「元少年A」写真掲載が物議 どうする? ネット時代の少年事件報道

    「住所特定」。何が問題なのか。

    「元少年A」の住所特定の動き

    インターネット上で、 1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害者「元少年A」がどこに住んでいたのか、特定する動きが起きている。きっかけになったのは、2月18日発売の週刊文春だ。

    同誌は「元少年A」の生活の状況を描写し、目線を入れて背景をぼかした写真を掲載している。その意義について、同誌はこう説明している。

    医療少年院を退院したとはいえ、彼は出版物を自ら世に問い、ベストセラーの著者となった人物である。彼の著書に影響を受ける"信者"も少なくない。

    もちろん素顔や現在の名前をさらす記事が許されるべきではないが、一方で純粋な私人とは、とても言えないのではないか。

    弁護士の見解は

    一方、インターネットでは、報道後に「住所ほぼ特定」などといった書き込みが出回った。

    問題について、「この報道で、インターネット上で住所特定が進むのは当たり前」と懸念するのはネットの書き込みと法律の関係に詳しい深澤諭史弁護士だ。

    深澤弁護士は「報道自体の問題と、書き込みの問題をわけて考える必要がある」という立場だ。

    「一般的な犯罪報道や今回の報道でも、少年法における更生のありかた、犯罪被害者が抱える思いをテーマに、元少年Aについて書くことは『社会の正当な関心』に応えるということで許容されると考えられます」

    と報道に対して一定の理解を示す。しかし、問題はその先にある。

    「住所が特定されるような書き方はどんな公人、著名人であっても社会の正当な関心とは言いにくい。プライバシー侵害が成立する可能性があります」

    問題提起の際、住所がわかるような情報を盛り込むことはどこまで許容されるのか。

    「一つ、一つはささいな情報であってもつなぎあわせれば、この時代では特定が可能になります。大まかなエリア(××区や××地区レベル)で住所特定が可能になる場合、プライバシー侵害にあたるとされてもおかしくない。

    週刊誌だけでなくネットユーザーも対象になります。特定しようとネット上に書き込んだり、情報を広めることも同様です。雑誌に書いてあったから、みんなが書き込んでいたからという言い訳は通用しません」と強調する。

    深澤弁護士は問いかける。

    「インターネットは公開の場です。公開の場でお前の居場所を突き止めるぞ、ということが許容されるかといえば、許容されない可能性が高い。表現の自由とプライバシーの線引きは常に明確ではなく、時代時代に応じて変わっていきます。社会の問題関心に応えるという報道機関の役割と、その問題提起をするのに必要な情報をどこまで書くのか。ネットを含め、常に問われるべき課題なのです」

    少年法との関係は?

    少年法は、元少年Aのような「犯罪少年」について、「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等により」その人が事件を起こした少年だとわかってしまうような記事・写真を「新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」と定めている(少年法61条)

    大島義則弁護士によると、こうした報道は「推知報道」と呼ばれ、少年が成人に達した後も禁止されている。

    文春の記事は?

    週刊文春が今回出した元少年Aの記事は、少年法61条が禁じる推知報道に当たるのか。大島弁護士は、推知報道の基準を示した、ある最高裁判例を引用する。

    「少年法61条に違反する推知報道かどうかは、その記事等により、不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべき」

    つまり、報道を見た一般人が、本人を特定できるかどうかがポイントになるわけだ。週刊文春は、目隠しの本人写真は掲載しているが、実名を書いたわけではない。この点はどうだろうか。大島弁護士は、簡単に結論は出せない問題だとする。

    「この記事だと、本人と面識のない人は、本人が元少年Aだと特定することができないという議論もありえます。その一方で、目隠しの全身写真を見た一般人が彼を見かけた場合、本人を識別しうるという考え方もあり得るでしょう。また、現代のネット社会では、大勢のユーザーが互いに協力・分析した結果、元少年Aの身元を割り出すことに成功してしまう可能性もあります」

    そもそも自分から名乗り出ているのでは?

    元少年Aは、事件について『絶歌』という本を出版したほか、ウェブサイトを開設するなど、わざわざ「自分が元少年Aだ」と宣言している。こうした点は考慮されないのだろうか。

    大島弁護士は「ネット社会における匿名性保護のあり方については、これから議論をすべき問題」だとする。

    「元少年Aは本やウェブサイトでは『自分が元少年Aだ』と宣言していますが、『リアル世界の本人』=『元少年A』と結びつけることをあえて避けています。そのため本やネットでの発言をもって、少年法61条によって享受している匿名性保護の利益やプライバシー権、肖像権等が放棄されたとまでは言いにくいでしょう。

    一方で、少年法61条を前提にしたとしても、元少年Aが成人後に起こした出来事に関する事件報道は、表現の自由の観点から制限を受けるべきではない、というような意見もありうるでしょう。

    ポイントは、報道機関の表現の自由と少年の更生、名誉・プライバシーとの利益衡量(バランス)です。

    日本では匿名で民事訴訟をすることが認められていませんから、元少年Aが匿名のまま、メディアや個人を名誉権・プライバシー権侵害で訴えることができません。この点にも留意する必要があります」