【参院選】改憲を封印した「リベラル」な自民 争点作れなかった民進

    安倍首相の戦略は、岡田代表を上回っていた。

    最後まで憲法は語らなかった

    2016年7月9日、秋葉原。「たった3年半前まで、日本は先がみえない混迷の時代をさまよっていました。この3年半、日本を取り戻すために戦い抜いて参りました。誇りある日本を取り戻すために、この道を力強く前へ、ともに進んでいこうではありませんか」

    荘厳なBGMが鳴り響き、丸川珠代参院議員が声を張りあげる。日の丸が振られるなか、安倍首相はマイクを握った。

    選挙期間中、安倍首相の演説パターンは決まっている。

    アベノミクスの成果をいくつかのデータとともに示す。安全保障政策や女性活用について語り、「日本中から魅力的で輝く女性が集まっている。こっちはかーっと輝いている、こっちはぴかぴか」と聴衆に語りかけ、笑いを誘う。

    安倍政権への批判に対しては「批判からは何もうまれてこないんですよ」と叫ぶ。民進党と共産党による野党共闘は「野合で無責任の象徴」、「気をつけよう、甘い言葉と民進党」などと強い言葉を使う。

    ヒートアップした安倍首相は野党を責めるが、憲法改正には言及しない。この日も「憲法」という言葉すら使わず、マイクを置いた。

    連立を組む公明党も、7月7日にLINEでこんなメッセージを送って歩調をあわせている。「安定の自公か、混乱の民共か」「共産党は無責任」「民進党も《改憲勢力》」。

    選挙前、「リベラル」な自民党

    自民党が争点化を回避したのは憲法だけではない。社会保障や経済の分野でもだ。

    「子供の貧困を解消したい。給食費も払えない子供がいる。これは政治の責任だ」

    「若者の所得が低いことが、結婚や出産を遅らせる原因になっている。非正規の若者賃金をあげる。同一賃金、同一労働を進めていく」

    安倍首相の前で、こう声を張ったのは、東京選挙区から立候補した自民党の中川雅治さんだった。

    貧困の解消、格差の是正、非正規雇用……。これまで野党、とりわけリベラル派に分類される議員が熱心に取り組んできた社会問題に言及し、彼らの主張も取り入れる。

    いち早く、国民の関心が高い消費税増税延期を決断し、とりわけ安倍政権のもとで弱いと指摘され続けてきた再分配政策、労働問題にも積極的に言及することで、争点の無効化に成功した。

    民進党に別のマクロ経済政策があれば、まだ対抗軸が打ち出せたかもしれない。2015年末、民主党時代にリベラル派の学者グループからこんな指摘も受けていた。

    かりに「消費増税の延期」を安倍首相が言い出したら、民主党サイドからできる手は事実上なくなる。

    彼らの指摘は当たった。自民党の主張はとても「リベラル」になり、野党のお株を奪った。

    ただし、憲法改正草案は除く……

    野党が自民党との違いを際立たせる最大の争点の一つが、憲法改正のはずだった。

    憲法について、安倍首相は街頭で語っていないが、6月19日の党首討論では「我々は憲法改正草案を示してますから。何にも隠していませんよ」と答えている。

    では、どんな草案なのか。自民党のPR漫画がわかりやすい。

    「憲法は国家権力を縛るもの」というスタンダードな考え方とは異なる、「憲法=国のあり方」という憲法観が基底にある。そして、現憲法のもと、個人の自由が強調され、家族の絆や地域の連帯が希薄になったこと、というセリフが挿入される。

    民進党は争点化を狙っていた

    参院選の1ヶ月前、6月9日。民進党の岡田克也代表は「まず2/3をとらせない。」というポスターを発表した。憲法改正に必要な議席数「3分の2」を強調することで、改憲を争点にすることを狙った。

