「まちがった薬物報道はもうやめて」 専門家、当事者は声をあげる

    有名人が逮捕されるたびに繰りかえされる、間違いや思い込みに基づく薬物報道。これを止めるため、専門家や支援者が中心になり、報道ガイドラインを作った。

    声をあげた当事者、専門家

    いい加減な薬物報道が誤解や偏見を助長している−−。


    2016年、有名歌手や、元プロ野球選手など有名人の逮捕のたびに、薬物依存症に関する報道が多く出回った。

    そのなかには明らかな間違いや、思い込みを前提にしたものがあった。依存症患者の回復に何が必要なのか。専門家と当事者が、正確な報道のためのガイドラインを作った。

    ガイドラインに書かれていること

    「依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること」

    「『人間やめますか』のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと」

    ガイドラインは、望ましいこと編・避けるべきこと編あわせて17項目が並んでいる。2017年1月31日。東京・霞が関、厚生労働省の記者クラブであった記者会見で発表された。

    参加したのは、国立精神・神経医療研究センターの精神科医・松本俊彦さん、依存症患者の支援に関わるダルク女性ハウス代表の上岡陽江さんら、医師や当事者、そして評論家の荻上チキさんだ。

    きっかけは、荻上さんがパーソナリティーを務めるTBSラジオの番組「荻上チキ・Session-22」。

    荻上さんと松本さんのあいだで、学術的な知見を盛り込んだ報道ガイドラインを作ろうという話があがり、具体化にむけて動き出す。専門家や支援に関わる当事者、リスナーの意見も取り込み、ガイドラインをまとめた。

    薬物依存症報道、最大の問題は病気と捉えていないこと

    薬物依存症報道の最大の問題は、報道する側の多くが依存症を病気として捉えていないことだ。そのため、患者の回復を遠ざけ、追い詰めるような報道がまかり通っている。

    例えば、元有名プロ野球選手の事例。

    フジテレビの番組で、大物タレントがテレビの前で(覚せい剤を)「やっていない」とウソをついていた、「この罪は覚せい剤より重い」と糾弾するようなコメントをしたことに注目が集まった。

    当時、松本俊彦さんは私の取材にこんなことを言っていた

    薬物依存の本当の怖さは、その人の本質そのものが変わるところにある。

    クスリが優先順位の1番になり、そのためにウソもつくようになる。「依存症患者の言葉と涙は信じるな」と現場では言われている。そして、本当に苦しむのは、騙している本人だ。

    「甘い言葉は必要ない。厳しい言葉が必要だ」「反省させればいい」「周囲の手助けがあるのにクスリに手を出すのは気持ちが弱いからだ」——。

    必ずといっていいくらいコメンテーターから発せられる、こんな言葉も間違いだ、と松本さんは言っている。

    「反省の有無は回復には関係ない」

    だいたい、反省の有無は回復には関係ないんですよね。反省して生活が立ち直るなら、それでいいのですが、そういう調査結果はありません。逆に反省を強要すると、もっとウソつきになるんですよね。

    刑務所にいれば、早く仮釈放されたいから簡単に反省するんです。

    本当は覚せい剤をやりたいのに「やりたくない」と言う。あるいは意志を強く持てば大丈夫だと思うようになる。「今度はやらないと決めました」とか「強い気持ちで断ちます」とか言うようになるんです。

    でも、気持ちで解決できるほど、依存症って甘くないんです。

    (中略)簡単に脳が忘れないんですよ。

    でも、彼らはうっかり「やりたい」と思ったら、周囲から「意志が弱い」「性格が弱い」って言われるのではないかと思っている。またクスリに手を出すと「意志」の問題だと片づけられる。

