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複雑化する福島第一原発の処理水をめぐる国の議論。“最有力案“に反対するメンバーに聞く

処理水の処分方法と、それに伴う風評被害への対策について検討する、有識者会議「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」で2016年から続く議論の流れを振り返りながら、処理水の処分のあり方について考える。

福島第一原子力発電所では、事故で溶け落ちた核燃料を冷却するために水をかけることや、地下水が原子炉内部に流入することによって、放射性物質を含む「汚染水」が生まれ続けている。この汚染水から放射性物質の除去処理を施した「処理水」も、同様に貯まり続けている。

原田義昭・前環境相が「海洋放出しかないという印象だ」と語ったことなどをきっかけに、処理水をどう処分をどうするかが注目を集めている。

政府や東京電力をはじめとする関係者の間では、処理水の処分方法を巡り、これまでにどんな議論が行われてきたのか。

処理水の処分方法と、それに伴う風評被害への対策について検討する、経済産業省・資源エネルギー庁が設置した有識者会議がある。「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」だ。

この委員会で2016年から続く議論の流れを振り返りながら、処理水の処分のあり方について考える。

これまでの議論を振り返る。

福島第一原子力発電所内では、いまも1日あたり約170トンの汚染水が発生し続けている。汚染水に放射性物質の除去処理を施した処理水は、原発敷地内のタンクに保管されている。

しかし、いま運用されている浄化設備では除去できない放射性物質がある。トリチウムだ。

トリチウムは水素の仲間(同位体)で、「三重水素」とも呼ばれる。宇宙線の影響で自然界にも存在し、水蒸気、雨水、海水、水道水、さらには人体にも含まれている。放射線(β線)を出すが、トリチウムの出す放射線は弱く、紙1枚あれば遮ることができるため、外部被ばくは、ほぼないという。経産省はトリチウムの内部被ばくの影響は、セシウム137の約700分の1程度と説明している

トリチウムは原子力発電所を運転することに伴っても発生する。日本では、原子炉等規制法で定められた1リットルあたり6万ベクレルの基準を下回る濃度に薄めれば、海に流すことが認められている。

原子力施設で生まれたトリチウムは希釈すれば悪影響がないという考え方を前提に、世界各国では規制基準に基づいて大量のトリチウムが海や大気に排出されている。日本も同様に、これまで全国の原子力施設で発生したトリチウムを含む水を40年以上にわたり処分してきたという。

福島の現場で生まれ続ける、このトリチウムを含む処理水をどう処分するのか、政府はこれまで検討を続けてきた。

具体的な処分方法の選択肢を抽出し、それぞれの処分方法のリスクや環境への影響について総合的に評価を行ったのが、経産省が設置した「トリチウム水タスクフォース」だ。

タスクフォースは、トリチウムを分離する技術の福島第一原発での実用化は、現段階では不可能だと結論づけた。そのうえで、トリチウムが基準値を下回るように薄めて処理する方向で、プランの検討が行われた。

2016年6月に取りまとめられた報告書の中では、
・パイプラインを掘って地下2500メートルの地層に注入
・薄めて安全基準を満たしたうえで海洋に放出
・水蒸気にしたうえで大気に放出
・電気分解で水素に還元して放出
・処理水でセメントなどを練った上での地下埋設

の5つのプランが提示された。

この5つのプランを受け、「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」が発足した。

「定められた規制を守れば、いかなる方法で放出しても安全性に問題はない」ことを前提に、それぞれの処理方法を実施した場合に起こり得る「風評被害」など社会的な観点を含めた検討を行うのが、その目的だ。

現段階では、どの方法で処理するかは、まだ決まっていない。小委員会では、タスクフォースで出た5つの案に「陸上での貯蔵継続」という案を加え、議論を続けている。

議論の3つのポイント

①異なる2つの基準

放射性物質を含んだ水には、2つの安全基準がある。

<1>タンクに貯蔵するための基準
<2>環境に放出する際の基準

だ。環境放出する際の基準の方が、貯蔵基準よりも厳しい。

2013年に導入された多核種除去設備(ALPS)に汚染水を通せば、トリチウム以外の62種類の放射性物質を除去することが、技術的には可能だ。

しかし、ALPSを通した処理水にはトリチウム以外の放射性物質も残っている。全体の8割以上で放出基準を満たしていない。

貯蔵の基準は満たしても、より厳しい放出基準に達していない水が多い、ということだ。

東京電力は、タンクに貯蔵するための基準達成をまず目指したことや、ALPS運用当初の不具合などが、その理由だと説明している。そのうえで、環境へ放出する場合は、処理水をもう一度浄化処理(2次処理)し、トリチウム以外の放射性物質の量を可能な限り減らす方針を示している。

②それぞれの処分方法による放射線の影響は?