    私はポスター発表の会場で、民進党関係者に聞いた。

    「後ろ向きな目標じゃないですか?むしろ3分の1を取るとしたほうがいいのでは?」

    「ポスターをみて、これはなんの数字なんだろう、と興味を持ってもらえればいいんですよ」

    発表の記者会見で、岡田代表は有無を言わせぬ口調で言った。

    「危機感を国民の皆様に持っていただきたい。安倍政権と国民の良識との戦いです」

    だが、憲法について語らない安倍首相の戦略により、憲法論議は埋没した。岡田代表は7月10日夜の会見で選挙戦をこう振り返った。

    「憲法は争点化されなかった。安倍総理は逃げて逃げて、逃げまくった」

    SEALDsが動いた「野党共闘」

    参院選では、安保法に反対する国会前デモを仕切ってきた学生団体SEALDsなどでつくる市民連合に押される形で、野党共闘が進んだ。

    民進党と共産党が直接的に選挙協力すると、党内外の反発が大きい。SEALDsなどが動くことで「市民との合意をもとに協力していく」という流れが生まれた。

    産経新聞は7月11日の社説で「最大の失敗は、基本政策の根幹がことなる共産党との協力」と、野党共闘をこき下ろしている。

    しかし、この共闘は合理的な面がある。

    世論調査や選挙分析に定評がある政治学者の菅原琢さんは「現状の最善手は野党が協力して戦うことである」と指摘する。市民連合もモデルケースと位置付けた、2016年衆院北海道5区補選が「参考となる」という(「安倍政権は支持されているか」より)

    与党の自公が強力な選挙協力体制をひくなら、野党も協力しないと勝ち目はない。1人しか当選しない選挙区で、接戦の中11議席を獲得したのは共闘の成果だ。

    しかし、3分の2を阻止するまではいかなかった。

    「本気でやらないと勝てない」

    7月3日、東京・銀座で東京選挙区で競っていた民進党候補、小川敏夫さんの演説会があった。ゲストは、枝野幸男幹事長とSEALDsの中心メンバー奥田愛基さん。休日の銀座、歩行者天国の人通りが多い正午過ぎにもかかわらず、人の輪は広がらなかった。

    小川さんの訴えは、定番の憲法論とアベノミクス批判だった。安倍首相の憲法観の危うさ、アベノミクスの危うさを訴える。しかし、足を止める聴衆は少ない。

    奥田さんは、候補者の声を少しでも遠くに響かせようと、道路に置かれたスピーカーを自ら肩にかけて持ち上げた。

    演説を終え、聴衆と必死に握手をする候補者、ビラを配るスタッフ。

    彼らから少し離れて立っていた奥田さんは、取材に来ていた私に、少し焦った様子でこう言った。

    「ほんと、遅くないですか。緩いっていうか。人のいるところでやるなら、もっと前からやってこないと。本気でやらないと勝てないですよ」

    「アベ政治」とは、なんなのか

    岡田代表は投開票日の会見で「3年前と比べると回復途上にある。議席は増やした。まだまだ十分に期待はできないけど、頑張ってという意味。とにかく『アベ政治』をとめてくれといわれた。民進党に対する期待感の表れだと思っている」と述べた。

    では、止めてほしい「アベ政治」とは何を指すのか。

    私の質問に対し、岡田代表は一瞬、間を空けてこう答えた。

    「まぁ、それは…...、人によっていろいろあると思いますので簡単には言えませんけど、私は国民に不正直な政治だと思います。憲法も争点から隠す。党首討論もやらない。一番の問題だと思います」

    結局、何を指しているのか、よくわからない。空虚な言葉に感じる。

    会見は続く。別の記者が、なぜ、争点隠しを防ぐことができなかったのか。どう戦えばよかったのかと問うた。

    「難しいんですけども、マスメディアの皆さんにお願いしたいと思います。最後の2週間、そういう場(党首討論)がなくなった。自民党の要請を受け入れるようなメディアでは残念だ」

    マスメディアがしっかりすれば、党首討論があれば、国民が危機感をもてば……。

    会見を最後まで聞いても、有権者を動かす争点を作れなかった、民進党としての理由はわからないままだった。

    選挙に強すぎる与党と、弱すぎる対抗勢力。次の争点は改憲に移っていく。