き続けられる会社には、それだけではない経営戦略がある。
電通の「くるみんマーク返上」によって見直される認定基準は、実態を表すものになるのだろうか。それとも、くるみん認定そのものの存在意義を問うことになるのだろうか。
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