    それなのに、意志の弱さやウソを糾弾するコメントが出回る。薬物依存症患者の奇行を笑い、回復の機会そのものから遠ざけていく。

    イメージ映像で流れる、白い粉や注射器の映像をみることで、クスリへの欲求が高まる患者も少なくないのに、延々と流れる。

    有名歌手のときはタクシーのなかの映像が出回ったり、なぜか本人の作品が許可なく放映されたりすることもあった。

    「回復」への視座がない

    一挙手一投足を取り上げることは視聴者の興味、関心を引くことにはつながる。しかし、一方で大事な回復への視点はどこにあるのか。

    本人も周囲もますます追い込まれていくだけではないか。

    松本さんは先日の「Session-22」でこう指摘した(発言は同番組HPより引用)。

    本当にますます回復が難しくなるし、治療を受けることもままならないような状態。さらに治療を受けている多くの人が、自分たちはこんなにも社会から嫌がられていると痛感し、治療を頑張る気力さえも削がれてしまうっていうのはありますね。

    この日の会見でも、こう強調した。

    「(薬物依存症患者が)一時的に薬物をやめることは容易なのですが、薬物をやめ続けることが大事なんです」

    「彼らは回復に向けて治療を続けています。著名人が捕まって、大きな報道がでるたびに、彼らは自分が責められるように感じている」

    「そして、白い粉や注射器の映像をみて渇望が刺激されてしまう。著名人が捕まるたびに、再使用してしまうことになる。回復にむけて頑張っている人がいるんだ、ということを視野に入れてほしい」

    報道される側からみえること

    薬物依存症、アルコール依存症の当事者として体験を語り、そして女性の薬物依存症支援に関わってきた、上岡さんは「Session-22」のなかで取材を受ける側の経験を語っている。

    私たちはきちんと、行政からお金をもらって運営している施設なので、私たちの施設の中に誰がいるか、誰が相談したかとか、基本的にそれは答えられないんですよ、守秘義務があるので。でも、まったく残念ながらすべての報道機関が一斉に電話してきます。

    そして「インタビューさせてくれ」っていうことを言います。それは断ると、全国にある私たちの施設のすべて、津々浦々に電話していって、つかまるところで騙すような形で入ってきて、最終的にその方がいたかどうか、ということだけを流されたこともあります。昨年は本当に酷かったです。(「Session-22」HPより)

    回復より、逮捕された有名人の動向が優先して報道される弊害だろう。

    重要なのは、誰がいるかではなく、相談窓口(例えば全国の精神保健福祉センター)、ダルクのような回復支援の窓口などを紹介することだ。上岡さんは、自身の体験を振り返りながら淡々と語る。

    「連絡先と依存症は回復可能であること。そのことを伝えるだけで、死なずにすむ人がたくさんいます。どうかお願いします」

    「当時は、薬物依存症やアルコール依存症はまったく知られていませんでした。地獄にいるようでした。人間やめますか、という言葉もありました」

    「私たち、人間じゃなくなったと思ったし、保健所に連絡してはいけないと思っていました。自殺未遂も何度もしました。仲間たちと自助グループのなかで、薬物、アルコールをやめることができた」

    「ニュースのなかで(相談窓口などが)流されないと、どうしていいかわからない。たまたま私は運がよかった。人との出会いがあった」

    「でも、この間、亡くなった方もたくさんいます。その方たちは(自助グループや相談窓口の)連絡先がわからなったのかもしれない」

    「薬物をやめても、きちんと治療につなげないと自殺未遂を繰り返すことようなことも起きます。連絡先と依存症は回復可能であること。そのことを伝えるだけで、死なずにすむ人がたくさんいます。どうかお願いします」

    ガイドラインはゴールではない。

    依存症患者は社会から排除するかのように扱われてきた。排除ではなく、回復に向けた支援、居場所をどう作っていくか。これがガイドラインから問われている課題だ。

    ボールは私も含め、報じる側に投げられている。

    以下、ガイドライン全文を掲載する。

    【望ましいこと】

    • 薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること
    • 依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること
    • 相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること
    • 友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要であることを強調すること
    • 「犯罪からの更生」という文脈だけでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱うこと
    • 薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること
    • 依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること
    • 依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっていることを伝えること

    【避けるべきこと】

    • 「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと
    • 薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと
    • 「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと
    • 薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
    • 逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
    • 「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
    • ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
    • 「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
    • 家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと