「言うのがとても恥ずかしんだけど、俺陰謀論を信じかけてたんだよ」
俳優・高知東生さんのこの告白が話題を呼んでいる。
2016年に覚せい剤取締法違反で逮捕されてから4年。
執行猶予期間も終え、著書『生き直す』を出版するなど幅広く活躍する彼は、なぜ陰謀論にはまりかけたのだろうか。
「この真実にたどり着いたのは俺だけだ」

ーー先日の「陰謀論を信じかけていた」というツイートに驚きました。
マジで、もう笑ってください。
たまたま去年のクリスマスくらいの時期から、都市伝説にハマって。新型コロナの感染が広がっていたこともあって時間ができたから、時間を潰そうと普段見ないテレビ番組やYouTubeの動画を見て過ごしていたんです。
最初は「信じるか、信じないかはあなた次第です」っていうような動画から始まって。どんどんと関連動画を見ているうちに、「そうなんだ!」「え、これはひょっとして?」と自分の中での妄想も入り混じっていく。
あくまでひとつのエンターテイメントのようなものであって、それが世界の真実であるはずがないのに、YouTubeである動画を見た自分は勘違いしてしまった。
「これはみんなに言ってやらなきゃ」「この真実にたどり着いたのは俺だけだ」
真剣に、動画で語られていた内容を信じ込んでいました。
ひとつ見てしまうと、そこから関連する動画へ次から次へ誘導される。今思うと、あの時の自分は偏っていたなと思います。
俺は周りにも知らせてやらなくちゃいけないと思って、仲間にその情報を拡散もしていた。本当に恥ずかしい話ですよ(笑)
ーー自分が陰謀論を信じかけていたと、なぜ気付くことができたのですか?
ちょうど薬物依存の当事者たちの自助グループの集まりで、みんなで話し合っている時でした。
ちょっとした雑談中に俺が「YouTubeは今、この話題で持ちきりだよ」と話をしたら、みんなにすごく冷静な顔で「どうしたの高知さん?」って言われちゃったんですよ。
「高知さん、芸能界に何十年もいるのに何てこと言っているの?」って。
それは「真実」などではなく陰謀論なんだと指摘してもらうと同時に、YouTubeは自分が見たものに関連する動画が表示されやすいこと、そういう仕組みなのだと教えてもらって、ようやく納得できたんです。
俺も芸能界に20年以上かかわってきた人間ですから、伝える側が何を考えているのか、その仕組みはどのようなものかわかっていたはずなのに…
みんなが引き戻してくれなかったらと思うと、怖いよね。本当に危なかった。
陰謀論にはまりかけて、気付いた勘違い
若者のネットリテラシーはよく話題になるけど、あれ大人が勝手に言ってるだけで、実はネットネイティブの若者より、俺たちおじさんのネットリテラシーの方が余程危険じゃないかな。色々学ばねば!「高知さんネトウヨになるところですよ」と言われたけど、ネトウヨという言葉さえ知らなかった。ヤバイ俺
ーーTwitterでは「実はネットネイティブの若者より、俺たちおじさんのネットリテラシーの方が余程危険」とも発信しています。なぜ、こう思ったのでしょうか?
僕らの世代は、まだガラケーを使っている人もいる。そんな中でTwitterのアカウントや依存症に関するチャンネルをYouTubeに持っているだけで、僕は今の時代に付いていくことができていると思っていたんです。
でも、これはただの勘違いでした。実際は全然わかっていなかった。
俺はね、たまたま著名人が集まる自助グループに所属していて、お互いの信頼関係がある中で色々なことを分かち合っていた。だから、自分の間違いを指摘してもらえたし、それを認めることができました。
でもね、これが全く違うグループだったら、「俺もそうだと思っていた!」「やっぱりヤバイよな」って相槌をうってもらって、もっとのめり込んでいたかもしれません。
間違いに気付いてからは、その情報を伝えた友達に速攻で謝りましたよ。「危なかった、俺。ごめん」って。
自助グループの仲間たちに言われたことを素直に伝えて、「俺、おかしかった」って。
冷静に考えたら、「本当の真実」なんてそう簡単に転がっているはずがないんですよ。
Twitterも「ある種の自助グループ」

