前橋地方裁判所(原道子裁判長)は3月17日、「津波の到達は予見できた」「原発事故は回避できた」などとして、国と東京電力の賠償責任を認める判決を言い渡した。
原発事故の責任を問う集団訴訟は、全国で相次いでいる。そのうち初めて判決に至った前橋地裁のケースで、国と東電の責任が認められた。
関係者たちは大いに沸いているが、賠償額については落胆する声が相次いだ。ある原告男性は「この金額は誠に不本意だ」と悔しさをあらわにした。別の原告女性は「この額では、家に生えたカビの掃除もできない」と興奮気味に語っていた。
賠償が認められたのは、原告137人のうち62人にとどまった。原告が求めていたのは一人当たり1100万円だったが、認められたのは避難指示区域の原告で最高350万円、最低75万円。自主避難区域の原告だと、最高73万円、最低7万円だった。
原告側の弁護団は「少額にすぎる」「被害者の精神的苦痛が適切に評価された金額と言えるかは、大いに疑問」とする声明を出した。
なお、原告たちはすでに、国の審査会が示した「中間指針」に基づいて、東電から一定額の慰謝料を受け取っている。今回、賠償が認められなかったのは、判決の認めた慰謝料の分を、既に受け取り済みだと認定されたケースだという。
被害の中身は?
今回、裁判所は、原告たちの「平穏生活権」が侵害されたと認めた。
これは、たとえば放射線被ばくへの恐怖・不安にさらされたことや、故郷や仕事を奪われたこと、居住移転の自由や職業選択の自由を侵害されたことなどだ。
では、こうした被害への賠償として、今回の金額は妥当だったのか。
BuzzFeed Newsは、原告の夫妻に話を聞いた。
事故後、前橋市に移住してきた会社員の妻(48)は「裁判所が国と東電の責任を認めてくれて、本当によかった」と話した。
しかし今回、彼女たち一家への賠償は、認められなかった。
一家は、福島県南相馬市小高区で暮らしていた。福島第一原発から20キロ圏内。事故のあと、「警戒区域」に指定され、移住を余儀なくされたエリアだ。
「私たち家族には、自信を持って、福島で築き上げてきたものがありました。それは、あの事故で根こそぎ抜かれてなくなってしまいました。自分たちが築き上げようとしていた未来が、事故のせいで実現できなくなったのは、本当にくやしい」
女性は20年間、ブライダルプランナーとして働いてきた。
「自分がお世話をするはずだった方も沢山いたんですが、原発事故で避難となった段階で、連絡が付かなくなってしまいました。ちゃんとできなかったのが、悔しくて……」
そのくらい、打ち込んできた仕事だった。しかし移住先では同じ職種に就くことはできなかった。
「一時期はショックで抜け殻のようになっていました。でも、子どもたちがいるから頑張らなきゃ、負けたくないと、がむしゃらにやってきました。ゼロからのスタートで、足踏みしていられなかった……」
いまは人材派遣会社で管理業務をしているという。
「私自身、仕事も住宅もなくしたので、なにか人の役に立てる仕事ができたらなと思って、新しい仕事を探しました。ただ、正直なところ、納得がいっているわけではありません。年収も3分の1になってしまいましたし……」
夫(58歳)は語る。
前橋地裁の裁判官は今回、珍しい決断をした。自分たちの目で、避難者のもともと住んでいた場所に出向き、家々を見てまわったのだ。そのうちの1軒が、この夫妻の家だった。
2016年5月、視察に立ち会った、会社員の夫(58)に様子を聞いた。
「裁判官が我が家にいたのは、15分から20分ぐらいです。たいした会話もなかったですが、しっかりと見てくれていました。わたしは家の鍵を開けて、ここが居間です、ここが子ども部屋ですって案内したぐらいなんですが……裁判官には伝わるものがあった気がしました」
ただ、いちばん明瞭に覚えているのは、裁判官と一緒にやって来た国・東電側の弁護士たちの言動だった。
「家のかび臭い匂いをかいで、台所にあった花のせいじゃないか、という話を始めたんです。でも、それは造花なので、匂いなんてするわけがないんですけどね。かびに気づかないふりをしたいのかと感じました」
今回の裁判の準備書面で、弁護団は裁判の意義を、次のように述べていた。
「本件訴訟は、二度と同じような原発事故が繰り返されることがないよう、原発事故の責任の所在を明確にしたうえ、区域分けの線引に呪縛されることなく、各被害者の損害が完全に賠償されることを求めるものです」
今回の判決は、原告たちの期待に、どの程度答えているものなのか。弁護団は今後、全5冊1000ページに及ぶ判決文の詳細な分析を進めるという。
夫は、賠償の額に納得がいっていない。
「そりゃあ納得はできませんよ。親戚もみんな近くに暮らしていましたが、仙台、北海道、群馬……、みんなバラバラになりました。もし事故がなかったら、みんなで仲良く暮らしていたはずです。寂しいですよ」
妻は訴える。
「私たち避難者は、ひとりひとり、ちっぽけな人間ですが、ほんとに……ほんとうに苦しんでいます。誤解されているのがつらい。いま、普通の生活をしている人も、どうか他人事とは思わないでほしい。私たちみたいな人間がいることを見てほしい」
控訴するかどうかは、これから弁護団と相談して決めるつもりだ。