「欲しいのは物ではなく、人」 大企業を辞めた私が飛び込んだのは児童養護施設だった

    児童養護施設に関心を持っているのに、就職しない。働きながら専門学校に通ったからこそ気付いた採用のミスマッチに、彼女はいま全力で取り組む。

    「欲しいのは物じゃなくて、人なの…」

    当時、児童養護施設で働いていた知人が口にしたこの一言を聞いた。大山遥さんは、気が付けば1週間後には当時働いていた教育関連企業・ベネッセへ辞表を提出していた。

    働いていたのは「進研ゼミ」の教材を制作し、出版する部署。リニューアルのたびに廃棄されていく教材を児童養護施設へと寄付できないかと考えたのが、児童養護施設の扉を叩いたきっかけだった。

    このとき、大山さんは児童養護施設やネグレクトという言葉すら知らなかったと振り返る。従姉妹に話を聞いて初めて、施設に入ってくる子どもの多くが虐待を経験していることを知った。

    「当時、知人が勤めていた施設は本当に職員不足で、本来施設で働く上で必要とされる資格を持った人を採用することができていない状況でした。大学を出て就職した直後でも、幼児から高校生まで年齢も幅広い8人の子を一人でみなくてはならない。『そこに進研ゼミの教材を送られてきても、なんの意味もないんだよね』と言われて、なんとかしたいと思ったんです」

    ベネッセを退職し、非常勤職員として児童養護施設で働きながら、夜は保育士の資格を取るために専門学校へと通う日々がこうして始まった。

    施設への就職に興味を持つ学生はいる。でも、その多くが途中で脱落してゆく現実。

    通っていた専門学校のクラスメイトは36人。入学当時、児童養護施設などについて聞いたことがあると答えた学生はたったの4人だった。

    数ヶ月授業を受けていくなかで、大山さんは興味深い事実に気付く。夏休みを前にしたタイミングでは、11人のクラスメイトが保育園や幼稚園だけでなく社会的養護にも関心を持っていた。クラスの3分の1近くが社会的養護の現場で働くことに興味を持っている。

    では、なぜ職員不足の問題が起こるのか?大山さんは3つのボトルネックがあると考えている。

    1つ目はネットで検索をしても児童養護施設に関する情報が出てこないこと。求人情報はおろか、そもそも施設の概要について知ることも容易ではない。

    2つ目は連絡先を見つけて電話で問い合わせをしても、簡単には受け入れてもらえないこと。児童養護施設では子どもたちの安全などを考慮してむやみに人を受け入れることはできない。こうした事情を知らずに『子どもたちの様子を見たい』と気軽に電話をすると、誤解を招いてしまい断られてしまうことがあるという。

    3つ目はNPOなどが実施している学習ボランティアで提供されている勉強を教えるという機会と、専門学生が持つ 「施設の概要が知りたい」というニーズの間にギャップが存在していること。多くの場合、こうした学習ボランティアでは施設の日常をかいま見ることは難しい。また学習ボランティアの参加者の多くは国公立大学や有名私大に通う大学生たち。そこで求められている学力レベルは多くの専門学生にとって高い壁となる。

    社会的養護に関心を持った11人のその後を大山さんは注意深く観察した。するとネットで検索しても有力な情報がヒットしないために、6人は児童養護施設への就職を諦めてしまった。

    その後もそれぞれのボトルネックでつまづき、最終的に児童養護施設へと就職を決めたのは大山さんただ一人だった。

    「ネットで検索しただけでは、どの施設がいつ説明会をやっているかがわからない。施設の採用情報が出ていたとしても、書かれているのは施設名と住所、そして初任給だけといったケースも少なくありません。施設の採用情報を知りたいと思う学生がいても、そこに必要な情報が届けられていないのが現状です」

    常に忙しい社会的養護の現場。消耗し、離職する職員も毎年一定数はいるため目の前の子どもに向き合うだけで精一杯という一面もある。インターネットを活用した情報発信を苦手とする施設も多く、ホームページの開設されていない施設も少なくない。

    そうしたなかで、長期的な視野を持って採用活動を行い、2〜3年後に働いてくれる人材を育てることはこれまで後回しにされてきた。

    「届けるべき情報を届けることができていたら、あの11人は児童養護施設へ就職していたはず」と語り、大山さんは悔しさをにじませる。

    「学生がどこでつまずいて就職を諦めるのか、専門学校に2年間通ったからこそ見えました」

    児童養護施設の現場では高い専門性が求められる。国の基準と程遠い現場の実態。

    こうした課題感から大山さんは非常勤職員として2つの児童養護施設で働く一方で、NPO法人チャイボラを設立。児童養護施設の採用イベント開催や、施設の情報発信のサポートを行っている。

    就職活動を行っている学生だけでなく、社会的養護そのものに興味を持つ幅広い学生を対象にしたイベントを一部の施設で実施することもできた。

    いま最も力を入れているのは、社会的養護の施設をまとめた情報サイトの制作。これまでに協力してくれる約20施設の情報掲載が決まっている。収益化の目処は立っていない。それでも、職員不足という課題の解決のために必要な一手と信じて、クラウドファンディングなどで資金を集めながら運営することを決めた。

    厚生労働省は児童養護施設の小規模化を推進している。推奨されているのは小学生以上の子どもの場合、職員1人に対して子ども4人*の人員配置だ。しかし、職員不足の現状もありこうした理想的な環境を整備できている児童養護施設は数少ない。

    ※厚生労働省からの措置費によって職員の加配をした際の人員配置。加配をする以前は職員1人に対して子ども5.5人が基準となっている。

    2015年に厚労省が行った調査によると、児童養護施設に入所する子どもの59.5%が虐待を受けた経験を持ち、28.5%が知的障害やADHDをはじめとする何らかの障害を持っている。

    こうした背景から、子ども一人ひとりに必要な養育を提供するスペシャリストとしての児童養護施設職員へのニーズは依然として高い。児童養護施設の職員不足は、里親委託率の向上といった関連する他の取り組みと並行して取り組むべき課題と言える。

    「児童養護施設での子どもへの関わりは『あなたは大事』というメッセージをしっかりと一人ひとりに伝えるところからはじまります。たとえ保護されたタイミングが中学生、高校生になってからだとしても、スタート地点は変わらない。一人ひとりに丁寧に向き合うためにも、職員不足の現状は改善しなくてはいけないません」

    3年間児童養護施設で働くなかで、これまで何人もの辞めていく同僚の背中を見送った。同僚の抱える辛さや悩みを耳にする機会は少なくない。そんな環境に身を置き、いっそのこと正職員として1つの施設へ就職したほうがいいのではと悩んだ瞬間もあったという。

    でも、いまは幅広くあらゆる施設と関わることで業界全体のためにできることをやると心に決めている。

    「社会的養護の現場に就職を希望する学生はいる。いたのに、みんな他の業界へ流出してしまった。思わぬところに壁が存在しています。でも、ボトルネックとなっている課題を一つひとつ潰していけば、やり方次第で人材不足は解消できるはずです」


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