「トランプはすでに、白人貧困層を裏切っている」 熱狂的支持者たちとアメリカのこれから

    パリ協定脱退表明に、FBI長官解任 深まる混乱

    独特の言動で存在感を見せ続けるトランプ大統領。突然、気候変動対策のパリ協定を脱退表明し、全世界を驚かせた。5月には自身のロシアとの癒着疑惑について捜査していたFBI長官をクビにし、物議を醸している。

    その行動に対し、米国内ではトランプ大統領の「弾劾」へ向けた動きが出てきている。

    現実問題、トランプ大統領が弾劾される可能性は、どれほどあるのだろうか。そして、彼を熱狂的に応援し、大統領に押し上げた支持者たちは今後どうなっていくのだろうか——。米国で執筆活動を続ける渡辺由佳里さんに聞いた。

    トランプ大統領弾劾の可能性は

    「弾劾裁判とは、ひとことでいえば、大統領をクビにする手続きです。しかし、これでクビになった大統領はまだいません」

    ビル・クリントンら2人の大統領が一歩手前までは行ったが、最後の関門(上院)は越えなかった。ニクソン大統領の場合、弾劾前に自ら辞任した。

    いまのところ共和党の議員の多くはトランプ大統領を支持している。ただ、これはトランプ大統領個人への支持というよりは、党への忠誠心からだというのが、渡辺さんの分析だ。

    だが、ほころびは少しずつ見え始めている。来年の中間選挙を見据えて、共和党の一部議員が、すでに大統領と距離を置き始めているという。

    コアなファンである白人低所得者層

    では、トランプ大統領を熱狂的に支持した人たちはどうなのか。

    トランプ大統領のコアなファン層は、白人の低所得者層——選挙にさえ行ったことがなかった、政治に無関心だった人たち——だといわれている。

    アメリカ中西部には、かつて製造業が盛んだったが、いまは落ちぶれたラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれる一帯がある。そこには、多くの貧しい白人労働者たち(ヒルビリー)が暮らしていて、家庭崩壊が大きな問題となっている。

    ヒルビリーの多くが、希望のないまま親と同じような一生を過ごす以外の選択肢はないと、人生を諦めている。そして、都市部の豊かなリベラルは自分たちを見下げる鼻持ちならない者として嫌悪し、マイノリティや移民のことは、リベラルが作ったポリティカル・コレクトネスで優遇されていると思っている。

    経済と、地域差と、人種をめぐる対立

    アメリカという一つの大きな国の中で、人種、民族、宗教、性的指向、教育レベル、収入が異なる人々が、まったく異なる現実をみて、交わることもなく、互いを理解しないまま暮らしている。この状況を渡辺さんは、「部族化」と呼ぶ。

    そして、アメリカではいま、新たな「南北戦争」が始まりつつあるというのが、渡辺さんの見方だ。

    19世紀におきた内戦「南北戦争」は、奴隷制度を続けることを主張して合衆国を脱退して「アメリカ連合国」を作った南部11州と、それ以外の北部23州との闘いだった。南部は、黒人奴隷の労働力に頼る大規模農園が頼りだった。一方で、北部では工業化が進んでいた。知識階級は倫理的な理由から、労働者階級は奴隷に仕事を取られる恐れから、ビジネスマンは流動的な労働力を必要とする理由から、奴隷制度に反対だった。

    そこには経済と、地域差と、人種問題をめぐる対立がおきていた。

    それでは、新しい21世紀の南北戦争とは何か?

    それは「地方の労働者と白人高齢者」と「都市部のエリートとマイノリティ」との戦いだ。そして、この対立に火を付け、煽って燃え上がらせたのが、他でもないドナルド・トランプ大統領だ。渡辺さんは著書『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』で、そう指摘した。

    トランプ大統領は「エリート」や「マイノリティ」、「移民」を仮想敵にして、地方の労働者と白人高齢者の怒りをかき立てた。それが、もともと存在していた亀裂をさらに深めた。「アメリカでもっとも差別され、見捨てられているのは自分たちだ」というヒルビリーたちの不満や、「白人以外の移民が増えたせいで、アメリカはかつての品性や偉大さを失った」という白人高齢者の嘆きに耳を傾け、その怒りを堂々と代弁したのが、トランプ候補だった。

    彼らは、政治の部外者で、テレビで良く知っていたトランプ候補を、ロックスター的な救世主と見立てて、そこにすがったのだ。

    裕福な大統領と低所得の支持者たち

    ただ、トランプ大統領自身は、貧困層とはほど遠い大富豪だ。裕福な家に生まれ、父の事業を受け継ぎ、不動産業で名を馳せた。大統領となったいまも、親族が展開するビジネスが、国との関係で「公私混同」疑惑を指摘されている。

    閣僚も資産家ぞろいだ。財務長官はウォール街OBのスティーヴン・マヌーチン。商務長官は投資家のウィルバー・ロスだ。

    トランプ政権も、つまるところ「エリート」の集まりなのだ。そして、彼が推し進める政策には、エリートを優遇するものが多々ある。

    渡辺さんは指摘する。

    「わたしは、トランプはすでに、地方の白人貧困層を裏切っていると思っています」

    トランプ大統領が進めている政策には、ヒルビリーに良い効果をもたらすとは言えないようなものが多々ある。

    たとえば、オバマ政権が進めた国民健康保険制度の廃止と代替え法案。トランプ大統領は、これを強行的に下院で可決させた。上院も共和党が牛耳っているので、トランプの改革案がそのまま通る可能性は高い。

    しかし、そうなったら2400万人の国民が健康保険を失い、その結果、命を失う人も出て来ると言われている。そのしわ寄せが行くのは、もちろん低所得層だ。

    教育や福祉の分野でも、低所得層に有利な補助プログラムを、トランプ大統領はどんどんカットしている。

    トランプ政権は、むしろ逆に、高所得層を優遇する税制改革を進めていたりする。

    唐突に表明されたパリ協定脱退も「炭鉱のヒルビリーにとっては、絆創膏のようなもの」だと渡辺さんはいう。

    「自分が何か(ロシア疑惑など)で追い詰められると、トランプはそれから目をそらさせるようなツイートをしたり、政策をとったりしているのです」

    こうした状況にもかかわらず、熱狂的支持者たちがトランプ大統領を見放すような動きは、まだ見えてこないと渡辺さんは言う。

    「いったん強く感情移入してしまうと、その人へのマイナス情報はなかなか受け入れられないものです。貧困層の支持者たちが、トランプ政権の実態に気づくには、もう少し時間がかかるでしょう。気づいたときにはもう手遅れ、とならなければいいのですが……」