経産省は11月18日に開かれた小委員会に、海洋放出と大気放出を選んだ場合に環境に与える影響を試算した結果を報告した。国連科学委員会の評価モデルを用いて推計したという。

報告では、タンクに貯蔵されている処理水すべてを1年間で処理した場合、いずれの方法でも内部被ばくと外部被ばくを合わせた自然被ばく量(年間2.1mSv)の1000分の1以下だ。なお海洋放出した場合の影響は、大気放出の半分以下となり「影響は小さい」としている。

③処理水を貯め続けることは難しい?

福島第一原発内の敷地との兼ね合いで、これから建設するものも含めて貯蔵タンクが2022年夏頃には満杯になる見込みというのが、東京電力の見解だ。

敷地内では廃棄物貯蔵施設等の建設も予定しており、タンクの建設に使える用地は限界を迎えつつある、と東電は主張している。

処理水を貯め続けるとすれば、用地の問題を解決する必要が出てくる。

コスト面では海洋放出が合理的。でも…

5つのプランの中で最も低コストな方法が、海洋放出だ。

そのため、関係者の間で海洋放出することを支持する声は強い。

これまでも、田中俊一・前原子力規制委員長や更田豊志・現原子力規制委員長、原田義昭・前環境相らが海洋放出を支持する方向の発言を行い、メディアで大きく取り上げられた。

しかし、現時点での科学的な安全性評価や、コスト面からの評価だけでは解決できない問題がある。それが、いわゆる「風評被害」への懸念だ。

2018年8月に小委員会主導で福島県内2カ所と東京都内1カ所で開催された説明会・公聴会では、海洋放出に反対する声が相次いだ。

特に懸念されているのが、漁業へのダメージだ。

福島県漁協組合連合会の野崎哲会長は地元紙・福島民友の取材に対し、「漁獲量が少しずつ回復してきた中で、また一からのやり直しにもなり得る」と懸念を示し、漁業者や消費者のためにも処理水の貯蔵を続けることを求めると同時に「全国民で議論してほしい」と呼びかけた。

なお東京電力は、地下水の放出問題が議論されていた2015年8月、福島県漁連が出した「処理水は発電所内のタンクで厳重に保管し、漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わないこと」という要望に対し、文書でこう回答している。

「処理水については、国(トリチウム水タスクフォース)で、その取り扱いに関する様々な技術的な選択肢、及び効果等が検証されています。また、トリチウム分離技術の実証試験も実施中です」

「検証等の結果については、漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしにいかなる処分も行わず、処理水は敷地内のタンクに貯留いたします」

なぜいま処理水の議論を急ぐ?資源エネルギー庁の説明は

これまで処理水の貯蔵を継続してきた背景には、風評被害を抑制するという側面がある。

では、なぜいま、処理水の処分方法の議論を急いでいるように見えるのか。

その理由を小委員会の運営事務局員で資源エネルギー庁の東京電力福島第一原子力発電所事故廃炉・汚染水対策官でもある奥田修司さんは、前述の通り2022年には処理水を保管しているタンクがいっぱいになるためだと説明する。

「タンクを建設するために適した用地が今までと同じようにあるのかというと、そこは無くなってきているのが事実。だからこそ現在の敷地の有効利用をどうやって進めていくのかが大事というのが、いまの委員会のスタンスです」

国と東電が考える廃炉とは、処理水を含め全ての処理を終えている状態だ。だから、将来、原子炉の廃炉を終えた段階でタンクに入っている処理水の処分も終えている必要がある。

つまり、廃炉を進めるにあたって処理水の処分について検討することは不可避というのが、事務局の見解だ。そのため、今から処理水の処分について考えていく必要がある、と奥田さんは言う。

「タンクに処理水が残っているのに、廃炉を終えましたというわけにはいかないんです。廃炉を完了させる目標である30年〜40年を一つの大きな時間軸の枠組みとして、小委員会では議論を進めています」

では事務局としては処理水の処分方法についてどう考えているのか。貯蔵を継続することは、本当に難しいのだろうか。小委員会では、原発内のほかの敷地や、隣接する中間貯蔵施設の敷地を利用する案なども提案されている。

奥田さんは「必ずしも2022年夏にタンクが処理水で満杯になってしまったら、貯蔵ができないわけではない」と話す。

だが、それは現実的ではない、と奥田さんは語る。

「中間貯蔵施設が建設される土地は、地権者の方々にも苦渋の選択をしていただいた上で、受け入れていただいている。そして、中間貯蔵施設もまだ用地取得の段階にあります。そうした事情から、中間貯蔵施設の土地を処理水の貯蔵のために使うことは、難しいと言わざるを得ません」

いずれにせよ、最終的には処理水は何らかの形で処分する必要がある。

では、どのようにして風評被害を防いでいくのか。奥田さんは「メディアの力も借りながら、丁寧な説明を行っていく」と語った。現段階では、具体的な打ち手が提示されているとは言い難い状況だ。

