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HPVワクチンはなぜ「がん」に有効?今からでも接種すべき? 男性への接種は?疑問を専門家に聞いてみた

国がHPVワクチンの積極的勧奨を差し控えてから、もうすぐ8年。有効性や安全性を示すエビデンスは増え続けている。

子宮頸がんなどの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。

小学校6年生から高校1年生の女子は公費でうてる定期接種となっている一方で、国が積極的勧奨を差し控えたまま8年が経過しようとしている。

日本における積極的勧奨が停止したまま時間だけが過ぎていく中で、有効性や安全性を示すエビデンスは増え続けている。

そもそもHPVワクチンとはどのようなワクチンなのか?最新の知見から何が言えるのか?

BuzzFeed Newsはヒトパピローマウイルス(HPV)感染症に関して正確な情報を発信する医師らのプロジェクト「みんパピ!」副代表・木下喬弘医師に話を聞いた。

(1)HPVワクチンとは?

HPV感染症はヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスに感染することによって引き起こされる。

皮膚や粘膜などを介して感染するもので、子宮頸部に感染した場合に、がん化することで子宮頸がんを発症するリスクがある。

主に性交渉などの刺激によって生じる粘膜のわずかな傷などを通じて感染するとされ、性交渉の経験がある一般女性の約8割は、HPVに一度は感染したことがあると推定されている。

「HPVが感染した子宮頸部にちょっとずつ悪さをし、その過程で一部ががん化します。これが子宮頸がんとなります」

「ただし、感染した次の日にがん化するといったスピードで起きる現象ではなく、だいたい数年から数十年の経過を経て、少しずつ細胞に異常をきたし、がんになるということがわかっています」

このHPVへの感染を防ぐワクチンが、HPVワクチンだ。

「HPVワクチンの誤解のもとにはいくつかのパターンがあります。そのうちの一つが、『なぜウイルスの感染を防ぐワクチンががんを防ぐのか?』という点に関する誤解です」

肺がんや大腸がんなど、多くのがんは悪性の腫瘍が自然に発生することで発症する。しかし、先述の通り子宮頸がんをはじめとするHPV感染症は発症のメカニズムが異なることに注意が必要だ。

「一般のがんと同じようなものであると理解してしまうと、ワクチンを接種せず、乳がんの検診のように『検診で防ぐ』という考え方の方がしっくりくると感じる方もいるでしょう。早めに発見し、早めに治療すれば良いという考え方です」

「ですが、子宮頸がんは違います。HPVの感染から細胞が少しずつ悪くなり、がんになる。この子宮頸がんはほぼ100%、HPVに感染したことによるものです。つまり、感染しなければ基本的にがんになることはありません。ですから、感染を防ぐワクチンが検診とともに非常に重要な役割を果たします」

(2)いつまでに接種することが望ましい?

HPVは性交渉などの刺激によって生じる粘膜の傷などを通じて、子宮頸部などに感染することが多いため、HPVワクチンの接種は初めての性交渉を経験する前に接種することが望ましい。

一般的には、16歳までに接種した方が良いとされている。

木下医師はワクチン接種を早めの時期に終えることの重要性を次のように語る。

「HPVは性器の周辺にも存在しているため、コンドームで100%防ぐことはできません。コンドームで防ぐことができるのは7割程度とされています。これは淋菌やクラミジアといった他の性感染症とは異なるポイントです」

「このウイルスは性交渉をすると、比較的速やかに感染します。コンドームを使用することで感染リスクを下げることは可能ですが、性交渉を繰り返すうちに感染する可能性は高い。また、ワクチンは感染を予防するものであって、体の中に入ったウイルスを外に排出することを目的とはしていません。そのため、ワクチンを接種するタイミングとしては初めての性交渉前が望ましいと言えます」

「17歳未満でこのワクチンを接種した場合、子宮頸がんの発症が88%減少するということも研究の結果わかっています」

だが、日本では8年近く積極的勧奨が止まっていることもあり、接種率は大きく低下している。ワクチン接種の機会を逃してしまった人も少なくない。

木下医師のもとにも、「公費で接種する機会を逃してしまったが、今から自費で接種した方が良いのか?」という相談が多く寄せられている。

このような相談には、「もし、あなたが26歳以下ならうちましょう」と回答しているという。

「HPVの種類は新型コロナウイルスと同様に一つではありません。200種類以上存在しています。そのうち、特に16型、18型という2つのタイプについては、がんを多く、より早く引き起こすことがわかっています」

