生活保護費引き下げは「国民感情を踏まえたもの」。違憲との訴えは認められず

    名古屋地裁は原告の請求をいずれも棄却。生活保護費の引き下げは「国民感情や国の財政事情を踏まえたもの」であるとした。

    2013年8月以降の生活保護費引き下げは生存権を保障する憲法25条と生活保護法8条に違反するとして、愛知県内の生活保護受給者が自治体と国に引き下げの取り消しなどを求めた訴訟の判決が6月25日、名古屋地裁で言い渡された。

    角谷昌毅裁判長は原告の請求をいずれも棄却。生活保護費引き下げは違憲であるという原告側の主張が認められることはなかった。

    角谷裁判長は生活保護費の引き下げは「国民感情や国の財政事情を踏まえたもの」であるとし、原告の主張は採用することができないとしている。

    生活保護費引き下げの経緯を振り返る

    厚生労働省は2013年8月から3回にわけ、生活保護基準のうち生活費に関する生活扶助基準を平均6.5%、最大で10%引き下げた。

    生活保護基準は生活保護だけでなく、最低賃金や地方税の減免、介護保険料の減額などとも連動しており、その影響は生活保護受給者だけに止まらない。

    政府はデフレによる物価の下落が2008年から2011年にかけて確認されていることなどを生活保護費の引き下げの理由として挙げる。

    だが、原告はこの生活保護費引き下げの根拠となっている物価の下落率が厚労省の専門部会で適切な手続きを経て、承認されたものではないことを問題視していた。

    物価の下落率の計算方法についても、生活保護世帯の消費実態に基づく調査結果の数字ではなく、一般世帯の消費支出をもとに計算されているため、実態とかけ離れたものであると主張していた。

    名古屋地裁「国民感情や国の財政事情を踏まえたもの」

    判決によるといずれの争点についても、原告の主張は認められないとしている。

    角谷裁判長は生活保護費の引き下げをめぐり、この決定が自民党の政策によるものであると認定している。

    その上で、この政策は「国民感情や国の財政事情を踏まえたもの」であり、生活扶助基準を改定するにあたり、これらの事情を考慮することができることは「明らかである」とした。

    事実上、国の主張を全て肯定した形だ。

    同様の訴訟は全国29都道府県で起こされており、名古屋地裁で言い渡された判決が初めての司法判断だ。今後、北海道や大阪、東京などでの判決を控えている。

    背景にあった生活保護バッシング

    生活保護費の引き下げは2012年の衆議院選挙で政権に返り咲いた安倍晋三総裁率いる自民党の公約として掲げられていた。

    発端は2012年、週刊誌の報道などをきっかけに巻き起こった生活保護バッシングだ。

    お笑い芸人の河本準一さんの母親が生活保護受給者であることがわかり、河本さんが扶養できるだけの収入があるにも関わらず生活保護を受給し続けていたことに批判が相次いだ。

    この問題を自民党の片山さつき参院議員が追及。メディアも「不正受給疑惑」として取り上げ、報道が過熱した。

    その年の衆議院選挙で自民党は、生活保護の「支給額原則1割引き下げ」を公約の1つに盛り込んでいる。

    そして翌年、5年に1度の生活保護費の見直しのタイミングで、厚労省はデフレと物価の減少を理由に生活保護支給額を引き下げた。

    「私たちに死ねということですか」

    この判決を受け、「いのちのとりで裁判全国アクション」の共同代表で弁護士の尾藤廣喜さん、同じく共同代表で生活困窮者支援を続ける「つくろい東京ファンド」の代表も務める稲葉剛さんらが厚労省で記者会見を実施した。

    尾藤弁護士は「こんな判決は到底受け入れられない」と憤りをあらわにした。

    「生活保護基準は国民感情や国の財政事情を踏まえるとは法律のどこにも書かれていません。自民党政策や国民感情、財政事情を踏まえた上での判断とされたのは生活保護裁判上初めてだと思います」

    この判決を受け、原告は「生活保護引き下げ違憲訴訟(いのちのとりで裁判)名古屋地裁判決について」という声明を発表。

    「私たちは、国が引き下げられた全ての生活保護利用者に対して真摯に謝罪し、2013年引下げ前の生活保護基準に戻し、生活保護利用者の健康で文化的な生活を保障するまで断固として闘い続ける決意である」と表明している。

    名古屋の訴訟の原告は「とっても残念であります。これ以上減らされたら、私たちは生活もできないので、私たちに死ねということですか」とコメント。「これからも頑張っていきたい」と控訴する構えだ。

    バッシングにより国民感情煽る悪しき前例に

    稲葉さんは「急速に生活困窮者が増える中で、『生活保護敵視政策』のマイナス影響が、貧困の現場で出ている」と強調する。

    住まいを失った人々の支援をする中で、「生活保護だけは受けたくない」という声が非常に多いという。

    「今回の判決では、生活保護費の引き下げは自民党の政策を受けたものであるということを事実として認めている。そしてそうした自民党の政策は国民感情や国の財政事情を踏まえたものであるとしています」

    「政治家がバッシングを主導して、国民感情を悪化させる。悪化させた上で、政権復帰した上で(生活保護費の)引き下げをする。いわばマッチポンプですね。政治家がある制度を使いにくくしたければ、制度や制度利用者をバッシングすればいいという非常に悪い前例になりました。それを司法が追認した責任は大きい。政治の判断を追認した司法の判断に抗議していきたいです」