成功も混乱もあった2016年のアニメ業界。果たして同じ業界の人間はどう見ていたのか。
2017年2月に映画「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」を控えるアニメ監督・伊藤智彦氏と2016年のアニメ業界振り返る。
後編はこちら。
−−2016年のアニメ界最大の話題は映画「君の名は。」でした。
試写会に呼んでいただいて、前情報なしで見させていただいたんですけど、割と圧倒されました。僕は現在「劇場版ソードアート・オンライン」を作っていますが、劇場作品として比べられるのは嫌だなと(笑)。
見終わって、興行収入200億円を超えるとは分からなかったですけど「売れるな」と思いました。
まず、若い人が見てもわかりやすい。新海イズムというよりもプロデューサーの川村元気イズムなんじゃないかなと思います。
深夜アニメ寄りのアニメーションって、高校で考えると、40人いるクラスで人気がない3人が、現実逃避したり、自己実現をさせるためのアイテムなのに「君の名は。」は残りの37人を巻き込んでいる。
リア充に向けた映画なんです。リア充がこぞって行ってしまったので、残りの3人は立つ瀬がない。くそっと思いながらも、見てしまう。
昨今、実写映画を含めて、リア充に属する子が見に行けるものをアニメが提供できなかったのではないかと思います。
スタジオジブリ、特に宮崎駿がといってもいいですけど。小難しい話を作り「説教くさい」と感じる子たちがいっぱいいたんじゃないかと。
「君の名は。」に説教は何もない。「僕もこれぐらいだったらできるんじゃないか」「こういう世界いいじゃないか」と見た若い人は素直に感じてるんだと思います。
ジブリのような家族連れではなく、中高生に向けてフィットしたアニメ映画ができるというのはエポックメイキングでした。
内容について評論家筋には辛辣なことを言われるんだけど、別にいいじゃん。それがエンターテイメントだと思います。
−−ヒットの要因の一つにスタジオジブリ出身のスタッフが挙げられます。
作画監督を務めた安藤雅司さんですね。日本の映画の興行記録のベスト4のうち三本「千と千尋の神隠し」「もののけ姫」「君の名は。」の全てに作画監督として関わってます。
−−安藤さんが加入することで、どういった効果があったんでしょうか。
とにかく作画全般が良くなります。安藤さんが作画監督をやるからと「君の名は。」に参加したアニメーターがほとんどだと思います。
——人望のある方なんですね。
そうです。いってしまえば、ものすごく職人肌。新海監督も語ってますが、後半のクライマックスシーンで「人狼 JIN-ROH」の監督だった沖浦啓之さんだったり、「NARUTO」の作画回で有名な松本憲生さんだったり、日本を代表するスーパーアニメーターが入っているのは安藤さんがやっているから。でなかったら作画のリソース(人員)は結集しなかった。それは安藤さんの手柄といっていい。
−−スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、あるイベントで新海作品は背景に集約されるように作っていて面白いと言っています。
うらやましいのは、すごい背景を「このカットで見ろ」とはしすぎない。107分で1650カットあるので、意外と1カットあたりの尺は短いんです。労力がかかっているカットを2秒くらいでサクサク見せる。その割り切りは容赦ないなと感じますね。
−−「君の名は。」は中国でも興行収入が91億円を超え「STAND BY MEドラえもん」を上回り日本映画史上最高のヒット作となりました。
中国市場の大きさを感じますね。2017年には北米市場の興行収入を超える2兆円市場になるという予想が出ています。一方、日本の劇場の興行収入が2000億円ですからね。
−−そうなると日本人の監督に中国から声がかかってくる。
チャイナマネーが日本のアニメ制作会社に連絡しているのは今もあると思います。日本国内では話題にならないんですが「君の名は。」に次いで2016年のヒットしたアニメの第2位は「名探偵コナン 純黒の悪夢」。その監督である静野孔文さんが中国の作品を手がけています。
知り合いのプロデューサーと監督が北京で取材を受けたそうで、中国ではオープンな話ですが、あまり日本では情報を見かけませんね。あと、なんでもスタジオを作ってもらったとか...。
−−伊藤監督も中国でのアニメ制作には興味はありますか?
