一瞬で吹きやんだ「風」 小池さん、希望の党代表を辞任

    有権者への責任、大胆な改革、リセットはどこへ?

    「私には創業者としての責任がある」

    いまから1ヶ月もたっていない10月25日、希望の党の代表として小池百合子・都知事が、自ら豪語した言葉だ。辞任論も渦巻く中、こう言い切り、希望の党代表続投を宣言した。

    そこから一転、11月14日、小池さんは代表から辞任した。

    「これからが希望の党の勝負だ。私は皆様(国会議員)にお任せして、代表の座を降りる」と党の両院議員総会で表明した。

    小池さん無き希望の党、それはほぼ旧民進党

    衆院選で敗北を喫したあと、初めて国会議員が集まり、開かれた10月25日の両院議員懇談会で、小池さんはこんな発言をした。

    「言動で同志にご苦労をおかけしたこと、心ならずも多くの方を傷つけたことは謝りたい。結果についての責任は心に刻みたい」

    求心力はすでになかった。

    懇談会のあと、当選した議員からは「(小池氏のような)『排除』ではなく、幅広く他の野党と連携を模索すべき」と公然と小池さんを批判するような声があがる。

    しかし、小池さんがいない希望の党は、つまるところ旧民進党の保守系議員を中心とした集まりである。

    小池さんのイメージとともに乱高下

    希望の党は良くも悪くも、トップとしての小池さんのイメージに全面的に頼る政党だった。

    代表の座を退いた日でも、まだ党のホームページは笑顔の小池さんがでてくる。練りに練ったであろうPR動画も明らかに小池さんとおぼしき女性が、道を切り開く構成になっている。

    小池さんの顔とイメージ、そして風頼みだった政党は、そのイメージの変化とともに支持は乱高下した。

    「リセットするからしがらみがない。いえ、しがらみがないからリセットできる」

    今となっては虚しく響く言葉であっても、9月の結党会見直後にはまさに「希望」として受け止められていた。

    この会見が終わった直後には「これは風が吹いている。この勢いなら100議席は超える。民進党も一緒になったら小池首相もありえる」と語る政治記者もいた。結果は、知っての通りだ。

    希望の党は「気泡の党」?

    「希望の党は、完全な風任せのバブル政党、いうなれば『気泡の党』。選挙戦のさなかの急激な失速は、それを物語っています」

    選挙戦の最中に、こう断じたのは、日本政治を研究する中北浩爾・一橋大教授だ。中北さんが私のインタビューで語っていたことを引用する。

    《風に頼るというのは、政党への期待感を高めるということです。

    メディア露出を増やして、改革を断行するなどと期待感を高めて選挙戦に臨む。仮に勝てたとしても、失敗が少しでもあれば、期待の反動ですぐに幻滅され、風はやみ、失速する。

    こうした政治は期待と幻滅の乱高下を生じさせます》

    希望の党は、この指摘の通りになった。

    小池さんは期待を高めて政党を作り、幻滅が蔓延するタイミングで、代表の座をに放り投げることになった。

    創業者なき希望の党に「希望」はあるのか?

    つい先日決まったばかりの共同代表は、旧民進党で若手のホープと言われた玉木雄一郎議員だ。

    代表選を争ったのは安保法、そして憲法9条を巡る見解で玉木さんと真っ向から対立した、大串博志議員だった。

    大串さんは共同代表選が終わったあとのブログに「今日共同代表として選ばれた玉木さんの主張も聞いてきましたが、やはり私とは一線を画するものであったと思います」と書き込む。

    一致団結どころか、ワンマン政党の「創業者」だった小池さんなき希望の党が直面しているのは、さらなる分裂の危機である。

    「1000万に近い方々が希望の党と書いた事実を忘れてはいけない。真に希望をいだいていただけるように、切磋琢磨して新しい党を磨いてほしい」

    これは、10月25日に小池さん自身が語っていた言葉だ。1000万に近い有権者が投じた、小池色の強い選挙公約はどうなるのか。

    希望の党に残された「希望」はあるのだろうか。玉木代表は課題だらけの新党をどう立て直すのか。

    課題山積の希望の党は小池さん抜きで再出発することになった。