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「報道が死ななくても済んだ人を殺している」相次ぐ芸能人の自殺、精神科医が過熱する報道に苦言

大きく報じられる芸能人の自殺。だが、そうした報道が「模倣自殺」へとつながることが科学的に実証されている。では、どのような報道が望ましいのか。

芸能人が自殺した際、その情報は各社によって大きく報じられる。

だが、自殺に関する情報は別の自殺を誘発する危険性があり、何をどのように伝えるか注意が必要だ。

とはいえ、完全にそうした情報を遮断することも難しい今、どのように情報へ向き合うべきか。そして、自殺という選択肢が頭をよぎる人やその周囲にいる人は自殺に関する情報があふれた際ににどうすべきなのか。

自殺の実態調査や自殺予防の活動を行う国立精神・神経医療研究センター・薬物依存研究部長で精神科医の松本俊彦さんに話を聞いた。

芸能人の間で自殺が連鎖、影響は一般人にも

今年、芸能人の自殺が相次いだ。

こうした芸能人の自殺について自殺のシチュエーションや方法が似通った例があることも確認されている。そうした実態を踏まえ、松本さんは著名人の間で「自殺の連鎖反応が出てしまったのではないか」と指摘する。

たとえ大きく報じられなくとも芸能人同士の間でいずれは情報が知れ渡るとの考え方もあるが、「マスメディアの報道がこうした芸能人の死に影響を一定程度与えた可能性もある」という。

こうした影響は芸能人だけでなく一般人にもおよぶものだ。

「実際に私が担当している患者さんたちの中にも、ショックを受けて明らかに気持ちが死へと引っ張られてしまう方々が見受けられます。一見キラキラしている世界にいて、表向き幸せそうに見える芸能人の自殺はその落差がいかなる状況にあっても死ぬことが許されるのだというメッセージになる部分があるのも事実です」

「注意しなければいけないのは、その芸能人のファンであったかどうかは影響を受けるか受けないかには関係がないということです。これまでギリギリで踏ん張ってきた方の前に、『自殺』という選択肢が提示されてしまうことで背中を押されてしまう人がいるのは事実です」

いずれは自殺を選んだ人が報道の影響でそのタイミングを早めただけではないのかといった声も上がる。だが、こうした認識は誤りだと松本さんは語る。

「いずれは自殺を選んだであろう人が自殺のタイミングを早めただけだという解釈が正しいのであれば、その後の自殺が減らなければ整合性がとれません。ですが、データを見る限りそのような変化は見られない」

「明らかに報道が死ななくても済んだ人を殺しているんです」

松本さんはこう断言する。

報道がなければ起きなかった自殺が増加

自殺に関する情報によって誘発される自殺は「模倣自殺」と呼ばれる。

自殺や自殺への対策に何が影響するのかその要因は完全には解明されていない。しかし、メディアの報道が自殺対策の取り組みを強めることもあれば「模倣自殺のリスクを高めてしまうこともある」と松本さんは言う。

これらには科学的な裏付けがある。

報道が模倣自殺を引き起こす現象は「ウェルテル効果」と呼ばれる。ゲーテが『若きウェルテルの悩み』という小説を出版した18世紀後半、小説の影響を受けて主人公と同様の服を身につけ、同じ手段で自殺するケースなどが多数報告されたことに端を発する。

1970年代以降は新聞の1面に自殺関連の記事が掲載された月と全く掲載されなかった月の自殺者数を比較した研究が行われ、1面で自殺関連の記事が掲載された月の自殺による死亡者数が著しく増加していることなどが確認されている。

自殺手段を伝える報道記事や自殺に関する人々の誤解を助長する報道記事も報道後の自殺増加につながることがわかっている。

WHOの「自殺予防 メディア関係者のための手引き」では「報道後の短期間に起きるような自殺の増加は、どちらにせよ起こったであろうという自殺が単に早く発生したということではない」と結論づけられており、「報道後の短期間に起きる自殺は、不適切なメディア報道が無かったら起きなかったと考えられる自殺」とされている。

思い悩む人の背中を死へ後押ししてしまう報道とは

昨今の芸能人の自殺に関する報道について、松本さんはどのように見ているのか。

「自殺の手段やその状況について細かく伝えすぎたと思います。また、亡くなられた方について他の芸能人の方のコメントを伝える記事を紹介して悲しみが世界に広がっているとするのは良くないと思います」

また、その芸能人がどのような理由から死を選んだのか憶測を呼ぶ内容も好ましくないと松本さんは言う。

「憶測の物語を伝える方は当てずっぽうなことも多いでしょう。ですが、そのような憶測で伝えられたような悩みを抱えている人は必ずどこかにいます。その時、そうした悩みを抱える人たちにとって『自殺』が1つの解決策のように提示されてしまうことは死へと背中を押してしまいかねません」

「記事や番組としては無味乾燥なものになってしまうかもしれませんが、報じるのであれば報道しても良いとされている事実を淡々と伝えることが必要です」

相談窓口を紹介することは免罪符か?