こうした特徴を踏まえ、これまで開発されたHPVワクチンは以下の3つのタイプだ。

・2価ワクチン:子宮頸がんを引き起こす16型 / 18型への感染を予防する

・4価ワクチン:子宮頸がんを引き起こす16型/ 18型および尖圭コンジローマを引き起こす6型/ 11型への感染を予防する

・9価ワクチン:子宮頸がんを引き起こす16型 / 18型 / 31型 / 33型 / 45型 / 52型 / 58型および尖形コンジローマを引き起こす6型 / 11型への感染を予防する

現在、日本で小学6年生から高校1年生の女子が公費で接種可能なワクチンは2価および4価のワクチンとなっている。

「2価のHPVワクチンは一番悪い2つのタイプをカバーして、4価のワクチンは一番悪い2つのタイプと男女ともに起こる性器のイボである尖圭コンジローマを引き起こす2つ、9価のワクチンは一番悪い2つのタイプ、そこまでではないが子宮頸がんを引き起こす5つのタイプ、そして尖圭コンジローマを引き起こす2つをカバーしています」

「すでに性交渉を経験していたとしても、感染しているのは16型のウイルスで18型にはまだ感染していないかもしれません。つまり、すべてのタイプのHPVに感染しているとは考えにくく、ワクチンを接種することでまだ感染していないタイプのHPVへの感染を防ぐ効果はあります」

木下医師は説明する際、なぜ「26歳以下」という線引きを提示するのだろうか?

「この線引きに明確なエビデンスはありません。しかし、これまでの研究の結果から、26歳以下の女性であれば接種が望ましい。子宮頸がんは30代、40代で発症することの多いがんです。27歳以降でも45歳までは希望に応じて接種が可能ですが、やはりワクチンによって得られる効果は落ちるのは事実です」

「また、年齢が上がるほど、結婚などを経てパートナーが決まっている場合には新しい感染機会も減っていくことが想定されるため、このように説明しています」

30代、40代の場合は子宮頸がん検診を受けることが重要だと木下医師は言う。

その上で、接種をしておきたいと感じる場合には接種しておくことも一つの選択肢であると語った。

(3)どのような効果が確認されている?

HPVワクチンを接種すると、どれほど効果があるのか。

子宮頸がんはHPV感染後、「異形成」と呼ばれるがんの前段階を経てがんとなる。そのため有効性についても、それぞれのステップで検証が行われている。

「初めての性交渉前にHPVワクチンを接種した場合、どれくらいの予防効果があるのか。この状況に最も近い条件、すなわち検査によってHPVに感染していないことが確認された人の予防効果を示す研究結果が発表されています。その研究では、HPV感染に関しては93%、中等度異形成については99%、高度異形成については99%の有効性を発揮することがわかっています」

「感染に関しては検査の精度が100%でないこともあり見た目の数値は低いですが、その次の段階である異形成においてはほぼ100%予防することができます。これはかなり高い効果です」

これらの効果については、すでに数年前から実証されており、こうしたデータをもってHPVワクチンの高い有効性が認識されていた。

一方、一部にはHPVワクチンががんを予防したデータがないことを理由にワクチン接種を控えるよう呼びかける言説も存在した。

しかし、そのような状況も新たな知見によって変わりつつある。

「子宮頸がんになりやすいのは25歳から49歳の人々です。10代でワクチンを接種してから効果が確認されるまでには長い期間の観察が必要となるため、これまでHPVワクチンによってがんを予防することができると証明したデータは存在しませんでした」

「しかし、2020年にスウェーデンで2006年から2017年の全国民のデータベースを用いて、167万人の女性を調査しました。その調査において、17歳までにHPVワクチンを接種すれば浸潤子宮頸がん*のリスクを88%低下させるという研究結果が示され、現在ではがんを予防する効果も証明されています」

※浸潤子宮頸がん:子宮頸がんはがんの前段階である「前がん病変」に分類される「上皮内がん」と、他の臓器にも影響が広がる「浸潤がん」に分かれている。「浸潤がん」まで進行すると、基本的には子宮や卵巣を摘出する手術が必要になる。

(4)安全性のデータは?接種後の体調不良が大きく報じられたが‥

HPVワクチンは日本でも2013年4月から、小学校6年生から高校1年生までの女子を対象に、公費で接種できる定期接種となっており、対象者は無料で接種を受けることができる。

