座間市9遺体事件:もしSNSで「死にたい」を見つけたら…精神科医が語る、みんなにできること

    座間市の事件を受けて、自殺対策の第一人者・松本俊彦さんが伝えたいこと。「いま必要なのは安心して『死にたい』と言える空間。お説教と議論は一番ダメなんです」

    安心して「死にたい」と言える場所をつくろう

    「自殺対策で一番、大事なのは安心して『死にたい』と言える場所があること。SNSなら、書き込みの削除以外にもできる対応はある」

    座間市のアパートで9人の遺体が発見された事件。自殺をほのめかすSNSの書き込みにどう対処するのかが問われるなか、自殺対策に関わってきた精神科医・松本俊彦さんはこう語る。

    なにが効果的な自殺対策なのか?

    座間市の事件で逮捕された容疑者は、Twitterなどで知り合った自殺願望がある女性を誘い込んで殺害したなどと供述していると報道されている

    菅義偉官房長官はTwitterの規制も検討していることを明らかにした。

    事件を受けて、Twitter社は「自殺や自傷行為の助長や扇動を禁じます」とルールを追加した

    しかし、自殺をほのめかすツイート、「死にたい」といったツイートにどう対応するかは後手に回り、自殺をほのめかす書き込みを削除すべきという声もあがる。

    都内の駅近く、待ち合わせ場所に指定した喫茶店に「お待たせしました」と大きな鞄を持った松本さんがやってきた。聞けば、前日は名古屋にいて、出張の帰りだという。

    国立精神・神経医療研究センターでかつて自殺対策に取り組み、『もしも「死にたい」と言われたら 自殺リスクの評価と対応』(中外医学社)などの著作もある。

    臨床経験も豊富で、自殺対策の第一人者と言っていいだろう。座間市の事件から、効果的な「自殺対策」とは何かを考えてほしい、と語り始める。

    「死にたい」と言う人は自殺するリスクが高い

    《「死にたい」という人は死なない、という俗説がありますが、これは間違いです。死にたい、と言った人は自殺するリスクが高い人です。

    調査をすると、だいたい自殺してしまう半年〜3ヶ月前に「死にたい」と言っていることが多いんですね。SNSに「死にたい」と書き込むことは、サインを発しているということです。

    どんなサインか。

    自殺をしたい人にとっての「死にたい」は、死にたいくらい辛いことが人生で起きているということなんです。

    自殺する人は直前まで迷っていることが多い。多くの人は覚悟を決めて、すぐに自殺なんてしないんです。

    例えば、最後まで携帯電話を持って橋の上をうろうろしたり、バスルームで切れたシャンプーを買いに行ったりしているんですね。

    座間市の事件で痛ましいのは「死にたい」と書き込んだ被害者が、事件に巻き込まれた可能性があるということです。

    必要なのは、事件に巻き込まれる恐れもなく安心して「死にたい」と言える場所だったんです。》

    「自分の居場所がない」と感じることと自殺

    これまでの自殺研究でわかっていることがある。自殺を誘発する要因だ。

    大きいのは、人とのつながりがないこと、「自分の居場所がない、だれも自分を必要としていない、生きていることは迷惑になる」という感覚を持ってしまうことにあると言われている。

    職場や学校でのいじめ、不登校、家族、人間関係の問題……。居場所がない、と思ってしまうリスクは誰にでもある。

    安心して「死にたい」と言える場所があるということは、「だれかが自分を受け止めてくれる場所」があるということだ。

    「死にたい」を削除するより大事な対応がある

    《ネット上の「死にたい」を放置した結果、SNSで「一緒に死のう」と言ってくれた人こそが「私の理解者だ」と思ってしまう。その可能性はありえると思います。

    これだけSNSの影響力があるということは、SNSは一つの世間であり、社会です。

    ここで事件に巻き込まれるというリスクがあるというのは事実です。

    しかし、一方で実際には自殺サイトで思いとどまる、SNSで書き込むことで、つながりを得て「やっぱり生きよう」と思う人は少なくないんです。

    気持ちが知ってもらえて安心したとか、気が紛れて死のうと思っていたけど、やっぱりやめたとか。

    死にたいって書いたことで、感情が静まってきたとか。彼らにとっては、辛さが和らぐ場所でもあるんです。

    事件に巻き込まれるリスクを考えると、不幸なのは「死にたい」って言える場所がSNSしかないことなんですね。

    SNSを運営する会社にまずやってほしいと思うのは、安易な書き込み削除やアカウント凍結ではなく、「死にたい」や「自殺」というツイートを対し、自動的に相談窓口の案内を送る、といった対策です。

