育児休業の取得を希望する男性社員に嫌がらせをする「パタニティ・ハラスメント」を受けた、証券会社に勤めるカナダ国籍の男性がいる。
育休申請を会社に断られた挙句、「DNA鑑定書」の提出を求められ、さらに職場で「干された」——。
「このままじゃ日本は、世界から取り残されてしまう」。そう彼が語る理由は、どこにあるのか。
まさか、自分が…
「私は、いままで日本人より日本人でいようと思っていました。だから、人一倍ルールを守ってきた。でも、もう黙ってはいられなかったんです」
そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で機関投資家向けの営業部特命部長を務めるグレン・ウッドさん(47)だ。
流暢な日本語を操るカナダ国籍のグレンさんは、30年ほど前に来日。米大学院でのMBA取得を機に金融業界に足を踏み入れ、2012年にいまの会社に転職した。
これまで日本で働いてきて、仕事で嫌なことを感じたことはなかった。長時間労働の問題を見聞きしても、「自分は好きで仕事をしている」と感じていた。自分自身がハラスメントを受けることも、なかった。
一方で、妊娠したり、育休から復帰したりした女性たちへの「マタニティ・ハラスメント」の存在は知っていたし、見聞きすることもあった。
「子どもが生まれる」と聞けば、男性上司の態度は「コロッと変わった。すごく優秀な女性でも、戦力外通告ですよ」。
全員が男性だったという会議で、「あいつはもうやっていけないだろうな」と語る幹部もいたという。
「おかしいとは思っていた。でも、声を出したことはありませんでした。何か話すと、村八分になるから……」
まさか、自分が同じ目に遭うとは思っていなかった、という。
育休なんて「ない」と一蹴
グレンさんの主張と、東京地裁に仮処分申請のために提出された申立書を元に、経緯を振り返る。
2015年秋、グレンさんは初めて、子どもを授かることになった。仕事の関係でネパールに暮らすパートナーとの間に、だった。
出産のタイミングで渡航をしようと、会社には「しばらく休まないといけない」と相談をした。しかし、上司からは、「そんな制度はない」と一蹴された。
「こんなことは初めてなので、どうしたらいいかわからなかった。ハローワークに問い合わせをして、初めて、『育休』が法律で認められている権利だと知ったんです。『ない』と言われることも、ハラスメントになりうると」
グレンさんが人事部に確認をすると、制度が存在することを認めた。しかし、それでも取得はできなかった。「母子手帳がないと受け入れられない」という理由からだ。
出産するのは、ネパールだ。国籍もカナダで、母子手帳があるわけもない。
代替措置としてDNAによる父子鑑定の証明書を提出するということで折り合ったが、それは、出産後でないと不可能な条件だった。
息子が死んだら、誰が責任を取るのか
10月、息子のアレクサンダー君が誕生したとき、グレンさんはまだ日本にいた。休みが取れなかったからだ。
予定日より6週間早い出産だった。母子ともに命が危険かもしれないと主治医から連絡を受けたグレンさんは、即座にネパールへ飛ぼうと上司にかけあった。
しかし、それも叶わなかった。
「いくつかの業務を振られ、これが終わるまでは無理だ、と。2〜3日は会社で仕事をせざるを得ませんでした」
息子が死んだら誰が責任を取るのかと上司に聞いても、笑って「大丈夫、大丈夫。いまは医療が進んでいるから」とあしらうばかりだったという。
「ネパールからはたびたび電話があり、『すぐに来るよう』にと言われていた。もうこれは仕方ないと、許可なしで『いきます』と宣言したんです」
無断の休暇だ。会社としては、欠勤扱いとされてしまった。それでも、ウッドさんは念願の息子との対面を果たすことができた喜びをかみしめた。
「涙が出ましたよ。初めての子なんですから。生まれた時に、一緒にいられなくってごめんなさいと、何度も謝りました」
復帰後にされたこと
その後、現地のカナダ大使館でDNA鑑定書を依頼。12月3日にようやく、育休を取得した。欠勤扱いは、そのままだった。
グレンさんが3ヶ月後に仕事に復帰すると、今度はまた別の「ハラスメント」を受けることになる。干された、のだ。
「子どもができたと伝えたときから始まっていたことだったんですが、それがより激しくなった」
ミーティングに一切呼ばれず、上司からメールや電話を無視されることも相次いだ。育休前に従事していた仕事からも外された。半年後には、組織表から名前を外された。