10/19(月)【報道関係各位:厚労省との連名文書】センセーショナルな自殺関連報道は、とりわけ子どもや若者の自殺を誘発しかねないことから、WHOが『自殺報道ガイドライン』を公表。報道において「やるべきこと」と「やるべきでないこと」を列記しています。これを踏まえた報道をお願い致します。

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近年は記事の末尾や番組内で思い悩む人に向けた相談窓口などが紹介されるケースが増えている。

だが、こうした相談窓口を提示することが著名人の自殺を報じる免罪符になっているのではないか。松本さんは問題提起する。

「以前に比べれば報道が改善されていることは間違いありません。その点に関しては専門家として評価しています。ですが、同時に『相談窓口を紹介すれば何を報じてもいいの?』と感じる方も多いはずです。相談できる場所があると伝えることはもちろん重要です。重要ですが、これだけでは助けを求めよう、SOSを出そうと思うには至らないことが多いのではないでしょうか」

WHOのガイドラインでは、以下の6点はやってはいけないとされている。

(1)自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと。
(2)自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと。自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと。
(3)自殺に用いた手段について明確に表現しないこと。
(4)自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと。
(5)センセーショナルな見出しを使わないこと。
(6)写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと。

また、以下の6点はやるべきこととして例示されている。

(1)どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること
(2)自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと
(3)日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること
(4)有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
(5)自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること
(6)メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること

ガイドラインに基づく報道で自殺減少のデータも

一方、メディアの報道が自殺を踏み止まらせることに一役買うこともある。

オーストリアのウィーンでは地下鉄における自殺の報道をガイドラインに沿った形で行ったところ、地下鉄の自殺死亡率が75%低下。またウィーン全体の自殺による死亡率も20%低下したことが研究の結果、明らかとなっている(Etzersdorfer E, Sonneck G , Arch Suicide Res. 1998)。

このように適切な支援先や自殺に関する正しい情報を提供することなどが自殺による死亡率を減少させることにつながることは「パパゲーノ効果」と呼ばれ、科学的にも実証されている。

松本さんは新聞の限られた紙面の都合上難しいことは理解していると前置きした上で「著名人の自殺があった時には困難な状況に陥り、一度は自殺を考えた人が支援へとつながることで幸せになっていくという物語を報じてほしい」とメディアに要望する。

「もちろんその日起きたことを伝えるニュースの中で、いきなり物語を交えることは無茶な話であることは理解しています。でも、自殺の報道は人の想像力をあらゆる形で刺激しませんか?だからこそ、そのような報道があふれているときに支援へつながって自殺を避けることができたというエピソードが広く伝わってほしいと思うのです」

思い悩む人にどう接する?

7月以降、日本における自殺者は前年比で増加を続けている。

「いのちを支える自殺対策推進センター」は10月21日、自殺の動向に関する分析を取りまとめた緊急レポートを発表し、様々な年代で女性の自殺が増加傾向にあること、自殺報道の影響とみられる自殺の増加が見られること等を報告している。

「やはり死を考えている方は、自分からは追い詰められているとは言い出しにくいですよね。でも、矛盾するようですが彼らは誰かから声をかけられることを待っているのだと私は思うんです」

思い悩む人が周囲にいるとき、私たちはどのように接するべきか。頭を悩ませる人も少なくないのではないだろうか。

「大きな橋から飛び降りる人の多くはなぜか海の方ではなく、街の方に向かって飛び降りることが多いのも事実です。また、湖畔で自殺を選ぶ方も、なぜか民家の近くで首を吊られる人が少なくありません。ここから言えるのは、人はギリギリまで誰かが自分に関心を持ってくれることを待っている側面があるということです」

もしも身の回りにいつもと様子が異なる誰かがいたら、まずは声をかけてほしいと松本さんは強調する。

「あれちょっといつもと違うな、塞ぎ込んでいるなと思うなら声をかけてほしい。『別に』『大丈夫』と答えが返ってくるかもしれないけど、『煩わしいかもしれないけど、もしよかったら話してね』と伝えてほしい」

「自殺を考えているんじゃないかと思うなら、『死ぬこととか考えてる?』って率直に聞くことも1つの方法です。死ぬことを考えているのかと尋ねることが自殺の呼び水になることはありません。むしろ、この人の前では自分の悩みを隠さなくても大丈夫だという安心感へとつながるんです」

「死にたい、死にたいと言っている割には死ぬ気配がないし、『死ぬと言ってる奴は案外死なないもんだ』『死にたいと言っているうちは大丈夫』と思う人もいるかもしれません。でも、言わなくなったら時はもう助ける手立てはない。手遅れなんです」

「だから、『死にたいなんて言うんじゃない』『生きていることへの感謝が足りない』と説教をするのではなく、『正直に言ってくれてありがとう』と伝えてほしいと思っています」

今、悩むあなたに伝えたいこと

松本さんは診察室で思い悩み、死を選ぶことが頭をかすめている人たちと向き合う。そこでは「生きていればいいことがある」といった「安易なことは言えない」と明かす。

「僕は死を宣言する人に対しても、『来週も予約を入れたから、ここで待っているよ』と伝えることしかできません。『あなたに死んでほしくないと僕は思っている。だから、待っているよ』と伝えることしかできないんです」

「もしも今、死にたいぐらいしんどい気持ちの中にあるのなら、そのつらさや苦しさを自分以外の誰かにも知ってもらうことは意味があると伝えたい。一番の孤独は自分一人で悩むことですから」


「いのち支える自殺対策推進センター」が掲載している全国の相談先窓口リストはこちら

自殺予防いのちの電話:0120-83-556
よりそいホットライン:0120-279-338