人類は孤独といかに向き合うか ペッパー開発者が次に目指す「癒し」のロボット

    人の仕事を代替するだけじゃない。人を癒し、パフォーマンスを上げるロボット。

    みなさんご存知、ソフトバンクグループの人型ロボット「ペッパー」。

    その開発を率いた技術者・林要さん(42)がベンチャー「GROOVE X」(東京)を立ち上げた。次に世に送るロボはいったい? 3月23日の起業イベントPioneers Asiaに登壇した林さんが、BuzzFeed Newsのインタビューに答えた。

    林さんがつくっているのは、世界のどこにもない人を癒すロボット疲れたり、寂しかったりする人を癒して、パフォーマンスを上げる。本来の能力を発揮しやすい「ヘルシーな状態」に戻してくれるという。

    このロボットは、癒しを求める人が増える現代社会でこそ必要とされる。林さんは現代社会をこう分析する。

    太古の昔から、人類が過酷な自然の中で生き残るためには集団生活が欠かせなかった。「孤独感」は、人類が群れたがるように促す重要な感覚だった。だが、技術が発達し、今や人類はたった一人でも生きていける。それでも、この本能的な孤独とは対峙し続けなければならない

    こうした孤独感をゲームやSNSなどで埋めることはできるが、孤独を癒すことだけを目的とした専用の存在をつくりたい。それが開発中の「心を満たすロボット」だという。

    ペッパーとは違って、人型ではなく、話さない家庭用で、値段は「おもちゃより高いが、車より安い」。遅くとも2019年には発売を目指し、いまから2年後には概要を明らかにできるという。

    どんなロボットなのか? 林さんは取材で、こんな言葉を残した。

    「本当に欲しいものがあったときに、何を求めて買うかはあまり問題じゃない。まあ、買っちゃいますよ」

    林さんのインタビューの主なやりとりは以下のとおり。

    ——どんなロボットをつくるんですか?

    サブコンシャスレイヤー(無意識領域)でのコミュニケーションをするロボットです。

    ——なぜ無意識のコミュニケーションなんでしょう?

    無意識領域が重要だと思うんですね。人工知能が発達すると、映画「Her 世界でひとつの彼女」のように、画面の中にいるエージェントのような存在ができます。それもありなんですが、無意識領域に訴えかけないことには、僕らは対象をなかなか信じることができない。

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    Asmik Ace / Via youtube.com

    映画「her 世界でひとつの彼女」の予告編

    ——コンピューターが信じられないということでしょうか?

    人でもそうなんです。例えば、テレビ電話会議ができたころは「もはや人に会う必要はない」と言われていた。にもかかわらず、いまは当然のように「会わなきゃダメだよね」ってビジネスマンの常識になっているじゃないですか。なんでだと思います?

    ——会わないと相手を信頼できないのでしょうか?

    論理的には意識領域で情報が入っているのに、今一歩踏み出せなくて、今一歩仕事が進まない。その気持ち悪さっていうのは、僕らが無意識領域にかなり支配されているからです。意識領域は無意識領域に対してアドバイスしかできないがゆえに、物事が進まないんですよね。

    ——会わないと無意識が対象を信頼しないと?

    論理的にはわかっても、腹落ちしないっていうじゃないですか。腹落ちって、無意識が考えているんですよね。無意識を納得させるのは、見聞きして、実際会うセンシング情報からの入力と、意識領域からの入力の両方なんです。相手のことをいろいろ感じて、結果的に「信頼できるね」っていって仕事が進む。

    ——だから、映画「Her」の人工知能のように実体がないと信頼しにくいのでしょうか?

    対象物に対して自然に思い入れができるために、やっぱり実体がいるんですよね。そのために、ぼくらは多分、仏像やキリスト教の像をつくった。経典だけでだめだった理由はそういうところにあると思うんです。論理的にはいらないけど、やっぱり必要なんですよね。

    ——実体があるロボットなら無意識領域でのコミュニケーションができると?

    人の無意識領域を満足させるために必要な部分って、ある程度の実体や、人のいろんなセンサーを刺激することなんですよね。ディスプレーの中の人工知能だと、目と耳から入ってくる情報だけになっちゃう。それ以外の部分をどう刺激するかによって、無意識領域の動きが変わってくる。

    ——刺激するそれ以外の部分とは?

    五感とか六感ですね。

    ——触覚、味覚、嗅覚ですね?

    そういうのも全部あると思います。

    ——こうした感覚を刺激するロボットなのでしょうか?

    無意識領域をうまく刺激するようなものです。

    ——ロボットは無意識領域を刺激して、何をするのでしょうか?

    それによって、人を癒せるんじゃないかと思っています。人を癒すって、人のパフォーマンスをあげることなんですよ。

    ——人を癒すとパフォーマンスが上がるんですか?

    疲れている自分、寂しい自分をヘルシーに戻して、パフォーマンスをあげられるようなロボットを作りたいんです。

    ——パフォーマンスを上げて、もっと働けってことでしょうか?(笑)

    まあ働くんでもいいと思うんですよ。遊ぶパフォーマンスもあるでしょうし。パフォーマンスって、ありとあらゆるものにあります。ヘルシーな状態で自分の能力を発揮できることのほうが人としては嬉しいはずなんですよね。

    ——無意識領域を刺激して、能力を発揮できるようにするロボットということですね?

