「おっさん」にフラれたぼく。優しかった匿名日記

    「悩んでることって、結局みんなと一緒だよ」

    「おっさん」にフラれた。28歳の春だった。

    電話越しの別れ話。好きじゃないなら仕方ない、そう受け入れた。ゲイだって恋をすれば、別れることもある。そんな「普通」になれたことが、少しだけ嬉しかった。

    いじめ、社内トラブル、人間関係。明るいとは言えない人生、その先で見つけた居場所。ある男性の道のりを追った。

    地元の中学でいじめにあった。いじめは高校でも続いた。「楽しい記憶ではないですね」。それまで冗談も交えて話していた田中さんが、沈黙のあとに、言いづらそうにつぶやいた。

    教師は助けてくれなかったが、助けてくれた人がいた。「今となっては分かりませんが、それが性自認のきっかけだったのかもしれません」。恋愛には発展しなかった。

    大学でプログラミングについて勉強し、IT業界に就職。「仕事にするなら苦にならないだろうな」と思っていたが、社内の人間関係やトラブルなどで体を壊した。

    両親は離婚。2人に顔を合わせるのは1〜2年に一度くらいだ。「ゲイであることは伝えてません。父親は受け入れてくれるかもしれませんが……どうでしょうね」。首をかしげ、表情が曇った。

    自尊心なんて持てなかった。そんなある日、彼氏ができた。「おっさん」に好きだと言われると、認められたような気持ちになれた。映画に出かけたり、一緒にご飯を食べたりした。

    付き合っていた彼は「意識の高い人」だった。同性愛者の社会的地位を上げる活動に関心があり、ゲイコミュニティにも馴染んでいた。

    ゲイの人たちが集まるお店に行ったりしないのかと聞くと、ちょっと困ったような顔をして、一度だけ行ったことがあるんですけど、と答えた。「みんなどこか自信を持っていて。自己肯定感があった。自分とは違うというか……すごいな、って思った」

    そのような姿勢に対して、否定的ではない。「自分を認めてあげる、自信を持つ。その方が絶ッ対にいいと思う」。絶対に、という単語を強調する。ただ、そう在りたくても、今はまだできない。

    「性自認の時期であるとか、コミュニティに属した時期であるとか。自分を認められるかどうかって、そういうものに関係すると思うんです。10年後には、ぼくはまた変わっているかもしれない。彼らが特別な存在で、ぼくはそうじゃないとか、そういうことではないと思う」

    「おっさん」は過去に自分を肯定してくれるコミュニティに出会えた。自分を認めてくれるから、誰かを認めることができる。田中さんはそういった出会いがなかった。

    「ぼくは、いい循環に乗れなかったのかなあ」

    認めてくれる誰か

    そんな田中さんにも、「つながり」を感じられる場所がある。インターネットだ。

    「おっさん」にフラれて、はてな匿名ダイアリー(通称=増田)という匿名日記サイトに心境を綴った。「認めてくれる人がいたんだ」「なんで、僕はいまひとりぼっちなんだろうなあ」。あまり飲めない酒を飲んで書いた文章には、ところどころ誤字が残されていた。

    読者からコメントがついた。あたたかい言葉であふれた。

    「この場所が大好きなんです。実名ではありませんが、そんなこととは無関係に自分のことを認めてくれる人がいる。いてもいいよって言ってくれる人がいる。その距離感が嬉しいんです」

    コメントを読み上げながら、田中さんは笑みを浮かべる。このユーザーさんはね……と、遠くにいる友だちのことのように話す。リアルでつながることは大事だ。でも、インターネットなら、増田ならフラットにつながれる。

    「もしもゲイで悩んでいる人がいたら、ぼくなら増田を紹介します。同じ悩みを持つ人がその場にいる必要は、必ずしもないんじゃないかと思うんです」

    自分の悩みや苦しみは特別じゃない。誰かに認められたいとか、仕事の辛さとか。「ゲイだからこその苦しさ、ってわけじゃない」と何度も口にする。

    ラジオが好きだ。「声優さんのラジオを聞いていたとき、構成作家の存在に気付いたんですよ。それ以来、構成作家で番組を選ぶようになって」。声が弾む。普通ですよ、普通。そう田中さんは話す。

    もしも、全国に届く拡声器があったら、伝えたいことはありますか。うーんそうですねえと腕を組みながら、ひと呼吸を置いてこう答えた。

    「悩んでることって、結局みんなと一緒だよ。同じ人間だよ、って、そう伝えたいかなあ」

    増田は楽しいぞ、って言うかもしれませんね。楽しそうに笑って、そう付け加えた。