• medicaljp badge

他人のプライバシーを伝え続けてきた僕だから… アナウンサーが「がん闘病」をさらけ出す理由

「ネットで自分の病気を検索するというのは、ある程度のところで止めておいた方が良い。これが、正直な僕の感想です」

「口当たりの良い話だけを書いて、『これだけ頑張りました』と言うのは報道としてあまりに偏りすぎていて、不十分ですよね」

フリーアナウンサーの笠井信輔さんは、悪性リンパ腫の治療を受け、寛解するまでの道のりを『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』と題した一冊の本にまとめた。

そこにはブログやInstagramでは発信しなかった、闘病生活の辛い一面もさらけ出している。ここまで正直に伝えることを選んだ理由とは何か。

西城秀樹さん、小倉智昭さんの影響を受けたからこそ

ーー本の中では、診断前の状況や治療の過程も含めて非常に詳しく書かれています。

僕自身、33年間、ワイドショーのアナウンサーとして有名人や芸能人のプライバシーを伝えるという仕事をずっと続けてきました。

先方が「来て欲しくない」と思っているところに、マイクを向けに行くという仕事をずっとやってきたわけです。

当初はそんな自分の仕事に何の疑問も持っていませんでした。芸能人の私生活を伝えるニュースは視聴者の方にも歓迎されていたと感じていましたし、芸能人の方も報じられることを覚悟していた節があった。

ですが、社会が成熟していく中でそうしたニュースに嫌悪感を持たれる視聴者も増えてきましたし、芸能人のプライバシーに関する考え方もインターネットの発達と共に変化してきました。

他人の家へ土足で上がるような行為に対して疑問視する声が強くなり、報道のやり方も変わる中で、取材される人の権利というものを強く意識するようになりました。

そうした中で、「自分がもしも当事者となった場合にはどうすべきなのか」と、ずっと考えていたんです。そのきっかけが親交のあった西城秀樹さんの闘病でした。僕は「とくダネ」の取材班として西城さんの闘病の様子を密着取材していました。

「どうして、かっこ悪い姿をさらけだすんだろう」と疑問でしたが、非常に苦しい中でステージに立ち、多くの人を励まし続けた西城さんの姿を見て、考えたんです。「自分がもしも病気になったら、どうするだろう」と。

また、長年「とくダネ」で一緒に仕事をしてきた小倉智昭さんが、僕よりも半年前にがんになったことにも大きな影響を受けました。

膀胱がんと診断されてから、番組でその事実を公表し、密着取材される中では「シモ」の話であっても取材に協力した。僕は小倉さんに、誰かのプライバシーを伝えてきた人間としてのあるべき姿を見ました。

西城さんと小倉さん、この2人の影響があったから、悪性リンパ腫となった時に包み隠さず伝えるべきだと思ったんです。

せっかく自分で全てを体験したのだから…

同時に、いざ本に自分自身のことを書くぞ!と決めたタイミングで、もうひとつ意識したことがありました。

僕はこれまで、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、それからアメリカ大統領選でのオバマ大統領誕生まで、様々な事件や出来事を取材してきました。

僕はよく若いアナウンサーたちにも言ってきたんです。「机の上で書ける原稿、ネットで調べただけで書ける原稿だとしたら意味がない」「現場に行った者にしかわからないことが入っていないとダメだよ」と。

自分が悪性リンパ腫になったということは、初めて自分が重大な出来事の当事者になったことを意味しました。自分自身を取材対象として、リポートができる。

口当たりの良い話だけを書いて、「これだけ頑張りました」と言うのは報道としてあまりに偏りすぎていて、不十分ですよね。

せっかく自分で全てを体験したのだから、できる限り全て明かしていきたい。

がんになって気付いたことは、自分自身の体験を発信すると、がんサバイバーの経験者の皆さんは自分の体験と照らし合わせて読んでくれるということでした。

がんになると、やっぱりこういう経験をするんだ、今はこういう治療をするんだと知ってほしい。現在は抗がん剤の副作用を抑える治療法の研究も進んでいて、僕の場合は倦怠感と食欲不振は酷かったけど、幸い吐き気はほとんどなかったんですよ。