なんども改善を訴えたが状況は変わらず、グレンさんは鬱を発症。2016年末に、休職した。
「まるで子どもを持ったことが罪であり、罰を与えられているような気持ちでした。苦しかった」
半年間の療養を経て、原職への復帰を求めたグレンさんの訴えを、会社は認めなかった。
「復職可能」という診断書が出ていたにもかかわらず、2017年10月18日、会社側はグレンさんに無給の休職命令を出したのだ。
グレンさんは、そうした命令を不当として、東京地裁に地位保全と賃金支払いの仮処分を申し立てた。
パパは帰れず、ママは辞めざるを得ない日本
そもそも育休は、労働者に認められた権利だ。
事業主が申請を受けた場合、拒むことができないということは、「育児・介護休業法」で定められている。それを理由にした職務上の「不利益」や解雇も禁止されている。
厚生労働省によると育休の取得率は2016年度、女性81.8%、男性3.16%。
政府は「イクメンプロジェクト」を立ち上げ、男性の育休取得率を上げようと躍起になっている。「イクボス宣言」をしている経営者たちもいる。グレンさんの会社の社長も、だ。
それなのに、こうしたハラスメントが横行する背景には、会社を第一に捉える考え方と、育児への無理解がある、とグレンさんは見る。
「上司たちはみんな良い大学を出たエリートです。一流企業に就職し、結婚した専業主婦の妻に家事育児を任せ、自分は軍隊のように会社で働いてきた人たちです」
「パパは帰れず、ママは仕事を辞めざるを得なくなってしまう。それが日本では当然のことになっている。建前と本音、そのものですよね」
自身が「シングルファザー」であることもまた、ハラスメントを過熱させたのかもしれない、とみる。
パートナーとは話し合いの末、グレンさんが子育てを担うと決めていた。病弱なアレクサンダー君のため、フィリピン人の看護師を1人雇い、東京で暮らすことになったのだ。
「スーパーにもいかず、子育ての仕方もわからないような彼らは、男がひとりで働きながら子育てをするなんていうことは、理解できなかったのでしょう」
村八分を覚悟して、声をあげた
こうした状況が、どこの企業でも横行しているのであれば。
少子高齢化は解決するわけはないばかりか、グローバル化が進むビジネスの世界で、日本企業が存在感を示せなくなってしまう。
グレンさんは、そう危惧している。
「こんな状況なんだから、みんな子どもを欲しいとは思わないんじゃないでしょうか。キャリアを意識したら子どもは産めなくなるばかりです」
「政府が働き方改革などを掲げるのは、とても良いことだと思います。でも、現実とのギャップが大きすぎる。こういうやり方が続いていく限り、日本企業は世界から取り残されてしまうのではないでしょうか」
同じようなことを考えている人は、自分だけではなかった。
裁判所に申し立てをし、それが報道されると、グレンさんの元には励ましのメールなどがいくつも届くようになったという。
多くは、声をあげずに悩んでいたり、そうした過去があったりしたパパ、ママたちだった。
「悩んでいる人たちは、たくさんいるんです。僕は村八分を覚悟で声を上げた。社会は大きな船のようなものだから、すぐではなくとも、少しずつ、変わってくれればいい」
毎日、アレクサンダー君と一緒に過ごせることが「本当に、幸せですよ」というグレンさん。取材の最後、こう笑みを浮かべた。
「子どもは将来、そのものなんですよね。未来を少しでもよくできればいいと思っています。大きくなった時には、こういうことが起きない社会であるように」
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の広報担当者は、BuzzFeed Newsの取材に対し、「申立書を裁判所で受領しているという状況で、詳細についてはお話できません」としつつ、下記の通りコメントした。
「当社が従業員のグレン氏と雇用条件について話し合ってきたことは事実でございます。
当社は従来から国籍、性別を問わず育児休業を取得していただくことを積極的に支援しておりまして、グレン氏の育児休業の取得についても、誠実に取り組んでまいりました。
グレン氏と就業の継続についても同じく誠実に取り組んで参りました。今後も裁判所における手続きにおいても、当社のこれまでの誠実な対応をご理解いただくべく、真摯に対応してまいります」
UPDATE
一部表記を追加しました。