だから、私は国連へ行く。72年目の「はじめの一歩」に立ち会うヒバクシャの思い

    7月7日、核兵器を法的に禁止する条約が初めて採択される見通しだ。

    ニューヨークの国連本部で7月7日(現地時間)、核兵器禁止条約が採択されようとしている。

    核兵器を法的に禁止する条約の誕生は、広島・長崎への原爆投下から72年を前にして初めて。だが、その内容を議論する交渉会議には、核保有国のアメリカや、唯一の戦争被爆国である日本の姿はない。

    被爆者はどのような思いでこの日を迎えるのか。

    BuzzFeed Newsは、現地で採択の瞬間に立ち会う日本原水爆被害者協議会(被団協)事務局次長の藤森俊希さん(73)に聞いた。

    母におぶられ、1歳4カ月で被爆

    藤森さんは1歳4カ月のとき、広島で被爆した。

    母の背におぶられ、病院へ向かう途中。爆心地から2.3キロの場所にいた。2階建の民家が熱線を遮り、奇跡的に助かった。

    だが、11人の大家族は疎開していた4人以外全員が被爆し、当時13歳だった姉は遺体が見つからないままだ。

    「母は毎年8月6日になると、子供たちを部屋に集めてあの日の体験を話して聞かせました。涙を流しながら、つらそうに」

    「小学校に上がったころ、母に聞いたことがあるんです。『なぜそんなにつらい思いまでして話すのか』と。母は私の目を見て、一言答えました。『あんたらを同じ目に遭わせとうないからじゃ』と」

    72年は「長かった」

    これまで核軍縮をめぐる国際的な議論は、アメリカやロシアなどの5カ国に核兵器を持つことを認めた上で、軍縮を義務付ける「核兵器不拡散条約」(NPT)を土台としてきた。

    だが、2010年に赤十字が「核兵器の非人道性」を訴える声明を出したことをきっかけに機運が高まり、今回の会議には国連加盟国193カ国のうち6割を超える約120カ国が参加。

    3月と6〜7月の計約4週間にわたる交渉会議の結果、核兵器を「使う」ことを禁止するだけでなく、核兵器で「威嚇」すること、つまり「核の抑止力」の否定にまで踏み込んだ草案がまとまりつつある。

    さらに、前文には「ヒバクシャの受け入れがたい苦痛を心に留める」との一節も含まれる。

    広島、長崎への原爆投下から72年。藤森さんは「長かった」と言う。

    「長いですよ。人類の歴史からしたらあっという間かもしれないけれど、一人の命からしたら、長い、長い時間だと思います」

    「でも今まで72年間動いてなかったものが、ようやく動き始めた。大きな一歩だと思います」

    実効性に疑問「条約はスタート地点」

    だが、条約が採択されたとしても、その実効性には疑問が残る。

    交渉会議に参加したのは核兵器を持たない国のみで、アメリカなどの核保有国や「核の傘」に依存している国々は参加していないからだ。

    日本政府も「核兵器国の理解や関与が得られないことは明らかだ。残念ながら、交渉会議に建設的かつ誠実に参加することは困難」だと述べ、会議に反対した

    「核兵器は必要なんだと確信があるなら、交渉会議に出てそう訴えればいいじゃないですか」。藤森さんはそう指摘する。

    「被爆者はこれまでもずっと『ふたたび被爆者をつくるな』と訴えてきました。世界で唯一の戦争被爆国である日本政府がこの会議に反対したことは、被爆者で、日本国民である身として、本当に心が裂ける思いがする」

    「核兵器を近い将来に手放す国はない」

    核兵器を取り巻く国際情勢も、決して楽観できるものではない。

    核開発を続ける北朝鮮は7月4日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射に成功したと発表。また、ストックホルム国際平和研究所は3日に発表した報告書で、「核保有国は核兵器の近代化を進めており、近い将来に手放そうとする国はない」と指摘した

    だが、藤森さんはこの条約はゴールではなく、スタート地点だと語る。

    「条約によって一歩前進できるかもしれないが、今後いかに核保有国などを取り込むか、また核兵器の禁止から廃絶までどのように発展させるか、新たな課題を抱えることになる」

    「まず、原爆投下から72年目にして、禁止条約ができたことをしっかりこの目で確認したい。この条約を作ることがスタートだ」

    被爆3世が後押し「せめてもの恩返し」

    また、藤森さんが採択の瞬間に立ち会うための資金はクラウドファンディングで集められた。キャンペーンリーダーを務める明治学院大大学院生の林田光弘さん(25)は、被爆3世だ。

    キャンペーンを立ち上げた理由を林田さんはこう語る。

    「核をなくさなければいけない理由、人間に使ってはいけない理由を議論するとき、その核になったのは常に被爆者の方々の被爆体験だった」

    「だから、被爆者の方に現地で直接採択に立ち会ってもらうのは、僕たち若い世代からのせめてものお礼です」

    NHKによると、会議の進行役を務めるコスタリカのホワイト議長は6日の記者会見で、「7日は人類にとって歴史的な瞬間になる。条約は国際的な法律上の規範となり、核兵器に依存しない21世紀の安全保障の形をつくることにつながる」と発言した。

    条約は、日本時間7日の深夜から8日早朝の間に採択される見通しだ。