こういった情報を出来る限り新鮮なうちに届けることで、これまでがんになった人、そして今、がんの治療をしている人のお役に立てればと思って発信を続けてきました。

ネットの誤情報に惑わされずに済んだ理由

「悪性リンパ腫」とネットで検索すると、どうしてもインパクトの強い記事から順に目に入ってくるんですよ。

やはり症状が重かったり、見ている人が驚くようなことほど記事へのアクセス数は多くなります。広告もインパクトが強いものほど押されやすいので、どうしても目立つものはネガティブな情報も多い。

それに、「助かりたいなら、この薬を飲んでください」といった広告もあります。それらは大学の先生によって監修されてるものもあり、確からしいもののようにも見えてしまいます。

ネットで目に入る情報をすべて鵜呑みにしてしまうと、「私は助からないんじゃないか…」と思えてきてしまうんです。精神的にも病んでしまう。

ネットで自分の病気を検索するというのは、ある程度のところで止めておいた方が良い。これが、正直な僕の感想です。

まずは、目の前にいる医師に頼るべきではないでしょうか?

でも、「いちいち聞くのは申し訳ない」「失礼だ」と考えてしまって、結果的にネットに氾濫する情報にハマっていってしまう人もいるのかもしれません。

検索という行為は無料ですし、ネットにはたくさんの情報があります。でも、一人ひとりがんの症状は違う。だからこそ、注意する必要があると思うんです。

僕の場合は、がんに関する書籍も読まないようにしていました。がんの治療について書かれた本はたくさんあります。治療中も、皆さんがいろいろな本を届けてくれました。

届いたんですが…「これは!」という本から「これは?」という本まで様々でした。

僕は主治医の先生の言葉を信じようと決めていたので、他の治療法に興味を持つことは止めようと考え、申し訳ないと思いつついただいた本は読みませんでした。それにね、抗がん剤治療が始まってからは倦怠感が酷くて、本を読む気になれなかったんですよ。

主治医の先生をはじめ周囲の方からは自分と同じがんの経験者の話を聞きなさいというアドバイスを受けていましたが、こうした体験を経て、初めてその意味がよくわかりました。

ーー情報に注意深く向き合うのは、テレビ局での経験からなのでしょうか?

それもあると思います。我々、報道陣もネット上の情報に翻弄されることがありました。バズっている動画を番組で紹介したら、ヤラセでしたということもあった。

赤っ恥ですよ。そうした経験があったし、身の回りでもそういった体験をしている人もいたので、ネットの誤った情報にハマらずに済んだのだと思います。

同時に感じたネットの光と影

こうした情報の氾濫がネットの影の部分なのだとすれば、僕はネットの光の部分に支えられたのも事実です。

病気になってからは、ブログやInstagramでの発信を続けていました。コメント欄は皆さんからの応援と、過去にがんを患ったことのある方の経験談で埋め尽くされたんです。

もちろん、インターネットにある情報がすべて正しいわけではないということもお伝えしたいことです。ですが、同時に僕はこのインターネットの力、SNSの力に励まされ、助けられてきました。

報道の側にいた頃は、どちらかと言えば、ネットにはこんな困った問題がありますということについてお伝えする機会が多かったかもしれません。

でも、全部が全部悪いものならば、誰も使い続けませんよね。

やっぱり、悪いところもあるけど良いところもある。だからこそ、使われ続けるし、ここまでひとつのツールとして社会に根付いたのだと思います。

こうした光の部分に目を向ける機会をもらったのは、貴重な体験でした。

ご意見を募集しています

📣BuzzFeed Newsでは、LINE公式アカウント「バズおぴ」(@buzzopi)で、読者の皆さんのご意見を募集しています。

日々の暮らしで気になる問題やテーマについて、皆さんの声をもとに記者がニュースを発信します。

情報や質問も気軽にお寄せください🙌LINEの友達登録で編集部と直接やりとりもできます。様々なご意見、お待ちしています。

友だち追加