サッカー元日本代表で横浜F・マリノスなどでプレーした松田直樹さんが練習中の事故で命を落としてから10年。
横浜F・マリノスや北海道コンサドーレ札幌でプレーした河合竜二さんは、今もAEDの重要性を発信し続けている。
「AED!AED持ってきて!」
2017年11月4日午前、北海道コンサドーレ札幌の選手が練習中に突然、倒れた。
「AED!AED持ってきて!」
当時キャプテンを務めていた河合竜二さんは、とっさにこう叫んだ。
「あの日はちょっと寒い日でね。練習のミニゲームが終わる直前でした」
選手たちがにぎやかにプレーしている中、突然一人の選手が倒れた。最初は「ファウルを受けて倒れたのかな」程度にしか受け止めていなかった。
だが、なかなか起き上がらない。「何が起きたのか?」周囲の選手たちは何が起きているのか理解できずにいた。
河合さんと小野伸二さんが選手のもとへ駆け寄ると、体が痙攣していた。
小野さんがすぐに気道を確保した。河合さんは、AEDを持ってくるようスタッフに呼びかけた。
練習場で練習を見学していたサポーターの中には、たまたま看護師がいた。トレーナーがAEDを持って走り、他の誰かが119番通報をした。
命を救おうと、一人ひとりが懸命に動き続ける。
AEDを体につけると、自動判定で電気ショックは必要ないことがわかった。その後、選手は救急搬送され、心臓の発作ではなかったと診断された。
その日の出来事を、河合さんはこう振り返る。
「まさか、自分がこんな場に遭遇するなんて、この日までは思ってもいませんでした。心臓発作じゃなくて、本当によかった。あの時、『AED持ってきて!』という一言が出たのは、やっぱりマツさんの影響ですね」
「引きずってでもマツさんを練習へ連れて行けば良かったんです」
河合さんは札幌に移籍する前、横浜F・マリノスで松田さんと共にプレーしていた。河合さんがセンターバックだったころは、松田さんは同じポジションを競うライバルでもあった。
「マツさんは憧れの存在で、全てにおいてスケールが違いました」
河合さんは松田さんについて、こう語る。
試合中も練習中も、とにかく熱い。記憶に残っているのは、「常に吠えている」松田さんの姿だ。
河合さんは、松田さんとピッチの外でも、多くの時間を一緒に過ごした。
「本当に面倒見が良い人なんです。まさに自分にとっては兄貴的な存在でした」
2010年、そんな憧れの先輩と同じタイミングで、河合さんも戦力外通告を受けた。
河合さんや他の選手たちは、必死になって練習を続けた。だが、そこに松田さんの姿はなかった。
戦力外を言い渡されてから、松田さんは練習へ参加することを拒んでいた。
「本当はあの時、僕が引きずってでもマツさんを練習へ連れて行けば良かったんですよね。でも、色々とあった中で、僕も真正面からぶつかることを避けてしまっていました」
このわだかまりは、最後まで解けることはなかった。
そして2011年8月、松田さんが練習中に倒れてしまう。
松田さんの死から10年、AED普及を今でも続ける
2011年8月2日は当時所属していたクラブの本拠地・札幌から数日間、横浜に戻っていたタイミングだった。
車を運転していると、松田さんが倒れたという知らせが入った。
「まさかですよ。嘘でしょ?と最初の知らせを受け取った時は思いました」
当時、河合さんのもとへ届く情報は錯綜していた。河合さんはすぐ、松本に車を走らせた。
病院に到着し、目の前に広がる光景が信じられずにいた。
「どれだけ大変なことが起きているのか、その重大さは理解していたつもりでしたが、現実を目にして『ああ、本当なんだ』って。全然受け止めきれませんでしたね」
回復を信じ、河合さんは松本にとどまった。
「何ができるわけじゃないけど、近くにいたかった」
2日後の8月4日、松田さんはこの世を去った。
松田さんの死後、河合さんは松田さんの姉・真紀さんが代表を務める団体「松田直樹メモリアル Next Generation」の理事を務め、AED普及にも奔走する。
日本では毎年7万9000人が心臓の突然死で亡くなる。AEDは全国に約60万台ほど設置されているが、その使用率は5.1%だ。
まだまだ、社会全体に普及しているとは言い難い。
「誤解しないでほしいのは、サッカーは素晴らしいスポーツだということです。やっぱり、まずは何よりもマツさんが大好きだったサッカーの素晴らしさを伝えたい。その上で、これ以上悲劇を繰り返さないためにも、AEDについて知ってほしいんです。一人ひとりがAEDについて知ってくれれば、つながる命は増えるはずですから」
日本でのAEDの利用率は現在、5.1%。私たち一人ひとりがAEDについてしっかりと知り、何かが起きた時に使えるよう準備をするだけで救える命が増えます。
松田直樹さんの死から10年。BuzzFeedではこの夏、改めてAEDの普及を進める大切さを伝える記事を配信します。