「親ガチャ」は大当たり。でも… “お金持ち”と呼ばれ続けた作家は「失くした恋」しか歌えない。

    「それまでの『お金持ち』という枕詞が外れた時に、『俺には他には何にもないんだ』ってわかったんですよ」


    歌人で作家の小佐野彈さんが、4作目となる小説『僕は失くした恋しか歌えない』を11月30日に出版した。

    帝国ホテルをはじめとするホテル事業やバス会社などを手広く手がけていた国際興業グループの御曹司として育った小佐野さんは、幼い頃から「お金持ちの彈くん」と呼ばれ続けていたと明かす。

    親を自ら選ぶことはできない中で、生まれ持った環境などで人生が大きく左右されてしまうとする「親ガチャ」という言葉が最近話題となった。

    しかし、小佐野さんの物語をたどると、たとえ親ガチャが「大当たり」だったとしても、その道のりは容易いものではないことが見えてくる。

    「お金持ちの彈くん」が枕詞を失って…

    ーー小説には、財閥の御曹司としての生活ぶりがうかがえるシーンも登場しますね。自分の境遇が世間一般と違うと気付いたのは、いつ頃のことでしたか?

    記憶は曖昧ですが、僕が「お金持ち」という言葉を知ったのは5歳の頃のことでした。

    幼稚園の同級生から「いいよな、お前の家は金持ちで」って言われて、「お金持ちって何だ?」となった。

    実際、僕が恵まれた生活を送ってきたことは事実なので、「お前は恵まれているんだ」「恵まれているんだから我慢をしろ」と言われることも仕方のないことだと思っています。

    ただ、周囲から見れば羨ましいと思う境遇にいる人にも、その人なりの苦しみや生きづらさが存在するのだということもあわせて伝えたい。

    幼稚舎から大学院まで慶應で育つと、周りは大企業の御曹司がたくさんいます。でも、彼らには彼らなりのリーシュ(足枷)が巻かれているんです。

    僕について回っていた枕詞は「お金持ち」でした。ずっと「お金持ちの彈くん」とか「ホテル王の息子」って呼ばれて育ってきた。

    そんな環境が一変したのが、2004年の国際興業の「お家騒動」です。母や兄や僕は多くの財産を手放すことになり、その後は長い裁判を闘うことになりました。

    僕のバックグラウンドが変わる中で、離れていった人たちも少なくありませんでした。その様子を見て、「人間って何て冷たいんだろうか」と感じる瞬間もあれば、僕のそばに変わらず残ってくれる人たちもいて「人間ってやっぱりすごく温かいんだ」と思う瞬間もあった。

    それまでの「お金持ち」という枕詞が外れた時に、「俺には他には何にもないんだ」ってわかったんですよ。

    歌人として新人賞をとってデビューし、小説家としてもデビューさせてもらえた。一応、駆け出しとはいえプロの文筆の世界でやらせていただいているということで、やっと自分が何者かになることができたと感じています。

    僕のWikipediaを見ると、小佐野彈は「日本の歌人・小説家・実業家である」と記載されている。

    「〇〇という会社の坊っちゃん」「□□さんの息子さん」状態から脱して、「たった一人の自分」になることって、僕にとっては難しいことだった。

    本当に、ここまで長い道のりでした。

    「親ガチャ」はたしかに大当たり。でも…

    ーー2021年には「親ガチャ」という言葉が一時流行しました。あの考え方に基けば、小佐野さんは「大当たり」を引いたと言えるのかもしれません。

    「ガチャ」という考え方で見た時に、世界に様々な国がある中で日本を引き当てた段階で「当たり」だと捉えることもできると思うんです。

    たしかに、様々な問題がありますし、すべてがすべて「当たり」だとは言いません。でも、世界には日本で生きる人々のような暮らしができない人もいる。

    それに、男性に生まれるのか女性に生まれるのか、といったことも「ガチャ」ですよね。そして、「親ガチャ」もあるかもしれません。

    たしかにお金という点に着目すれば、僕の「親ガチャ」は大当たりでした。

    一方で、この家庭に生まれたことで、様々なリーシュ(足枷)の存在を感じてきたことも事実です。

    自分の狭い価値観だけで「幸せ」かどうかを断定するべきなのかどうか…

    こんな境遇に生まれれば絶対に幸せになれる、といったベストな答えはどこにもない。当たり前だけど、「苦しみ」って人それぞれにある普遍的なものですから。

    境遇や生い立ちだけを見ると、僕の人生はたしかに「きらびやか」と言われるかもしれません。

    でも、どんな立場の人間だって苦しむことがあるし、悩むこともある。悩んで悩んで、吐きそうになることだってあります。

    お金持ちの家に生まれたこと、ゲイとして生きていること。これらは僕にとってはあくまでひとつの要素でしかありません。

    これらのレッテルで判断されることも少なくありません。こうした「色眼鏡」で見てしまう気持ちもよくわかる。

    カテゴリーで分けたり、レッテル貼りをすることはわかりやすいですよね。でも、そうすると世界は「あっち側の人」か「こっち側の人」かだけになってしまう。

    僕は社会のあらゆる課題を二元論で捉えるという考え方が嫌いですし、この世の中に自分と関わりのない「他人事」なんて「ない」と思っています。

    これまで好きになった人や付き合ってきた人によく言われた言葉があります。「あなたは住む世界が違う」という言葉です。でも、僕は「僕もあなたも住む世界は同じ」だと思っている。

    必要なのは二元論で捉えることではなく、グラデーションで捉えることだと思っています。

    やっぱり「失くした恋しか歌えない」

    ーー小説のタイトルは『僕は失くした恋しか歌えない』です。いまだに、小佐野さんは「失くした恋しか歌えない」のでしょうか?

    僕は、やっぱり恋しか歌えない。

    「恋」って何なんだろう、って考えた時に、僕の中では成就するまでが「恋」だと思っているんです。

    ゲイの恋人ももちろんいたけれど、どちらかというとストレートの人ばかりを好きになってきた人生だったんですよ。そういう意味では、僕の恋はたいてい成就してこなかったんです。

    そして成就してしまうと、恋って「恋」ではなくなる気がしているんですよね。

    もちろん毎日恋ができるなら、毎朝起きるたびに「この人のことが好きだな」って思える関係があるのだとしたら、それは最高だと思いますよ。でも、そんな人っているのかよ、とも思う。

    関係が続けば続くほどに、良い面ばかりではなく悪い面だって見えてくる。だから、恋は成就した段階で「恋」ではなくなっていくんじゃないですかね。

    そう考えると、「僕は失くした恋しか歌えない」というタイトルはしっくり来ているんです。

    ーー高校時代の現代国語の先生の「欠落が創作の源になる」という言葉も登場していました。さまざまな創作を続ける中で、これはしっくりきますか?

    この結論もしっくりきます。

    僕はわりとお喋りですし、社交的な場にも慣れている。TwitterとかFacebookとかでもたくさん発信するから、「満たされている」ってイメージを持たれることが多いんですよ。

    でも、全然そんなことはない。実際はかなり「メンヘラ」です(笑)

    恵みの雨を浴びながら三十八年生きてなお、決して潤うことのない、灰色のちいさな点。そのちいさな点から、この歌集に収めた歌たちがうまれたのかもしれない、と思う。

    (『銀河一族』)

    これは『銀河一族』のあとがきにも書きました。

    僕の中には常に「欠落」があるというか、いまだに何かが満たされない。この感覚が消えたことはありません。