成人の日を振袖で祝福した。家族以外の「誰か」が施設出身者に伴走して

    児童養護施設出身者を支えるため、2017年4月から調布市でスタートした「ステップアップホーム事業」。この事業では金銭的な支援を行うだけでなく、「世話人」と呼ばれる同性の大人をマッチングしている。

    「よかったら、うちに着物あるからね」
    そんな言葉が自然と口をついて出た、と浅野智子さんは振り返る。

    児童養護施設を巣立ち、1人暮らしを始めたばかりの石井舞さん(仮名)とは「世話人」としてその日初めて顔を合わせたばかり。だが、まもなく20歳の誕生日を迎えることを知り、成人式のことが頭をよぎった。

    浅野さん自身も母子家庭で育ち、決して裕福な家庭だったわけではない。それでも、母親は必死で働き手にしたお金で振袖を買い、ハレの日を祝ってくれた。

    振袖を着たいと願っても、施設出身者の多くにとっては金銭面の理由から手が出ない。そんな実状を浅野さんは知っていた。

    「これはね、理屈じゃなくて、私が振袖を着せたくなってしまったんですよ(笑)。もしよければ振袖を着てくれないかなって」

    2019年1月14日、石井さんは浅野さんから借りた振袖を着て成人式に参加した。それは浅野さん、そして浅野さんの娘が成人式で袖を通した振袖だ。

    いざというとき、頼れる誰かがいない不安

    18歳になったと同時に「自立する」ことを半ば強制的に求められる人々がいる。石井さんのように様々な事情から家族と暮らすことができず、児童養護施設や里親のもとで育った子どもたちだ。

    現在は措置延長も可能となり、施設や児童相談所と相談の上で施設で暮らす期間を最大4年間延長することが制度上は可能となっている。だが、児童虐待の通報数が年々増加する中で、すべての子どもの自立の準備が整うのを待っていられるほどのキャパシティは児童養護施設や自立援助ホームにはない。

    そんな施設出身者を支えるため、東京都調布市は「ステップアップホーム事業」を開始した。借り上げたアパートの定額での貸し出しと家賃補助、そして「世話人」と呼ばれる同性の大人をマッチングする。

    施設出身者が抱える代表的な課題に、賃貸契約の保証人の問題がある。施設職員は保証人になることはできず、賃貸契約が結べない場合がある。また生活費と学費を稼ぎながら大学で学ぶことは容易でない。「ステップアップホーム事業」を使えば、こうした負担を軽減することができる。

    石井さんが育児放棄と父親からの虐待を理由に、2人の兄と2人の妹と児童相談所の職員に保護されたのは5歳のとき。19歳になるまでの14年間を調布市の調布学園で過ごした。

    高校卒業後は大学進学を選択した。

    「高校卒業時点での私には、まだできることがないなと思ったんです。私の場合は高卒で働き始めても何にもなれないと思って、大学に進学すれば生き方に幅ができると考えました」と進学を希望した理由を語る。

    児童養護施設出身で4年制大学へと進学する人の割合は、一般的な大学進学率71.2%(過年度卒業者を含めると80.0%)と比較すると依然として低い。だが、施設職員は石井さんの選択を強く後押しした。かなりの数の奨学金に応募し、無事に奨学金を支給してもらうことで進学を実現した。

    高校卒業後も約1年は延長措置をとって調布学園で過ごした。背景にあったのは金銭面での不安だ。

    「高校卒業していきなり1人で外に出るのが怖かったというのもあるんですけど、やっぱり金銭的な理由ですね。できるだけ学費と生活費を貯めておきたいなと」

    2017年4月から2018年2月まで大学へは調布学園から通学し、その後は調布市内で一人暮らしをしている。入居したのは「ステップアップホーム事業」の住宅支援を通じて見つけたアパート。家賃補助も出るため、自己負担額は少額で済んでいる。

    アルバイトは2つ掛け持ち。食事や服にはあまりお金をかけず、稼いだお金はなるべく貯金した。自分の人生は自分一人で何とかしていかなくてはいけない。そんな思いが、いつからか根付いている。

    もしも病気やけがなどでつまずいたとき、金銭面で頼れる人はいない。一歩間違えばいまの暮らしはない、そんな危機感は常にある。

    それでも、いまは自分ひとりの時間を楽しんでいると石井さんは笑顔でつぶやく。

    ようやく手にした一人部屋は、ルームシェアをして過ごした14年の間、ずっと欲しかったものの1つだった。

    施設職員ではない、世話人だからできることがある

    世話人の浅野さんは月に1度は石井さんと会い、彼女の悩みや日常で起きた出来事など様々な話に耳を傾ける。

    浅野さんは以前は都内の中学校で教員として働いており、20年前からは非常勤講師として複数の学校に勤務する生活を続けている。仕事の時間以外にも浅野さんと友人たちは地元・調布市で放課後の学習支援を実施してきた。

