認知症の高齢者が起こした事故の責任を、介護していた家族がどこまで負わなければならないのか——。在宅介護が進む中、これからの介護のあり方に影響を与えるとして注目を集めていた裁判で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は3月1日、妻の責任を認めた2審判決を破棄し、「家族に責任はない」と結論づけた。
判決は確定した。男性の長男は代理人を通じて、「肩の荷が下りてホッとした」とコメントした。
どんな事件だったのか?
事故が起きたのは2007年12月。認知症の高齢者男性(91)が、JR東海道線の駅構内で電車に轢かれて亡くなった。
JR東海は、列車遅延や振替輸送などの損害賠償を求めて、当時85歳だった妻(93)や長男(65)を相手に裁判を起こした。
民法のルールでは、認知症患者などの「責任能力がない人」が与えた損害について、原則として「監督義務者」が責任を負うことになっている。
亡くなった男性は認知症で責任能力がないと判断された。そのため裁判では、家族が「監督義務者かどうか」が焦点になった。
1審判決は息子と妻を、2審判決は妻を監督義務者だと認め、JR東海に損害賠償を支払うよう命じていた。
「監督義務者」かどうか?
2審高裁判決は、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」という民法752条に基づいて、妻を監督義務者だとした。
一方最高裁判決は、この義務があくまで「夫婦間」のもので、他人に対して負う義務ではないと指摘。配偶者だからといって、ただちに監督義務者に当たるとはいえないと判断した。
また、長男についても「法律上の根拠がない」として、監督義務者でないとした。
特段の事情はあるか?
最高裁はまた、監督義務を引き受けたとみなせる「特段の事情」があれば、監督義務者と同じように責任を問えるとした。
しかし今回のケースでは、妻自身が要介護1の認定を受けていて、夫の介護をするために、他人の補助を受けていた。そのため妻は「夫を監督することが現実的に不可能」だとされ、特段の事情はないとされた。
また、長男も、20年以上も父親と同居しておらず、月3回訪ねていただけだったことから、特段の事情はないとされた。
支援団体「社会的な救済制度を」
家族側の代理人をつとめた浅岡輝彦弁護士はBuzzFeedの取材に対し、「在宅介護をしている人たちにとって画期的な判決が出た。もし認知症の患者をずっと監視しなくてはならないなら、家族は普通の生活ができなくなる」と話した。
裁判をサポートしていた団体「認知症の人と家族の会」代表の高見国生さんは、判決後に都内で記者会見し、「認知症患者の家族も、鉄道会社もこうした事故を防ぎきれない。むしろ社会的な救済制度を考えてほしい」と訴えていた。