ーーなぜ、この一連の出来事や気付きをTwitterに投稿したのですか?失敗談を明かすのは勇気がいりますよね。
これはね、依存症から回復するために受けている「12ステッププログラム」のおかげです。
プログラムを受けて、僕は自分をさらけ出すことで楽になる、素直になる、正直になるということを知りました。自分の良いところも悪いところも、すべて含めて認めるという経験があったからこそ、打ち明けられたのだと思います。
正直ね、僕にとってはTwitterも僕発信のある種の自助グループなんです。
発信をすれば多様な意見が届く。すると色々な思いを共有してくれる人が現れ、僕も新たな気づきを貰える。
だからまず自分が、できるだけ正直に素直に発信するように心がけています。
自分が感じたこと、素直に思ったことを伝えさせてもらいました。
ーーやはり、依存症から回復する上で受けているプログラムの影響が大きいのですね。
はい。もしも、受けていなかったら意固地になって、頑固になって、「こいつらは分かってない」と歪んだ方向に進んでいたと思います。
この出来事が、依存症から回復するプログラムを受ける前に起きていたら、どうなってしまったかはわかりません。
ーー指摘を受けて、すぐに受け入れることはできましたか?
言われたその場で、70%近くは目が覚めました。
やっぱりね、彼らも今は自助グループの仲間だけど、もともとは芸能界に関わっていたことのある人たちだったから。
振り返ってみると、確かに自分が見た動画に似たものが次から次に表示されていたなと腑に落ちました。
ーーYouTubeでは見ていた動画に近いものが関連動画に表示されるということは今回の出来事以前は知っていましたか?
知りませんでした。
そんなことも知らないのに、ネットの世界のことをわかっているつもりでいた。
とんでもないですよね。何もわかっていませんでした。
何十万回も再生されているという再生回数も信用度数のようにも感じてしまっていました。
多ければ多いほど、この人の発信はすごいのかな。じゃあ信用もできるんだろうなと。
でもね、再生回数は真実であるかどうかではない。
どんなサムネイル画像で人の目を引きつけるかといったテクニックによって得られるもの、見てもらうための戦略であり仕組みですよね。
背景にあった人の裏を読む生き方

ーー「人の裏を読め」を金言としていたとも告白されています。なぜ、ここまで警戒感を持って生きてきたのでしょうか?
僕は父親と暮らしたことはないし、物心ついた頃から祖母に育てられました。母と数年だけ一緒に暮らしたことはあったけど、親の背中を見て育つような環境ではありませんでした。
田舎から東京へ出てきた時も、「誰も信じねえ」「大人は嘘ばっかりつく」って思っていたからとにかく一生懸命で。すべては勝つか負けるか、それしかないと思って生きてきた。
でも、芸能界で頑張れば頑張るほど、いろんな人が近寄ってくる。せびってくるのはお金だけ。
だから、何か良い話を持ってくる人がいると、「何か裏があるんじゃないか」って警戒するようになってしまったんですよね。
時には本当に裏の狙いがあって近づいてくる人もいたので、「やっぱり裏があるじゃないか」と考えるようになって。
見たくないものがどんどん見える中で「心の防弾チョッキ」を着て、素直に「ありがとう」「嬉しいです」って言えない自分になってしまったんです。
吸い寄せられた、「本当の真実」

ーーちゃんと調べなくても真実が分かる、裏側を知ることができるといった手軽さがある種の魅力として、人を惹きつけるのかもしれません。
まさしく、ちゃんと調べなくても裏を読んだつもりになれて、楽して賢そうな気分になれたんですよ。
俺にはそもそもの知識がなかったのに、知る努力を面倒くさがっていた。
ーーでも、見ているその瞬間はそんなことは思わない。
思わなかった。何かね、自分は特別だって感じていたのかもしれません。
あの頃はちょうど、暇な時間が生まれて、しかも新型コロナのこともあるので自由に出かけることが難しかったり制約もありますよね。
この先どうなるんだろう、ってちょっとした不安を抱えていたのも事実です。そういう時に、フワッと入り込んできたんです。
でもね、「本当の真実」とうたいながら誰でも見れる動画を見ていたら、裏でも何でもないよね。
もうね、完全に偏った考え方に染まっていましたよ。
「僕は無知なんです」

ーー陰謀論にはまりかけた失敗から、世の中に何を伝えたいですか?
僕は偶然、仲間たちが「おい、どうしたんだ」「これは仕組みの問題なんだ」って言ってくれたから、気付くことができた。
でも、あの時に全然わからない言葉を並べ立てられて、頭ごなしに自分の意見を否定されるだけだったら、「もういいや」「こいつらとは関わらない」って心を閉ざしてしまったかもしれません。
どれだけ自分にとって大切な人でも、それだけで関係が断絶してしまったかもしれない。依存症の時に感じたものとはまた違った、孤立や孤独を感じてしまった可能性もある。
孤立へつながるかもしれないからこそ、こうした陰謀論は怖いと思います。
今回の出来事で痛感したのは、自分が知らないことはこの世の中にいっぱいあるということでした。僕は無知なんです。