    そんな中で、児童養護施設での学習支援ボランティアを行い、施設を巣立った子どもたちの多くが育った施設以外に頼る先もないまま、自立を求められている現状を知る。

    「施設を出た子たちを取り巻く環境はあり得ないよねと、何度も話に上がっていたんです」

    「子どもたちって親のすねをかじってかじって、ちょっとずつ力をつけて自立していくわけじゃないですか。だけど多くの場合、児童養護施設を18歳で巣立った子どもたちは自分一人でやっていかなくてはいけない」

    施設を巣立った人の多くは、自分を育て、送り出してくれた職員に対して感謝の気持ちを抱いている。一方で、だからこそ何か悩みがあるときに自分から「助けてくれ」と相談を切り出しにくい側面もある。

    自分が生活していた場所は、卒業後は他の誰かの居場所だ。具体的に足を運ぶ理由がなければ、施設から足が遠のく退所者たちも少なくない。

    そういった現状を前にして、施設職員ではなく世話人が施設を巣立った子どもたちの自立を支えることに一役買うという話を耳にした。

    それまで会ったこともない誰かの人生に関わる、その責任は決して軽いものではない。

    だが、浅野さんはそれまで地域で交流する中で、調布学園を信頼していたことから、「近所に住む子であれば担当する」という条件付きで世話人へ手を挙げることを決めた。

    「舞ちゃんは学園で長く育ってきた子で、職員さんたちは彼女のことを本当によく知っている。そして学園は私のことも活動を通じて知ってくださっています。だから、引き受ける上での不安はありませんでした」

    「がむしゃらに働かなくても進学できる」と伝えられるように

    東京都の児童養護施設には自立支援コーディネーターと呼ばれる職員が配置されている。主な業務は入所児童の就職や進学に向けた準備と退所後の継続的な支援だ。

    調布学園で自立支援コーディネーターを務める黒川さんは、これまでも施設を巣立つ子どもたちへ、意識的に進学という選択肢を薦めてきた。

    「18歳で働くことはかなり厳しい。それに子どもたちにも、もう少し遊んでいたい気持ちもあると思うんです。専門学校や大学など学校に通うことも大変だけど、もう少しだけ学生である期間を伸ばしてあげたい」

    そうした中でステップアップホーム事業は力強い後押しとなっていると、黒川さんは語る。

    この事業を使うことでお金を借りなくとも進学することも可能となった。仮に進学先でつまづいたとしても失敗した場合のリスクも最小限となるため、進路を一緒に考える上での選択肢の幅も広がっている。

    「普通であれば、これだけの貯金とアルバイトでしっかり稼いで、ようやく進学することができると伝えなくてはいけない。お金を借りると、これだけの借金が卒業後に残るけど、それでもやる?と問いかけなくてはいけないんです」

    「でも、ステップアップホーム事業があるから、お金を借りなくても進学することができると子どもたちに伝えることができ、将来の選択肢が広がっています」

    2004年から入所児童の自立支援と並行して施設退所後の相談援助が児童養護施設の主たる目的と定義された。だが、目の前の子ども一人ひとり、施設を卒業した一人ひとりの人生にしっかりと伴走するには人手が足りていない。

    そんな中、東京都は国に先がけて2012年から独自に自立支援コーディネーターを都内の児童養護施設へ配置している。背景には目の前の子どもに一生懸命に向き合うだけで精一杯な現場職員を取り巻く実情がある。

    在籍している子どもと施設を巣立った子ども、どちらか一方が大事ということはないと前置きした上で、黒川さんは現場で施設職員たちは板挟みの苦しみを抱えると明かす。

    「ここまでやれば十分という決まりはない。目の前の子に対してやりたいことはいくらでもあるし、やってあげたいことはいくらでもあるんです。そんな中でアフターケアの支援をしづらい側面があります」

    NPO法人ブリッジフォースマイルが2018年に実施した調査によると、施設職員の58.3%が退所後支援のボトルネックとして「職員の数や時間」を挙げている。

    「どれだけアフターケアに関する仕事を勤務時間内でやってもいいよと言われても、ちょっと時間ができたら目の前の子とお出かけしよう、目の前の子のためにできることがないだろうかと考えてしまう」

    そのため施設退所者とのコミュニケーションは業務時間や休日となりがちだ。だからこそ、施設内に担当する子どもを持たない自立支援コーディネーターの存在が重要だと強調する。

    東京都の自立支援コーディネーター配置、そして調布市の「ステップアップホーム事業」、どちらも対象地域が限定された取り組みだ。生まれ育った場所の違いは、そのまま受けることのできる支援の格差へとつながっている。

    児童養護施設を巣立った後、誰もが課題を抱えた時に誰かを頼ることができるよう、こうした一つひとつの取り組みを全国共通の仕組みへと広げていく必要がある。