仕事も家庭も美しさも トランプの娘イヴァンカにモヤる私たちは「女子力」から逃れられない

    構造批判より、受けを狙うほうが実用的

    パリス・ヒルトンに続くセレブがついに現れたーー。

    ママ向けメディアで執筆しているライターの新里百合子さん(32)は今年はじめ、イヴァンカ・トランプの存在を知ってピンときた。

    「金髪、白人、長身、美人。2児のママ(当時は3人目を妊娠中)で、生粋のセレブ。しかもハリウッドの映画女優ではなく、ビジネスウーマン。目新しいセレブの要素が詰まっています」

    アメリカ次期大統領のドナルド・トランプの長女、イヴァンカ・トランプ。大統領選が佳境になるにつれて知名度が増した彼女だが、そのファッションやライフスタイルは日本でも注目されている。

    イヴァンカは「インスタの天才」(新里さん)だ。豪邸で撮影しているはずのインスタグラムには、ほどよく生活感が散りばめられている。新里さんはブログやママ向けメディアで、スーパーセレブ・イヴァンカの魅力をいち早く紹介した。


    Google Trendsでみるイヴァンカの人気度(青)

    イヴァンカブランドが日本で爆売れ

    海外ファッション通販サイト「waja」によると、トランプが次期大統領に決まった直後の11月中旬、イヴァンカの名前を冠したブランド「イヴァンカ・トランプ」のアクセス数は、それまでの400倍に跳ね上がった。2012年5月に販売を始めてから月1ケタで推移していた売れ行きは、11月は136点となり、追加で出品した。

    「イヴァンカ・トランプ」のワンピースは、胸元の露出が少なく、長さは膝丈。タイト過ぎないがウエストにポイントがあり、身体のラインがほどよく表れる。ジャージー素材でオールシーズン着ることができ、アイロンいらず。1万円以下の価格帯からある。

    「30〜40代の働く女性にとって、求めやすい価格と定番のデザイン。オフィス仕様でありながら、ちょっとしたモテ要素が含まれています。トランプ氏がきっかけで火がつきましたが、商品そのものが魅力的であることは間違いありません」(PRの鈴木由紀恵さん)

    イヴァンカは今年2月、雑誌のインタビューでこう語っている。

    10年前とはまったく異なる女性らしさを、私たちは表現できるのです。それは、私のブランドが実際に抱いている、洗練された、適度にセクシーな審美眼なのです。役員室にもふさわしく、夫とのデートにも着ていけるような服なのです。

    それについて、日本でも話題になっているBuzzFeed Newsの翻訳記事「イヴァンカに同情してはならない。彼女を恐れよ」は「言い換えると、権力の座から欲望の対象に移り変わる服だ」と指摘している。

    イヴァンカは父親と同様に、自分のライフスタイルをブランド化した。彼女のものの見方は、表にははっきり出てこないが、シンプルで、父親と同じだ。つまり、世界は純血の白人男性によって牛耳られるべきだという考え方だ。女性がその中で働くなら、適切な服を着て、適切な身体を持ち、適切な振舞いをする必要がある。

    冒頭の新里さんは、この翻訳記事を読んで衝撃を受けたという。

    「イヴァンカを目新しいママのロールモデルとして無自覚に紹介していた身としては、彼女のブランドのイデオロギーが父親のそれに通じるなんて、思ってもみませんでした」

    美しさが資産になる

    イギリスの社会学者キャサリン・ハキムの著書『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』は、外見上の魅力やセックスアピールを、資産、教養、人脈に続く「第4の資産」と位置づけた。「エロティック・キャピタル」を積極的に使うことによって人生は豊かになる、としている。

    仕事でもデートでも使える服。適度にセクシーで「女性らしい」スタイル。女性たちは「実用性」を求めつつ、その意味についてふと、考えることがある。

    大手広告代理店・電通で働いていた高橋まつりさん(当時24歳)は、昨年12月に自殺する前、Twitterにこうつづっていた

    「男性上司から女子力がないと言われる、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である」

    「私の仕事や名前には価値がないのに、若い女の子だから手伝ってもらえた仕事。聞いてもらえた悩み。許してもらえたミス。程度の差はあれど、見返りを要求されるのは避けて通れないんだと知る」

    「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな(と言われた)」

    仕事の負担に加え、「女子力」を求められることにも悩んでいた様子がうかがえる。

    「女子力」を求めているのは誰か

    「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ。」とうたった東急電鉄のマナー向上広告、「25歳からは女の子じゃない」「『がんばってる』を顔に出さない」とした資生堂インテグレートのCMなど、女性の見た目に関する発信に女性が声を上げると、それについての批判が起きる。

    朝日新聞の悩み相談コーナーで8月、グラビアタレントの壇蜜さんが、男子中学生からのセクハラを相談した女子中学生に対し、「貴女に必要なのは勇気と余裕です」「悪ふざけには貴女の『大人』を見せるのが一番」と回答した。

    セクハラは、黙って受け流すのが「正解」なのか?

    男性が多い職場では、声を上げて反感を買うよりも、好感をもたれる振る舞いをしたほうがラクだということを、女性たちは感覚的に知っている。男性の家事育児参加を望めず、男女の賃金格差が解消されず、女性管理職は増えないーー。一体どこから手をつけてよいかもわからない構造を批判しても、何かが変わるとは思えない。ならばせめて、自分が受ける不利益を最小限にとどめたい。

    新里さんは、イヴァンカに共感するかどうかは、女性の現状満足度のリトマス紙だという。

    「イヴァンカが現状を非難しないのは、その構造にいて十分に幸せだから。日本でも、父親の会社で役員をしているようなイヴァンカ的な女性は、現状に満足しています」

    「デモをしたり声を上げたりして構造を変えようとする女性もいますが、そこに情熱を注ぐよりは、女性らしさという資源を活用するほうが、その是非はともかく、ラクなんです。だからイヴァンカのワナビー(彼女のようになりたい人)が生まれるのだと思います」

    今年5月、ワンピースのブランド「Ayuwa」を立ち上げた渡部雪絵さん(37)は、自身のブランドと「イヴァンカ・トランプ」はよく似ている、と話す。

    身体にぴったりというほどではないが、ウエストにポイントがあり、曲線的なラインを見せる。膝は出しすぎず、隠しすぎず。いやらしくはなく、あくまで上品に。「婚活向きの服」と評されることもある。

    「確かに、男性の目は意識しているかもしれません。私自身、男性が多い職場で働いてきて、彼らに受け入れられる服を選んできた。イヴァンカさんもそうでしょう」

    渡部さんは2002年に大手銀行に入行し、主に金融業界で働いてきた。性別に関係なくキャリアを積んできたつもりだったが、12年に妊娠が判明すると、当時の勤め先で契約を更新されず、雇い止めになった。長男を出産後、働いていない状態では保育園に預けるのにも苦労した。「私の十数年のキャリアは何だったのか」と、強い喪失感に襲われた。

    だからこそ、自身のブランドには「女性たちに成功体験をもってほしい」という思いを込めている。それが「エロティック・キャピタル」の戦略であっても。

    「たとえ男性の価値観によって醸成された好みでも、それを着て女性自身が納得できるかどうかは、褒められたり成果が上がったりすることで決まるのではないでしょうか。女性が心の底から着たいと思える服をつくっていきたい」

    洋服という手段によって、言葉にできない意思をひそかに表明している女性たちがいる。「保育園落ちた日本死ね!!!」のように、声を上げはじめた女性たちもいる。これは、女性同士の分断の話ではない。ままならない構造からどう抜け出すか、それぞれにできるアプローチの方法がただ、違うだけなのだ。

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