「風評被害対策として、処理水の貯蔵継続を」

一方で、小委員会のメンバーはどう思っているのか。森田貴己委員に話を聞いた。

森田さんは、放射性物質が水産物に与える影響を研究している科学者だ。水産庁が所管する中央水産研究所で海洋・生態系研究センター放射能調査グループのグループ長を務め、5つの処分方法について技術的な評価を行ったトリチウム水タスクフォースのメンバーでもある。

森田さんも「トリチウム水タスクフォースにあるように技術論で言えば、処理水は海洋放出が最もリーズナブルな方法」と語る。科学的に安全だという前提のもとに「(政府関係者や東電が)その方法を選択したいと思うのは当たり前で、合理的ではある」とも話す。

しかし、森田さんは海洋放出について「現段階では反対」という立場だ。

海洋放出の先にある風評被害について十分な対策が打ち出されていないというのが、その理由だ。

森田さんは震災直後から放射性物質が水産物に与える影響について、メディアなどを通じて発信を続けてきた。前提として「科学的な正しさを重視する」ことを大切にしている。

「あくまで風評被害への対策として、タンクに貯蔵し続けるという選択があると考えています。タンクの中に入っている水を放出することが安全ではないから貯蔵を継続すべきだ、と言っているわけではないです」

そう考える背景には4年前、原発敷地内のサブドレン(井戸)や地下水バイパスを流れる水の一部を海洋放出するという決断に対する批判が、結果として漁業関係者へと押し付けられた経緯があるという。

「問題はもはや科学的な安全性ではない」

2015年9月、政府や東電は地下水が原子炉建屋に流入する前に汲み上げ、基準(運用目標)以下であることを確認した上で海に放出することを、地元の漁協と協議した末に決めた。地下水を井戸などから汲み上げて建屋への流入量を減らすことで、汚染水の発生量そのものを減らすためだ。

放出される地下水は核燃料に直接触れておらず、汚染水に比べれば、海洋放出によるリスクは低い。

一方で、福島県漁連をはじめとする漁業関係者にとっては、どれだけ「科学的に安全」といわれても、地下水を流すことを認めることは、風評被害を考えれば苦渋の決断だった。

最終的に、政府やメディアが安全性をしっかりと発信していくことや、建屋内の処理水は漁業者の理解を得るまで海洋放出しないことを確約することなどと引き換えに、放出することを容認した。

しかし、地下水を海洋放出したことに対する社会からの批判の矛先は、漁業関係者に向けられた。漁業関係者が放出を容認しなければ、海に流されることはなかったという批判が出たのだ。

今回の処理水の処分についても、福島県漁連の反対があるために、放出に踏み切ることができないという論調での報道が相次いでいる。このままでは、決断の責任を漁協に押し付けることになった4年前の失敗を繰り返すことになるのではないか、と森田さんは危惧する。

「地元の漁業者の多くも、処理水の放出そのものの安全性は理解しています。問題は、それを海洋放出した際に起こるであろう風評被害をどうやって防いでもらえるのか、という点です」

「だから、何が何でも自然科学的に正しい、では押し通せないということです」

地元の産業をどれだけ復興させるかということに主眼を置く人々と、廃炉をどれだけ早く完了させられるかということに主眼を置く人々。さらに、ゼロリスクの徹底を求める人々。その考え方の違いが、議論のズレを生んでいる。

「大気放出や地層注入など、現状検討されているいくつかの選択肢に(技術的な観点やコスト面で)バツをつけていって、残っているのは海洋放出だけじゃないですかというのが、これまでの議論の進め方です。海洋放出には風評被害が生まれるので、本来ならばその選択肢にもバツがつくはずですが、そこは追及されない」

だからこそ、森田さんはこう疑問を呈す。

「廃炉が完了してこその復興だという意見もあります。それは否定しません。でも、廃炉を進めていく中で地元の水産業の現場で誰も働けなくなっていったとしたら、果たしてそれは『復興』と言えますか?」

漁獲量が大きく制限される試験操業期間はいまも続き、一部の港では漁業者の高齢化も進む。

仲買業者が減少するなど流通の問題も尾を引いている。2019年現在、福島県の漁業全体の水揚げ量は、震災前の約15%だ。

2018年8月30日、福島県富岡町で処理水の処分に関する公聴会が開かれた。

福島県漁連の野崎哲会長は「国民的議論が行われておらず、国民の理解を得られていない現状では、処理水の海洋放出に強く反対する」と語った

「処理水処分は福島県の漁業者だけで判断すべき問題ではなく、広く国民にトリチウム発生のメカニズム、危険性を説明し、国民的議論を尽くし、国民の信頼を得た上で国が判断し、その責任を負うことを明確にすべきだ」

反対理由の中心は、ようやく立ち直り始めた福島県の漁業に対する、風評被害への強い懸念だった。

<この記事は、Yahoo!JAPANとの共同企画で制作しています。汚染水と処理水をめぐる問題を考える上での一助となるべく、様々な角度から報じた記事をこちらのページから読めます>