美しく、賢く、従順 「金髪巨乳」と騒がれるトランプの娘イバンカは、男性社会を体現するプリンセスなのか

    敵とみなした相手は徹底的に叩く父親を、少女は恐れた。逃れるには、どうしたらいいのか。賢いプリンセスは、父の欲望を先取りする知恵を身につけた。成長し、父を「フェミニスト」とかばったイバンカは、女性の生きづらさを打破する「ファースト・レディ」になるのか。

    それはちょっとした騒ぎになった。

    彼女と45分間のコーヒーデートする権利、最高値820万円——。

    「彼女」とは、ドナルド・トランプ次期米大統領の長女イバンカ(35)のことだ。

    2016年12月、弟エリックの財団が病院に寄付するためとして、慈善オークションにかけたイバンカとお茶する権利。次期大統領の情報を手に入れたいなどとして、28人が入札した

    だが突如、オークション自体が消えて、話題になるニューヨークタイムズが倫理問題を指摘した直後だった。

    この「事件」はイバンカの価値を象徴している。女性は値段を付けられる対象物。しかも、その価値は、父なしには成り立たない。

    現代のスーパーウーマン」「ワンダーウーマン」。こう呼ばれるイバンカは、どんな家庭に育ち、どんな男女観を持っているのだろうか。

    歪んだ父娘関係

    ドナルド・トランプと最初の妻イバナの長女として1981年、ニューヨークに生まれる。幼い頃から、父親と表舞台に登場し、スポットライトを浴びてきた。

    だが、その父娘関係は、少しいびつだった。

    父トランプの1987年のベストセラー『トランプ自伝』のゴーストライターは、18カ月の密着取材で一度もオフィスでイバンカを見ることはなく、イバンカの話が出ることもなかったとツイートしている。

    ハフィントンポストは、イバンカの好きな食事を尋ねられた父トランプが「いろんな食べ物が好きなんだ」とはぐらかした、と伝える。娘の好物すら知らない父親だった。

    イバンカが9歳を迎えるころ、後に2番目の妻となるマーラ・メープルズと父の不倫がマスコミを賑わす。子どもたちを撮ろうと小学校にも押し寄せるカメラマンたち。泣きながら帰宅し、家族の崩壊を恐れるイバンカの姿をバニティ・フェアは伝える。

    それでも大統領選中のインタビューでイバンカは「父を愛しているし、尊敬しています。理解もしているし、考え方もわかっています」と話した。

    これは愛情なのか。「恐怖心だ」と指摘するのはジャーナリストのハンナ・セリグソンだ。

    エゴイスティックで、すぐに切れる父親。敵とみなした人物は徹底的に叩く。その姿を間近に見た少女イバンカは、父親の欲望を、自らのそれに優先させ、「いい子」になろうとしたとしても無理はないだろう。

    より厳しく、イバンカの心理をえぐる記者もいる。

    「(父親の)所有物か小道具だと考えるように育てられた」。BuzzFeedのアン・ピーターセン記者が描写するイバンカ像だ。

    幼いイバンカの体に手を回して、ポーズを取る父トランプ。それは娘への愛情ではなく、所有を示すと指摘する。

    さらに「娘でなければ、デートしていた」と語ったように、成長した娘への評価は性的なニュアンスすら含むようになる。

    父の欲望を先取り

    イバンカは、父親の欲望を自己投影する人生を歩み始める。しかも、聡明に。

    美形モデルたちを好む父。イバンカも10代で雑誌「セブンティーン」の表紙を飾り、モデルの道を進んだ。

    だが、イバンカは昨秋のタウン&カントリーのインタビューで「モデルになんか全く興味なかった」と笑った。

    父の欲望を内在化させた人形にもみえる。しかも、計算高い。世の中の男性が求めるものを表現する賢さを備えている。胸元の大きくあいた黒ドレスで、雑誌の表紙を飾った。

    日本の時事通信は「トランプ氏の美人すぎる娘」という写真特集を組み、スポーツ紙は「金髪巨乳美女」と呼んでうれしがった。

    働くオンナのルール

    父と同じ名門ペンシルバニア大ウォートン校を卒業したイバンカ。(当初、首席で卒業したと脚色されていたが、後に訂正された)。父親の背中を追って、中核企業「トランプ・オーガニゼーション」で開発買収担当のバイス・プレジデントに就く。

    だが、働く女性が認められるには、一定の条件がある。

    白人男性中心の秩序を乱さないこと。「フェミニンで、ふしだらではなく、ほどよくセクシー」でいれば、褒めそやされる。

    偉そうに講釈を垂れる男を遮ってはならない。セクハラやパワハラを声高に指摘してはならない。権力を持つ者に居心地の悪い思いをさせてはならないから。

    だから、歌手アリシア・キーズのように、ノーメークで登壇して、物議を醸すことはない。マドンナのように性の解放を叫ぶことはないし、ビヨンセのように人種差別を訴えることもない。

    構造を支えるオンナ共犯者

    父がいかに女性をさげすんでも、イバンカの女性としての価値は脅かされなかった。既存構造の中で勝者になればいいからだ。居心地は悪くない。

    「父はフェミニスト(男女同権論者)です」。イバンカはインタビューに堂々と答えている

    父トランプは女性を容姿で罵倒し、ランク付けした。妻は食事を用意する存在だし、中絶する女性は罰せられるべきだと言い放った。昨年10月には「有名人なら女性器をつかんでも構わない」と自慢する会話も報道された

