電通の「不正取引」告白が照らした、インターネット広告業界の深い闇

    これは氷山の一角か?

    大手広告代理店・電通は9月23日、緊急の記者会見を開き、インターネット上の広告掲載をめぐって、虚偽報告など、不正な取引があったことを認めた。対象は111社、その中にはトヨタ自動車など大手企業も含まれ、総額は2億3000万円に達する。ネット広告関係者の間では「業界に不透明な取引が横行していることが背景にある」と声が上がっている。

    ネット広告の信頼を揺るがした電通

    この日、東京証券取引所の会見場に姿を見せた電通の中本祥一副社長は終始、厳しい表情を崩さなかった。「(広告主に)虚偽の報告をしたことも、正しくないという意味で、不正ともいえる。不適切としているが、言葉の使い方という意味では、不正」と、一連の問題で不正な取引があったことを認め、謝罪をした。

    最大の問題は、広告主と広告を出す企業の中間にいる、電通がありもしない成果を報告し、ネット広告の信頼を揺るがしたことにある。

    広告主の疑問「掲出されているはずの期間なのに、掲出されていないのではないか」

    今回の経緯を整理する。

    発端は今年7月だ。広告主から指摘が入ったことにある。

    電通側は記者会見で、この広告主を「新聞に書くことは避けていただければ」と言いつつ、「トヨタ自動車さんからの指摘が最初であります」と語った。

    BuzzFeed Newsは電通側の証言が事実なのか、トヨタに取材した。トヨタの広報担当者は「(電通から)デジタル取引において問題があったとの報告はありました。それ以上のことはお答えできません」とコメントした。

    電通の会見に戻る。なぜ広告主は指摘をしたのか。

    「広告が掲載されることによる効果を期待されていたが、効果が一向に上がらない。本来効果が上がるべきところに、広告を出しているはずなのに、効果が上がらない。正しく、期待通りの広告の掲出ができているかという疑義が生じたことが発端だとうかがっている」(電通)という。

    そもそも「広告が掲出されているはずの期間なのに、掲出されていないのではないか、という指摘があった」。

    故意のレポート改ざん「悪意が認められる」

    日本の広告業界では、広告主がトヨタのような大企業の場合、広告を掲載するネットメディアが直接取引をすることは、あまりない。これはインターネット広告の世界に限らないが、電通など広告代理店が、双方の中間に立って取引をしている。

    電通は、広告主から予算と目的にあわせてネットメディアから広告枠を購入する。ネットメディアからは、広告主にかわって広告の成果(表示回数、クリックされた回数など)を受け取り、運用レポートをまとめて報告する。ここまでが一連の流れだ。

    広告主が期待した効果がでなかった場合、問い合わせは電通に向かう。

    ここで、電通の不正が発覚した。社内調査で、実際には達成できなかった成果、偽った成果で、架空の報告、請求書が広告主に送られていたことが判明。疑義がある案件は、1社にとどまらず、111社分に広がった。

    電通側の説明はこうだ。

    「最初から悪意が認められたものはない。力量や時間の余裕が足りていないことを原因とした単純なミスから始まって、後からそのミスに気づいて、それに対して、故意にレポートを改ざんしていく、という悪意は認められている」(山本敏博常務)

    レポート改ざんの背景

    なぜ、故意にレポートを改ざんできるのか。背景にネット広告の仕組みがある。

    インターネット広告は、テレビや新聞などと違い、独特の広告枠購入の仕組みがある。現在、主流となっている運用型広告がそれだ。枠ごとにオークションをして、より高く入札したところが、その枠を買う。決まった料金はなく、価格は常に変動する。

    競争相手よりも高く入札しないといけないので、予算枠のなかで、希望した広告枠が買えないというデメリットがある。その一方で、顧客情報を集約し、性別ごと、年齢ごと、時間帯ごと、検索している言葉ごと、細かいターゲット設定が可能になるというメリットもある。

    例えば、どこか出張にいこうと思って、大阪のホテルを検索したとする。その後しばらく、検索するたびに、広告枠に旅行や大阪に関連する情報が流れてくるという経験は、多くの人にあるだろう。

    なんの関心もない人に広告を流すよりも、クリックされる回数も増える。

    幅広い層をターゲットに「薄く・広く」広告を打つよりも、必要としている人をターゲットに「狭く・深く」流す。そのほうが、効率がよく、広告効果もあるというわけだ。

    ネット広告の強みは情報。それが改ざんされていたら……

    ネットメディアは、実際に広告がどれだけ表示されたのか、どれだけクリックされたかなど、可視化された情報を持っている。広告主はこれを知れば、もっと効率的に広告を流すことができ、ネットメディアは自分たちが広告を流すに価する企業であることもアピールできる。

    広告主側もメリットを感じているのだろう。電通が毎年まとめる「日本の広告費」によると、2015年の国内ネット広告費は前年から10%以上伸びて、約1兆1594億円。テレビ(1兆9323億円)には及ばないが、5679億円だった新聞以上の規模に成長している。

    しかし、その実態はどうか。広告主とネットメディアに直接の取引がない場合は、広告主が直接配信の実績を確認できないため、代理店が数字を変えようと思えば、変えられるということが明らかになった。

    代理店が「不透明な情報」を流すデメリット

    電通が例え話として説明したのが、次のようなケースだ。

    100万円の予算で30日間広告をだしてほしいという依頼があったとする。100万円では25日しか広告を出せなかったが、正直に25日分で終わったとせず、「30日まで配信をしていたと報告したケースがある」(電通)。

    期間中に入札がうまくいかず、広告が配信できなかったにも関わらず、あたかも「期間中すべて広告配信されていたことにして、レポートした」(電通)こともあったという。

    つまり、入札がうまくいっていたと偽ったということだ。

    いずれも、現状のネット広告業界の問題が凝縮されている。広告主は、正確な情報、効果を知ることができず、不透明な根拠のレポートが出回る。ネット広告のメリットを享受できないままに。

    「これは氷山の一角」

    あるネット広告関係者は、こう証言する。

    「いずれもネット広告でしか起き得ない業界全体の問題。不透明な情報、レポートが横行する。これは氷山の一角ではないか」

    電通側も「個人の問題」とは捉えていない。中本副社長はこう述べた。

    「人為的なミスも含めて、この責任は、特定個人というより、業務を統括するマネジメント、我々も含めた経営の問題であると考えています。深く反省し、信頼回復に向け、全力で調査し、原因究明、再発防止に努めていく所存です」

    電通は、年内をめどに再発防止策をまとめるという。