ビートたけしを熱演した柳楽優弥の意外な“コンプレックス”

    あの俳優が、今度は軽快にタップダンスを踊る。

    ふとした瞬間、口の端がくいっと上がる。首をかしげる仕草も本人そのままだ。

    映画『浅草キッド』(Netflix、2021年12月9日配信開始)で、俳優・柳楽優弥さんはビートたけしの下積み時代を演じた。

    師匠・深見千三郎との師弟関係を昭和の浅草を舞台に描く。2時間の物語を見て、ある疑問が浮かんだ。

    柳楽さんは14歳の若さで、カンヌ国際映画祭の主演男優賞を最年少受賞した。キャリアのスタート地点で脚光を浴びたこの俳優にも、「下積み時代」はあったのだろうか。

    ビートたけしは「バイブル」

    ーー「たけしさんは僕にとってバイブルのような存在です」と制作決定時のコメントで語っていますね。柳楽さんは、たけしさんのどんなところに憧れているんですか?

    たけしさんの映画を見たり、あとは名言集を読んだり。僕はこれまでも、たけしさんの言葉に勇気をもらってきました。

    「映画に出るから、そんなこと言ってるんじゃないの?」って思われるのが本当に嫌なんですけど、昔から好きなんです。

    『ディストラクション・ベイビーズ』っていう映画に出演した時には、『その男、凶暴につき』のDVDをずっと持ち歩いて、何度も繰り返し見ていました。

    『浅草キッド』の中でも描かれていますけど、たけしさんはお客さんがほとんど入っていない劇場でも辛抱強く、自分の芸を磨き続けてきた。

    そんな人の言葉だからこそ、「ちょっと弱ったな」って感じている時に読むと「いやいや、自分はまだまだこれからだぞ」って思える。

    たけしさんって、人を元気にする力を持っていますよね。僕もそんなたけしさんに刺激を受けながら、自分の演技を続けています。

    ーーそんなたけしさんの青春時代を演じる上で難しさはありましたか?

    たけしさんは誰もが知っている存在だし、ファンも多い。

    ファンの一人として、たけしさんは憧れの存在ですが、実際に演じるとなると本当にできるのかな、っていう怖さは常にありました。

    あとはモノマネになりすぎてもダメなので、どうやれば自然に演じられるのか考え続けていました。

    ーー劇中での口の端の動きや首の動きは本当にビートたけしさんそっくりでした。

    撮影の3、4ヶ月くらい前から、芸人の松村邦洋さんに教えていただいて。

    劇団ひとり監督もたけしさんのモノマネが上手なので、演技中も厳しく指導していただきました。

    仕草だけじゃなくて、タップダンスも並行して練習して。動きの練習はかなり事前にやりましたね。

    それこそ今は抜けましたけど、一時はすっかり癖になってしまって。

    どれだけ自然にその仕草を出すかということばかり練習していたので、他のCMの撮影中とかにもついつい出ちゃうんです。

    現場のスタッフさんに「たけしさんが入っていますよ」と注意されたこともありました(笑)

    僕の人生は「俳優」だけじゃない

    ーー作品のテーマは師弟関係です。柳楽さんにとって「師匠」と呼べる存在はいますか?

    それこそ『誰も知らない』の是枝裕和監督とか、あとは初めての舞台「海辺のカフカ」の演出をしていた蜷川幸雄さんとか。その場面、場面で良い方々に出会ってきたと感じます。

    今回の作品は、実はほぼ1年ぶりの撮影だったんです。コロナ禍で色々なスケジュールが止まってしまって。

    久々の作品だからドキドキしていたんですけど、劇団(ひとり)監督のおかげで乗り越えられました。

    だから、誰か一人のおかげというよりは、こういう一つひとつの積み重ねが自信につながっているのかなって。

    ーー作品ではたけしさんの「下積み時代」が描かれていますが、柳楽さんにもそんな時代はありましたか?

    僕の場合はデビューしてすぐに映画に出させてもらえた、そういう始まりだったので…むしろ「下積み」経験がないことへのコンプレックスみたいなものがありました。

    デビューも早かったので、下積みするような年齢でもなくて。だから、他の人とはちょっと違う経験をしてきたのかもしれません。

    実は僕にも、自分がいま見ている世界以外のことを知ろうと色々なアルバイトを経験してみたり、普段と違うチャレンジをしていた時期がありました。

    当時は仕事もなかなか思うようにいかなかった。その頃の気持ちは、もしかすると浅草の演芸場を出て下積みを積むたけしさんの体験とも重なる部分があるかもしれません。

    その体験が何につながるのかはわからなかった。でも、何かにはつながるはずだと信じていました。

    今振り返って、自分なりに悩み続けたあの時期に経験したことは、とても大切なことを教えてくれた。

    僕の人生は「俳優」だけじゃない。

    だから、生きている限りは「楽しいな」と感じられる時間を増やしたいし、そのためには何が必要なんだろうって毎日のように考えています。

    趣味で始めた武道も、そんなことを思いながら続けています。

    「楽なことばかりではない。でも…」

    ーー「カメレオン俳優」と呼ばれることは、どう受け止めていますか?

    そうやって言っていただけるのは嬉しいです。

    でも僕は仕事としてその役を演じているので、自分ならではの「違い」を出したいと考えながら演技をしたことはありません。

    むしろ、映画とかドラマとか目の前の作品に一生懸命向き合いたいって気持ちの方が強いですね。

    もちろん良い俳優になりたいし、上手い俳優にはなりたい。だけど、そのために今できるのは目の前の役にちゃんと向き合うことだけですから。

    本当に一本一本集中して取り組む。言葉にすると、すごく当たり前のことですけど、作品に対して真剣に取り組む。それだけです。

    ーーある時はヤンキー、ある時は塾講師、そして今回はたけしさん。役の振り幅は自分の中で意識していますか?

    そういうものを意識したことはまったくないですね。

    個人的には「柳楽優弥はあんな役もできる、こんな役もできるぞ」と言われることが、必ずしも良いことだとも思いません。

    僕の演技は決して自分一人だけで作り上げているものではなく、演出の人との話し合いの結果生まれているもの。本当に台本と演出家の演出次第で演技は大きく変わります。

    良い演技ができたとしたら、それはたぶん良い台本があって、良い演出を受けることができた、ということの証明なんです。

    僕が演じているからと言って、すべてにおいて僕主導というわけではない。

    むしろ、自分が監督や演出家に転がされていることに無自覚なまま演技をしていて、後からこういうことだったのか!って気づくことだってありますよ。

    演技を続けることって楽なことばかりではない。でも、そうやって演出によって自分の想像を上回る演技ができた時には耐えてよかったなって思います。

    ーー30代になり、「より自分に合う役柄を選んでもいいんじゃないか」「一花咲かせたい」といった言葉を過去のインタビューで語っています。今後はどんなことにチャレンジしたいと考えていますか?

    ちょっと前まではハリウッド映画に出ることが世界の人々に演技を見せるための近道でしたが、演技を取り巻く環境も大きく変化してきている。

    この作品のように、Netflixを通じて世界の人に見てもらうチャンスが広がっていますし、演技をする場も増えています。

    自然と海外作品との距離も近くなりましたよね。僕も韓国のドラマをよく見ますが、見るたびに刺激を受けます。

    だから、僕も世界の人々に向けて何か面白いものを残せるようになりたい。今はそんなことを考えています。

    《柳楽優弥》

    1990年3月26日生まれ。2004年に映画『誰も知らない』で俳優デビュー。同作でカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞。『許されざる者』『ディストラクション・ベイビーズ』や『二月の勝者』など映画やテレビドラマで出演多数。