    それでもイバンカは、セクシストな(性差別の)社会の改革を求めることはない。これは皮肉な結果を生む。イバンカは男性優位の構造強化に貢献する無意識の「共犯者」になる。

    従順なプリンセス

    プリンセスの役割を非常に上手くこなす」。これは選挙戦でのインバカを評した兄ドナルド・トランプ・ジュニアの言葉だ。

    暴言を吐く父トランプの応援演説に立ち、どんなに立派な父親かを説いた。女性を尊重するし、思慮深いと訴えた。

    だが、焦点の政治問題には踏み込まない。プリンセスだから。

    「人工妊娠中絶に賛成か?」。質問されると「私は政治について語りません」と突っぱねた。

    たしかに選挙戦終盤では、父を説得して、女性への6週間の有給の産後休暇を政策集に盛り込ませた、と披露してみせた。

    だが、同性婚のケースを突っ込まれ、父トランプが過去に「妊娠はビジネスの厄介だ」と話していたとコスモポリタンに指摘されると、電話インタビューを途中で放り投げた。

    オトコ目線のブランド

    イバンカ・トランプ・ファインジュエリー」「イバンカ・トランプ・コレクション」。自らの名を冠した服飾ブランドも拡大させてきた。

    体にほどよくフィットする花柄のワンピース。大きなフリルがポイントの白ブラウス——。商品には、男性目線がたっぷりと意識されている。

    「興味を持たれなきゃだめ。興味を持ってもらえなければ、自身が興味深くあることなんてできないから」。イバンカがインスタでデザイナーのアイリス・アプフェルの格言を引用するとき、他人の視線を気にしていることが伝わる。

    「女性器をつかまれるのは、男性からまだ望まれる存在であることを確認できるチャンス」。トランプ支持者の60代の女性はこんな発言をした。

    ふたりの言葉は、交錯する。

    フェイク・フェミニズム

    ブランドのマーケティングには、自身のライフスタイルを利用した。私生活を売り物にテレビで人気を博した父トランプと瓜二つだ。

    現代のスーパーウーマン」は白人。金髪。高い身長で抜群のスタイルを誇る。富豪の夫と2005年に知り合って、4年後に結婚し、3人の子どもをもうけた。

    仕事と家庭を完璧に両立する女性を演出する。だがそれは「フェイク・フェミニズム」だと、ジャーナリストで弁護士のジル・フィリポビックは喝破する。

    妻が家事や子育てを担いながら、働くことを余儀なくされる場合でも「女性の選択とフレーム化する」。「妻と母親の役割が最優先で、仕事は二番目。夫に家事を手伝ってもらうことは求めない」

    それでもテレビ出演すれば、女性からファンレターが殺到する。どうすれば、イバンカのような女性になれるの?

    正解は、カネで買えばいい

    株式会社フェミニズム

    好きな服を買って、着飾り、自己表現する喜び。こうしてイバンカが「女性をエンパワーする道具」として売る服飾の正体は、何か。

    例えば、大統領選直後、トランプ一家で出演した番組で約120万円(1万800ドル)の自身のブランドのブレスレットを付け、それを宣伝に使っている

    ビジネスとしては抜かりない。だが、これはマーケット・フェミニズムと呼ばれる「骨抜きのフェミニズム」だ。

    全てカネで買える。それは、購買力を持つことが絶対の価値観として君臨する社会の肯定だ。「株式会社フェミニズム」は巨大ビジネスになり、フェミニズムは消費されるだけだ。

    逆に、カネで買えない構造変革は起こせない。「私のブランドのポイントは、女性が過ごしたいと思う人生の設計者となるべきだということです」というイバンカの主張は、ショーウィンドウで空回りする。

    だからこれは「フェムバタイジング」(フェミニズムの「フェム」に、アド「バタイジング」=広告を掛け合わせた言葉)とも次元が違う。フェムバタイジングは、それですら女性のパワーをカネで買えるモノ扱いしているという批判があるものの、ベライゾンが教育機会の平等を訴え、P&Gが女性の自尊心を傷つける社会風潮を告発したとき、それは影響力を持った。

    父トランプは米中の貿易不均衡を批判したが、ブランド商品は中国の工場で製造していたし、どんな労働環境の工場で作られているかは、「エンパワーメント」と関係ない。

    プリンセスから「ファースト・レディ」へ

    男性らの視線を投影せざるを得なかったのは、聡明な少女の防衛本能だったのかもしれない。トランプを父に持っていなければ、ヒラリー・クリントンを支持していただろうとの指摘もある。

    ニューヨークに残る継母メラニアに代わり、事実上のファーストレディの役割を負うとされる。ついに1月11日、トランプ・オーガニゼーションとブランドの経営から完全に手を引くと発表した

    非常に影響力が強く、パワーを持つ『ファースト・ドーター(大統領の娘)になるだろう』」と評されるイバンカ。

    結局、女性が大統領になれないアメリカで、イバンカは既存の男性社会を打破するロールモデルを示すだろうか。それとも女性の役割の限界を示すことになるのだろうか。

    (敬称略、サムネイル写真はJemal Countess / Bryan Steffy / Getty Images / BuzzFeed)