中国での制作については、話は聞いてみたいですね。今後、日本国内市場だけに向けてアニメを作るのは不可能です。とにかくパッケージ(DVD)が売れないので。
−−「君の名は。」以外でアニメ業界はどうだったでしょう。
今年は劇場アニメが豊富でした。「聲の形」は興行収入20億円を突破。東宝の人は「予告が『君の名は。』にかかってたんだから、それくらいはいくだろう」と冗談を言ってましたけど(笑)。
「聲の形」については、現場の作画期間がそれほどなかったそうで、関係者からは「あのスケジュールでよくできたね」との話を聞きます。
しかも映画と並行で、テレビでは「響けユーフォニアム」をテレビとは思えないハイクオリティーで作っているわけですから。京都アニメーションの底力を感じます。
−−アニメではないですが、庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」もヒットしました。
劇場に見に行きましたが、たまたま顔が実写の人間なだけで、役者を使ってアニメを作ってるのかなと感じました。役者が演技をしなくていいノリで作っている。
セリフが早口なのも「この尺でこの芝居をしてください、あとは編集でやるんで」という割り切りの作り方かなと思いました。それはとても心地よいんですけど。
女性キャラの石原さとみ、市川実日子は、エヴァのアスカとレイを拡大解釈すると、こうなるのかなと思いながら見てましたね。
「シン・ゴジラ」のようなゴジラ作品、庵野作品を見たい人はたくさんいたと思います。ただ、エヴァだとこういう風に作ってくれないんだろうな、ひねくれちゃうんだろうなとは思いました(笑)
−−伊藤監督のマッドハウス時代の先輩・山本沙代さんが監督したテレビアニメ「ユーリ!!! on ICE」も人気でした。ユーリはCrunchyroll(世界最大のアニメ配信サービス)で英語版が日本とタイムラグなく配信され、日本以外でも人気でした。
素直に山本沙代すげえなと思いました。配信サービスでいうと、マッドの先輩である荒木哲郎監督の「甲鉄城のカバネリ」がAmazonプライム、P.A.WORKSの「クロムクロ」が全世界で独占配信されています。1話あたりの実入りはよく、現場が赤字になることはないらしいです。
ただ海外のイベントで現地の関係者に聞いたのが「配信会社がアニメの宣伝を積極的に行わないので、人気が海外で飛び火することはないだろう」ということでした。
カバネリの監督は「進撃の巨人」の荒木さんですし、海外でも売れそうな予感はあるそうなんですが、もはや制作会社のウィットスタジオが宣伝しない限りは難しいそうです。とはいえ、制作会社が自社作品をPRするとは考えにくいですね。
黒船襲来といわれ、海外の配信サービスがお金を出してくれると盛り上がりましたが、現地に行くとそういう話が聞こえる。短期的にはお金が入りますが、中長期的にみると作品のためになるかは微妙な感じもうけます。
相次いだアニメの放送延期
−−伊藤さんは以前のインタビューでもアニメの「2016年クライシス」を語っていましたが、「ろんぐらいだぁす!」など今年も制作が間に合わず放送延期となるアニメがかなりありました。
これはまだ序章なのではという気がしています。歯止めをかけるためには、まずはアニメの企画の数を減らしましょうとしか言いようがない。そうすると畳む制作会社が増えると思うんですけど…。
アニメ業界の人はみんな、独立して会社を作りたがる。一本だけアニメを作るのならいいんですが、会社なら作り続けなければいけない。一本で利益が発生することもほぼないですし、そうすると自転車操業にならざるを得ない。
あとはアニメ会社の分裂、プロデューサーが次々独立して、結果作品数は倍になったこともあります。
なぜ、これだけのアニメが作られているのか。分派したプロデューサーが仕事をしているふりをするために企画を出し、たまたまそれが通ってしまった。じゃあやるかという作品は腐るほどあると思います。
しかもDVDも現在は儲からない。お金は入らないのに何故みんな必死になってこれだけのアニメを作っているんでしょう。
視聴者も見切れないし、そんなにいらないでしょう。限界があるのはそろそろ知ってほしい。