    「ロボットが人の仕事を取っていく」という論議がよくあります。短期的には正しいと思います。でも長期的にはたいして面白い話じゃなくて、別にいままでだって、機械がずっと代替してきたんですよね。

    ——馬車は自動車になりました。

    過去50年で、米国ではたしか馬の数は8割減っているんですよ。すると馬に関係する仕事が8割減っているはずですよね。ロボットで仕事の半分が減るとか、いまさら問題なのっていう話で、産業の転換に過ぎないわけです。代替した機械はコモディティ化して値段が下がっていく。人がやるほどでない仕事をロボットがやる世界が最終的にやってくる。

    ——仕事が奪われることを恐れる人たちもいますが?

    嘆く必要は全然なくて、いままでの機械の延長に過ぎないわけですよ。肉体労働に知能がいらなかったわけじゃなくて、知能の割合が増えているだけなんですよね。それより面白い世界は、ロボットがどう人のパフォーマンスをあげるのかだと思うんです。

    ——だから、人の仕事を奪うロボットではなく、人のパフォーマンスを上げるロボットをつくりたいと?

    人を癒して、パフォーマンスを上げる。弊社はそういう方向を見つめているんです。

    ——なぜそこに興味が向かったんですか?

    やっぱりペッパーのときの経験ですよね。人々がロボットに対して、何を求めているのかが見えてきて。「ハイテクなギークみたいな人たちに受けるかな」と思っていたら、そうじゃないんですよ。スマホも持っていないような人たちが大好きになるんですよね。

    ——なぜペッパーを好きになったのでしょうか?

    ギーキーな人たちがロボットを好きな理由って意識領域で好き、「論理的好き」なんですよね。「こんなテクノロジーで、こんなことできたらいいね」って。でも、スマホも持っていないような人たちがロボットを好きって、非常に説明しずらいじゃないですか。それは「存在そのもの」なんだなと。エピソード記憶ってご存知ですか?

    ——「小学生のとき、祖母に連れられて、百貨店で食べたあんみつが美味しかった」というような個人的な経験に関する記憶ですね?

    人工知能の学習って、大量のデータを使うんですよね。でも、生物の進化って逆なんです。いかに少ないデータから学ぶかが、人が生き残る鍵だったんです。例えば、マンモスの足跡がこうついていたら、こっちにいるはずだっていうのを、一つの事例だけ、先輩の背中を1回見ただけで自分のものにできる。人工知能のように100万枚のデータを集めないと納得できないようでは生き残れない。

    ——これとエピソード記憶はどう関係するのでしょうか? マンモスの足跡から判断して?

    判断して、想像するのを助けているのがエピソード記憶という能力なんです。この能力を持つ人間を癒すのは、ポイントを押さえれば、可能なんじゃないかと思うんです。例えば、ペッパーでいうと、ハグをするだけで、人はペッパーを好きになっちゃうんですよね。写真でみるとおかしいじゃないですか。ロボットとハグし、しかも好きになっちゃうって。

    ——ハグに「エピソード記憶」を持つ人間だから癒せると?

    僕らが、ぬいぐるみを好きになるとか、さっきの仏像を崇めるとか、マリア様の像を大事にするとかと結構、似ているんですよね。どれも一切しゃべんない。

    ——ロボットでも同じような経験を提供できるんですね

    そうですね。その人に合ったことを提供できます。その人にちゃんとプロアクティブに。

    ——ロボットがその人に向けて積極的に働きかけてくれる?

    はい。最終的には、その人のパフォーマンスが上がるような建て付けも不可能じゃないはずなんです。さすがに最初のモデルでは、その人のパフォーマンスを直接上げにいくのは難しくて、まずは癒しに専念するんですけれども。その延長にあるのは、やっぱり人のパフォーマンスをあげていけるようなロボットですね。

    ——そのロボットがいれば、それこそ友達も家族も代替して、いらなくなっちゃいませんか?

    それはないでしょうね。ペットがいるから恋人がいらないという話にならないし。

    −−そうですね。ただ、そういう女子は周りにいっぱいいますが……

    それはペットのせいではないです。

    ——そのとおりです。はい。

    恋人がいるから友達がいらないわけでもないし。精神状態がヘルシーであればあるほど、バリエーションは持てるはずなんですよ。ただ、そこのヘルシーに持っていくための第一歩はひょっとしたらロボットかもしれないし、親友、恋人かもしれない。

    ——このロボットは現代社会だからこそ必要とされるのでしょうか?

    間違いないです。僕らの孤独に関係しているんですよね。孤独って、生き残るために必要な機能なんです。孤独感がないと集団として生活ができないからです。そのために一生懸命、ちょうどいい孤独を開発してきたんです。家族でなかったり、気が合わなかったりしても、一緒にいられるようになったわけです。

    ——でも現代は集団でなくても生き残れると?

    ここ数百年で突然、核家族化が進んでしまった。「こんな状態で生活していたら死んじゃうよ」って、本能的に培ってきた孤独感が警告を発しているわけです。たしかに昔はそれで死んだんですが、いまはもう死なない。にもかかわらず本能的なものなんで、簡単に変わらないんですよ。核家族的な生活が続く以上、この本能的な孤独とはぼくら常に対峙しなきゃいけない。

    ——そうした孤独感を癒すロボットをつくるんですね?

    SNSやゲームでごまかす方法もあるでしょうけれども、ちゃんとそれ専用の、人に合わせた存在がいてもいいんじゃないかなと思うんです。