誰かの人生を「片付ける」ということ。遺品整理士として働くある女性の想い

    全国に2万人いる「遺品整理士」。遺族の気持ちに寄り添い、「死後の整理を担うプロ」として働く女性の想いとは

    「あの、私の遺品整理の見積もりをお願いしたいのですが…」

    電話越しに聞こえたのは、女性の元気そうな声だった。

    「だから私も、最初は何を言われているのかわからなかったんですよ」

    BuzzFeed Newsの取材にそう話すのは、甲府市にある「山梨遺品整理センター」の遺品整理士、古元奈保美さん。33歳。小学生と中学生の2人の子どもを育てるシングルマザーだ。

    電話で伝えられた住所へ行くと、アパートの一室に40代の女性が待っていた。さっぱりと片付いた2DK。まだ状況を飲み込めずにいた古元さんに、女性が一言答えた。

    「私、もう長くないんですよ」

    女性は末期の乳がんだった。いつまで生きられるかわからないから、今のうちに自分の「遺品」をどう片付けるか決めておきたい。それが彼女の依頼だった。

    不動産、保険、銀行口座。誰かが亡くなった後に整理しなければならないのは、家財だけじゃない。

    自分の「人生」を片付けながら、女性は自分の生きてきた時間を語った。

    家族は離れて暮らす妹と、障害のある一人娘しかいないこと。生活介護が必要な娘が暮らす施設の近くに住むために、1年ほど前に山梨へ越してきたこと。知り合いのいない山梨の暮らしに馴染めずにいた矢先、余命を宣告されたこと——。

    死後に必要な手続きは、妹に任せる予定だったが、女性は「すべて捨てて欲しい」と頼んだ。お仏壇も、娘の成長をたどるように家中に飾られた写真も、「妹に任せたら捨てられなくて迷惑かけるから、何も聞かずにすべて処分して欲しい」と、託した。

    不思議と色んな話に花が咲いた。別れ際、女性は笑いながら「もっと早くあなたに会いたかった」と言った。死後の手順は、一通の封筒にまとめられた。

    「じゃあ妹に頼んでおくから、あとはよろしくね」。そう頼まれた約9カ月後、古元さんは女性の妹から連絡を受けることになる。

    二人で笑いあったテーブルを片付けたときが、なんとも言えず切なかった。

    「彼女みたいに、生きたくても生きられない人もいる一方で、自ら命を立つ人もいる。生きるって、なんだろうって」

    「でも、普通はなかなか向き合えないじゃないですか、自分の『死』なんて。それなのに、家族に迷惑かけたくないからって、強くたくましく向き合っていた姿を思い出して、本当にすごい人に会えてよかったなって。感謝しています」

    全国に2万人「死後の整理を担うプロ」

    遺品整理士認定協会(北海道千歳市)が日本で初めて、遺品整理士の養成講座を始めたのは、今から6年前。高齢化や孤独死が社会問題化するとともに受講者は増え、2017年7月11日現在、全国で2万人以上が資格を持っている。

    彼女たちの仕事は、故人が遺した遺品の整理・処分から、依頼によっては不動産や保険などで必要な各種手続きの手伝い、ハウスクリーニングや害虫駆除、お焚き上げなど多岐にわたる。

    いわゆる廃棄物処理を専門とする業者とは異なり、遺族の気持ちに寄り添い、家族の死後にどうしても発生する負担を軽くするプロと言ってもいい。

    古元さんは19歳の時に長女を出産。3年前まで印刷会社でデザインの仕事をしていたが、祖父の死をきっかけに遺品整理士の資格を取った。

    身内では片付けきれないけれど、“ゴミ屋さん”には任せられない家族の遺品。遺すべきものはきちんと遺して、遺族や故人の気持ちを大切にする仕事の必要性を痛感しただけで、死と隣り合わせの仕事への抵抗は一切なかった。

    「だって、この仕事必要じゃん!って。本当にそれくらいしか考えていなかったんですよ」

    だから、現場の雰囲気も明るい。作業を共にするスタッフは全員30代の主婦。彼女たちと一緒に、「こういう服が好きだったんだー」「すごい几帳面な方だったんだねー」などと話し合いながら、てきぱきと片付ける。

    「遺品整理って言うと、ひっそりとやってるイメージがあると思うんですけど、私たちはそうじゃなくて。結構わいわいやってます(笑)」と古元さんは言う。

    「不謹慎だと思われるかもしれませんが、遺族の方々には『笑って楽しくやってもらった方が、嫌々やってたり、汚いと思われたりしていないみたいで安心した』とよく言われます。何より、亡くなった方の好きだったものとか感じながら作業するのって、家族と一緒だと思うんですよね」

    全国で推計2万7千人が「孤独死」

    笑顔が絶えない古元さんでも、表情がくもる現場がある。自宅で人知れず亡くなった「孤独死」だ。

    2011年、ニッセイ基礎研究所は「自宅で死亡し、発見までに2日以上経過した」と定義した場合、全国で年間約2万7千人が孤独死しているとの推計結果を発表した。

    古元さんが初めて孤独死の依頼を受けたのは、仕事を始めて1年ほど経ったころ。不動産屋から連絡を受けて駆けつけたアパートの玄関は、ハエで真っ黒に埋め尽くされ、布団にははっきりと遺体の「染み」が残っていた。

    古元さんの経験では、孤独死には共通していることがいくつかある。

    故人に男性が多いこと。アパート暮らしが多いこと。冷蔵庫の中身や持ち物から貧しさが感じられること。近所との関係が薄いこと。現場から独特の「におい」がすること。

    中には後ろめたさからか、故人がその家で亡くなったことを隠したまま、遺品整理の依頼をしてくる遺族もいるという。だが、古元さんに家族を責める気持ちはない。

    「例えばですよ、亡くなった人が生涯結婚しなかったのは、結婚するだけのお金がなかったからかもしれない。子供を作らなかったのは、子育てできる環境がなかったかもしれない。身内がみんな遠くに住んでるのは、地元にいい仕事がなかったからかもしれない」

    「たとえ、家族が近くに住んでいたって、いつでも会えるわけじゃない。家族のかたちって、人それぞれじゃないですか。それを『家族はこうあるべき』って口出しすることは、誰にもできないことですよね」

    「そういえば、こんな『家族』もいました」と古元さんは振り返る。

    人知れず、自宅で息を引き取った高齢の男性。父親には数十年間会っていないという娘から依頼を受けて現場を訪ねると、ベッドの下から娘に宛てた手紙が何通も入った箱が見つかった。

    「みんな結構あるんですよ、思い出ボックス。彼の箱には娘から送られてきたプリクラと一緒に、娘に宛てて書いたけど、最期まで出せなかった手紙がたくさん入っていたんです」

    依頼主だった娘からは「すべて処分して欲しい」と言われていたが、古元さんはどうしても捨てられなかった。男性の気持ちがないものになってしまうのが嫌だった。だから「見たくなかったら見なくてもいいです」と書いた袋に入れて、送った。

    娘が手紙を見たかは、わからない。古元さんは言う。

    「私も親が離婚してるからなんとなくわかるんです。家族って難しいですよね」

    生がさまざまであるように、死の姿もさまざまだ。当然、家族のかたちも。

    古元さんは言う。

    「孤独死は亡くなった人にとっても、遺された人にとっても『負』でしかない。一人の人が生きてきた最期がこんな形なのは悲しすぎる。どう孤独死を防げばいいのかは、常に考えています」

    「遺品整理士にできることは、亡くなった人と気持ちと家族の意見を一番尊重すること。そのためにできることは、なんでもやりたいと思っています」