しかし、接種後に体調不良を起こしたという声が相次ぎ、メディアもセンセーショナルな報道を続けたことで、2013年6月に厚労省はHPVワクチンの積極的勧奨を差し控えた。その影響で接種率が大幅に低下している。

当時の報道を記憶している人の中には安全性への不安を抱えている人も少なくないだろう。

しかし、こうした安全性についても8年の間に新たな知見が積み上げられている。

2018年、名古屋市立大学の鈴木貞夫教授による論文(通称:名古屋スタディ)がHPV研究の専門誌「Papillomavirus Research」に採択された。

この論文では月経不順や関節・体の痛み、体のだるさなど24の症状について調査。日本国内のHPVワクチン接種後の症状はHPVワクチンとの関連性がないことが示唆されると総括している。

デンマークにおいても、HPVワクチン接種とその後の体調不良に関する調査が実施された。

国民のデータベースに基づき、ワクチン接種後に確認された症状の発症頻度をワクチンを接種していない人と比較したところ、有意な差は確認されなかったとし、「全くの偶然」と結論づけた。この論文はイギリスの医学誌・BMJに掲載されている。

さらに、韓国でも同様の調査が行われた。

「韓国では44万人(HPVワクチン接種者38万人 / 非接種者6万人)のデータベースを利用した大規模な研究も行われています。この研究ではHPVワクチンの安全性が検証されました」

「HPVワクチンを接種した人と接種していない人を比較し、ワクチン接種後に確認された症状(有害事象)、例えば免疫系や胃腸の疾患、痙攣などの神経的な疾患についてワクチン接種との因果関係を調べたものです」

この研究ではクローン病や潰瘍性大腸炎、静脈血栓塞栓症、ベル麻痺など33の有害事象について検証がなされている。

「研究の結果、33の有害事象についてHPVワクチンとの関連性はないと結論づけられています」

日本国内、デンマーク、そして韓国など世界各国の研究でHPVワクチンの安全性は証明されている。

木下医師は「日本と同じように接種後の症状が問題となった国々でも研究の結果、問題はないことがわかってきている。どのような角度から見ても安全性に問題はないと知ってほしい」と訴えた。

(5)命を落とさずに済んだ女性が5000人以上亡くなる

1994年から2007年の間に生まれた女性に関して、HPVワクチンの積極的勧奨が6年間(2013年から2019年)止まったことによって予測されている影響は次の通りだ。

・将来的に子宮頸がんを発症する可能性がある人:2万4600人〜2万7300人増加

・将来的に子宮頸がんで亡くなる可能性がある人:5000人〜5700人増加

積極的勧奨が続いていたとしても、ワクチンの接種率が100%に達することは難しく、子宮頸がんを発症し、亡くなる人はゼロにはならない。

しかし、積極的勧奨が止まってしまっているために、将来的に子宮頸がんを発症する人は2万4600人から2万7300人増え、そのために亡くなる人は5000人から5700人増えることが予想されている。

「この5000人から5700人の人々は積極的勧奨が続いていれば、命を落とさずに済んだ人々です。こうした数字が現在、積極的勧奨が止まっていることによる影響の大きさを示しています」

(6)男性もHPVワクチンを接種すべき?

HPVワクチンによって防ぐことができるのは子宮頸がんだけではない。

「HPVワクチンは男性にとっても、肛門がんや陰茎がん、中咽頭がんを防ぐという非常に大きなメリットがあります」

海外ではオーストラリアで88%、アメリカで64%の男性がHPVワクチンを接種している。

日本においても4価のHPVワクチンを男性のがん予防のために使用することが承認されており、接種費用は自己負担となるが接種が可能だ。

「私は男性もHPVワクチンを接種すべきだと考えています。中咽頭がんなど男性のがんを防ぐことができますし、尖圭コンジローマという性感染症を防ぐこともできる。さらに、男性への接種が進むことで女性の子宮頸がんを減らすことにつながります」

(7)HPV撲滅に向け前進する国も

日本とは対照的にHPVワクチン接種に積極的な国の1つがオーストラリアだ。

男女ともに高い割合でHPVワクチンを接種し、子宮頸がんの「撲滅」も現実的となってきた。

*ここにおける「撲滅」とは、罹患者が減少し、非常に稀な病気となることを指している

オーストラリアでは子宮頸がんに罹患する人の割合が、2028年に10万人に4人以下に、2045年には10万人に2人以下に、2066年には10万人に1人以下になる見込みだ。この予測は医学誌・The LANCET Public Healthで公表されている。