Posted on 2016年8月31日

    森鴎外の意外な「大発見」 あまり知られていない文豪たちの逸話

    変わった人が多かったんですね。

    猫は本当に名前がなかった

    国立国会図書館蔵 / Via ndl.go.jp

    「我輩は猫である」のモデルにもなった、夏目漱石(1867−1916)の家で飼われていた猫は、死ぬまで名前はなかった。漱石は猫が死んだ後、墓標には「猫の墓」と書いて弔ったが、人間顔負けの「死亡通知」を友人たちに送った。

    (参考:夏目漱石「永日小品」)

    「死んでません」と書いて寝たアンデルセン

    Hulton Archive / Getty Images

    「マッチ売りの少女」などで知られる、童話作家のハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805−1875)はとても心配性で、寝ている時に死んでいると誤解されないように「死んでいません」と枕元の机にメモを残してから寝ていた。

    (参考:エリアス・ブレスドーフ「アンデルセン生涯と作品」)

    正岡子規には「野球」という雅号があった

    国立国会図書館 / Via ndl.go.jp

    ベースボールを「野球」と最初に翻訳したのは中馬庚(1870−1932)だが、その5年前、ベースボールに熱中する学生だった正岡子規(1867−1902)は、幼名の「升(のぼる)」とかけて「野球(のボール)」という雅号を使っていた。

    子規は「打者」「走者」などの野球に関する訳語を生み出し、2002年に野球殿堂入りを果たす

    (参考:正岡子規「松蘿玉液」)

    ドラッカーが驚いたカフカの大発明

    Hulton Archive / Getty Images

    「変身」などで知られる作家フランツ・カフカ(1883−1924)は労働者傷害保険協会に勤めていた。ピーター・ドラッカー(1909−2005)は晩年の著書「ネクスト・ソサエティ」で、カフカが安全ヘルメットの発明者であると記している。

    (参考:池内紀「カフカの生涯」)

    森鷗外の「大発見」は「ヨーロッパ人も鼻糞をほじる」

    国立国会図書館 / Via ndl.go.jp

    森鷗外(1862−1922)は、「大発見」(1909年)という小説で、ヨーロッパ人は鼻糞をほじるのかを調べ、ついにその記述を発見したことを記している。

    鷗外は衛生学を学ぶためにドイツ留学した際、当時の駐独日本大使に「人の前で鼻糞をほじる国民に衛生も何もあるものか」と罵倒され、3年間鼻糞をほじるヨーロッパ人を探したが見つからなかった。20年以上が経ったある日、ついに鷗外は、デンマークのグスタフ・ウィードが書いた「2×2=5」という脚本に鼻糞をほじる記述を発見した。

    「大発見」には「僕は謹んで閣下に報告する。欧羅巴人(ヨーロッパ人)も鼻糞をほじりますよ」と記されている。

    そして、鷗外は何かを発見することについて次のように記している。

    発見は力づくでは出来ない。一目の羅(あみ)は鳥を獲ず。鳥を獲る羅(あみ)は唯だ是一目である。

    「目が一つだけの網では鳥は捕まえられないが、鳥が捕まるのは網の目の一つに過ぎない」という意味の言葉だ。

    BuzzFeed Daily

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