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電通過労自殺、母親が語った社会へのメッセージ  「命より大切な仕事はありません」

「大好きなお母さん、さようなら」

長時間労働問題で揺れる国内最大の広告代理店・電通。昨年12月に過労自殺をした新入社員、高橋まつりさん(当時24)の母親・幸美さんが11月9日、東京都内で開かれた「過労死等防止対策推進シンポジウム」に登壇し、その心中を語った。

幸美さんは時折嗚咽し、言葉を詰まらせながらも、会場に向けてゆっくりと、語りかけるように言葉を投げかけた。

「希望に満ちていました」

「こんにちは。私の最愛の娘は、高橋まつりと言います。娘は昨年、12月25日、会社の借り上げ社宅から投身し、自らの命を絶ちました。3月に大学を卒業し、4月に新社会人となったわずか9ヶ月のことでした」

そう話し始めた幸美さん。愛娘が大学時代に国費で北京留学をしたことや、「持ち前のコミュニケーション能力」を生かして早い時期に電通の内定をもらったことなどを、とつとつと語った。

「新人研修でも積極的にリーダーシップをとり、班をまとめた様子を話してくれました」

「私の班が優勝したんだよ、と研修終了後には、嬉しそうに話してくれました。『憧れのクリエイターさんに、アイデアを何回も褒められたのを励みに頑張るよ』と、希望に満ちていました」

5月、インターネット広告の部署に配属されると、高橋さんの生活は激変したと、幸美さんは言う。夜中や休日まで仕事をするようになり、終電の時間が過ぎても仕事をするようになった、と。

「10月に正社員になると、土日出勤朝5時帰宅という日もあり、『こんなに辛いと思わなかった、今週10時間しか寝てない。会社辞めたい。休職するか、退職するか、自分で決めるからお母さんも口出ししないでね』と言っていました」

「大好きなお母さん、さようなら」

11月に入ると、高橋さんはうつ病を発症する。1991年、入社2年目の男性社員が過労自殺した「電通事件」の記事を持ってきて、「こうなりそう」と話すこともあったという。

「私は、『死んじゃだめ、会社を辞めて』と何度も言いました」

「そのころ、先輩に送ったメールには『死ぬのに丁度いい歩道橋を探している自分に気がつきます』とありました」

ツイッターには、パワハラやセクハラに悩まされている様子も書き込まれていた。高橋さんは上司に異動を申し出たが、その返事は「仕事を減らすから、もう少し頑張れ」だったという。

しかし、12月には「36協定」の特別条項(残業時間の上限を引き上げる項目)が部署全体に発令され、深夜労働が続いた。忘年会の準備にも追われていたと、幸美さんは振り返った。

そして、クリスマスの朝。高橋さんはこんなメールを幸美さんに送り、自ら命を経った。年末には「実家に帰るからね、お母さん、一緒に過ごそうね」と言っていたにもかかわらず、だ。

大好きで大切なお母さんさようなら、ありがとう。

人生も仕事も全てが辛いです。

お母さん、自分を責めないでね。最高のお母さんだから。

幸美さんはこのメール文を読み上げながら、嗚咽した。会場では鼻をすする人、涙をハンカチで拭く人の姿があった。

「大切な娘は二度と戻ってこない」

「社員の命を犠牲にして業績を上げる企業が日本の発展をリードする優良企業といえるでしょうか」と語気を強めた幸美さん。

電通社員の心得としても知られる「鬼十則」の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」に触れ、こうも述べた。

「命より、大切な仕事はありません。娘の死はパフォーマンスではありません。フィクションでもありません。現実に起こったことなのです」

「娘が描いていたたくさんの夢も、娘の弾けるような笑顔も、永久に奪われてしまいました。結婚して子どもが生まれ、続くはずだった未来は、失われてしまいました」

さらに言葉に力を入れ、続ける。

「私が今、どれだけ訴えようとしても、大切な娘は二度と戻ってくることがありません。手遅れなのです」

「自分の命よりも大切な愛する娘を突然亡くしてしまった悲しみと絶望は、失ったものにしかわかりません。だから同じことが繰り返されるのです」

命を預かっているという責任

この事件を受け、電通では22時消灯や残業時間の上限削減など、長時間労働への対策が進んでいる。

これを意識してか、幸美さんは同社の経営陣に向け、「社員の命を預かっているという責任感を持って本気で改革に取り組んでもらいたい」と訴えた。

「残業時間削減を発言するだけではなく、根本からパワハラを許さない企業風土と、業務の改善をしてもらいたいと思います」

「政府には国民命を犠牲にした経済成長第一主義ではなく、国民の命を守る日本に変えていただくことを望みます」

その願いは、体の底の方から絞り出されたかのように力強い声で、語られた。

自死に至った3つの理由

シンポジウムでは、高橋さんの遺族代理人を務める川人博弁護士も講演し、自殺に至るまでの経緯を説明した。

そのうえで川人弁護士は、「彼女がなぜ死に至ったのかには、3つの理由があります」と、以下の3点を示した。

  1. 深夜までの長時間労働の過労と睡眠障害
  2. 上司による適切な労務管理がおこなわれておらず、パワハラと評価して差し支えないような言動があった
  3. 会社全体として労務管理システムがきちっと機能していなかった

なかでも、3番目の「会社全体としての労務管理」に言及。「具体的にいえば、36協定で70時間とされていた残業時間を大幅に上回っていた」と批判した。

自己申告と実労働のズレ

川人弁護士が示した、高橋さんの入退館記録をもとにつくられた労働時間の表からは、その働き方の過酷さが透けて見える。

高橋さんの残業時間は、昨年10月に「69.9時間」、11月に「69.5時間」と、上限だった70時間ギリギリに申請されていた。しかし、労災認定された昨年10月9日~11月7日の労働時間は約105時間だった。遺族側は「会社が過少申告をさせていた」と主張している。

そもそも電通では、社員がゲートを出入りする時間を管理している。1991年の「電通事件」を受けた取り組みだ。

ただ、労働時間に関しては自己申告で、「自己啓発」などと申請することで、残業時間を過少申告する状況が常態化していたとの指摘もある。

改革は言葉だけではなく

「(高橋さんの)自主申告の記録では、形式的には70時間未満と帳尻が合うようになっていた。実際の労働時間と自己申告のズレが、過重労働を生み出す背景でもあり、それを隠す機能を果たしていた」

11月7日には、同社に厚生労働省による強制捜査が入ったばかりだ。塩崎恭久厚労大臣も、「今後、書類送検を視野にしっかりと捜査を尽くす」と踏み込んでいる。

川人弁護士は、講演をこう締めくくった。

「二度と同じような犠牲を出さないため、労働局には必要な調査を行っていただきたい。それが求められているし、会社も抜本的な改革を言葉だけではなく、全力を挙げて実行していただきたい」

「働くものの健康なくしては、健全な経営は成立しないこと、強く申し上げたい」