    削除されてしまうと、サインすら見逃してしまうんです。

    相談はここでできる、まずは電話をしてみようと呼びかける。ちょっと「おせっかい」な一言で救われる人もでてくると思います。》

    自殺を防ぐ「おせっかい」

    松本さんは少しばかりの「おせっかい」で自殺を減らせると語る。背景に、自身も関わったある巨大橋梁の体験がある。

    この橋梁から身を投げる自殺者が急増したので、管理会社からどうしたら減らせるのか相談したいという連絡があった。

    橋からの投身自殺を減らすのに、もっとも効果的な対策は柵を設置することだ。しかし、名所でもあり、高い柵を設置すると景観を損なうと運営会社は渋る。

    協議の結果、自殺を減らすのに効果的なのは2メートル前後の柵なのだが、景観との兼ね合いで50センチの有刺鉄線の柵を設置することが決まった。

    専門家である松本さんでも「本当に乗り越えられそうな50センチの柵で自殺者が減るのか?」と疑問をもっていた。しかし、である。

    たった50センチの柵で、てきめんに効果はあった。設置した次の年からピーク時の約10分の1(※これは急増する以前と変わらない人数だった)にまで減らすことができた。

    自殺する人は最後まで迷っている。そういう人を思い止まらせるのに、柵は50センチでも十分だったのだ。

    もしインターネットで「死にたい」を見つけたら?

    もし、インターネットで「死にたい」を見つけたら。周囲で「死にたい」という人がいたらどうしたらいいのか。ヒントはここにある。

    《「気にしているよ」というメッセージを送ることが何より大事です。

    やってはいけないのはお説教と議論。自殺の是非を巡って議論したり、生きていればいいことがあるとコメントしたりすることは、逆効果ですね。

    ユーザーから「辛いんだね」と言葉をかけながら相談できる機関のリンクを送ってあげるとか、あるいはネット上で頭ごなしに「命を大切にしなさい」「辛い人の気持ちを思え」とお説教をしている人に反論してあげるとか……。

    こうした、ちょっとした「おせっかい」で、全員ではないにしても救われるという人はいると思うんです。》

    もし駅で倒れた人を見かけたら?

    《繰り返しになりますが「死にたい」という言葉は、死にたいくらい辛いことがあるということなんです。彼らはしんどいんです。

    「死にたい」という気持ちをまずは否定せずに認めること。そして、余裕があれば「しんどい」の中身を聞いてあげる。

    聞いてもらうだけで辛さは和らぐこともあります。

    身近な人であれば、例えば「2週間後にまたあなたの話が聞きたいな」といったメッセージも効果があると思います。待っていてくれる人がいるんだ、と思うことで生きられるんです。

    想像してほしいのは、駅で倒れた人を見かけたときです。

    目の前で倒れたら、駆けつけて、声をかけたり、救急車を呼んだり、駅員さんに声をかけたりすると思うんですよね。それと同じです。》

    確かに、こういう場面で「倒れるのは自己管理ができていないからだ」「駅で倒れるなんて迷惑だ」とお説教する人はいない。心配して、救急、病院といった「専門家」につなごうとする。

    「死にたい」は対応すべきとき

    松本さんは「死にたい」という言葉がでてきたときこそ、対応すべきなのだと訴える。

    《本当に自殺する直前って「死にたい」ってことすら言わないんですよね。

    余計なことを言って止めてほしくない。最後に伝えて親しい人が抱え込んで辛くなるだろうと気遣う。その気持ちが上回って、黙ってしまう。

    安心して「死にたい」と言うことで、相談できる場所につながれば一緒に解決策を考えることができる。

    死にたいというのはSOSですから、困難を解決したいんだって心のどこかで思っているんですね。

    自殺を減らすためにこそ、こうした事件を減らすためにこそ、安心して「死にたい」と言える場所がある。そんな社会でないといけないんです。》

    「希望とは、絶望を分かち合うこと」。これは脳性マヒの障害を持つ、小児科医・熊谷晋一郎さんの言葉だ。

    逆説的かもしれないが、絶望をわかってもらうことで、弱さを吐き出し、シェアすることで生きようと思える人がいる。死にたいと言える場所があること。それは最後に希望を託せる場所をつくるということだ。

    事件の再発を防ぐためにーー。取れる対策はまだまだある。