あのテレビ番組は出るのが嫌だった──人気芸人は、なぜそう語るのか

    ハライチの岩井勇気。彼はデビューしてすぐにブレイクするももの、当初は相方の澤部のみがテレビ番組に多く出演し、「じゃない方芸人」とも呼ばれた。7月には自身初原作・プロデュースを務める乙女ゲームを発売、8月には原作を務めるマンガ『ムムリン』の連載がヤングマガジンで始まり、9月28日には2作目のエッセイ集『どうやら僕の日常生活はまちがっている』(新潮社)が発売される。この躍進ぶりを見ると、まったく「じゃない方」ではない。

    テレビ、ラジオで引っ張りだこなうえに、エッセイを書けば10万部を売り上げる。ハライチの岩井勇気は幅広い活躍を見せている。

    デビューしてすぐにブレイクしたものの、当初は相方の澤部のみがテレビ番組に多く出演し、「じゃない方芸人」とも呼ばれた。しかし現在の躍進ぶりを見ると、まったく「じゃない方」ではない。

    7月には自身初原作・プロデュースを務める乙女ゲーム『君は雪間に希う』(Nintendo Swichi専用ソフト)を発売、8月には原作を務めるマンガ『ムムリン』の連載がヤングマガジンで始まり、9月28日には2作目のエッセイ集『どうやら僕の日常生活はまちがっている』(新潮社)が発売される。ここ数年の変化について話を聞いた。

    「アイドルじゃないっつーの!」

    ――本を書くようになって変わったことはありますか? 本作でも前作『僕の人生には事件が起きない』のプロモーションに触れて「本の宣伝でやたら写真を撮りたがる。アイドルじゃないっつーの!」と書いていたので、周りの目が変わったように見えました。

    正直、前のエッセイが何で売れたのかわからないんですよ。自分なりにしっかり書いてますけど、文章がうまいわけでもないから、信用してない。そういうときに、ビジュアルに寄った取材をされると「中身はなんでもいいんかい!」って思うんですよ。知名度とかビジュアルがあれば「文字を埋めてるだけでいいのかよ」って腹が立つ。

    ――人気が出るのを実感できて舞い上がってしまいそうですが……。

    僕は漫才をつくって面白さを売ってる職業なので、違和感を覚えるんです。外見に対しては何の努力もしてないから、ビジュアル重視で出されると、なんか違うな…と。外見面で努力してたらいい気分になると思うんですけど、自分の場合は手応えがないです。

    ――アイドル以外にも「先生」扱いをされたり、とかはありますか?

    ありますよ。書店に行ったら、社長室みたいなところに通されて、ちゃんとしたお茶出されて……。

    ――普段は違うんですか?

    芸人って、基本的にはバックヤードとか会議室みたいな控室を用意されて、そこにはポットとカップ麺がおいてあるだけですから。「勝手にやっててください」みたいな感じ。人気とか知名度に関係なく、全体的にそうだと思いますよ。こういうインタビューもほとんど経験したことないですから。芸人って社会的地位が低いと思われてるんじゃないかな。それを嘆いているわけじゃないし、このままでいいと思うけど……文章書くのって「偉い」んだなって思いますね。

    ――逆に、本を出すことで自分自身が変わったと思うことはありますか?

    ないんですけど……ないようにしているだけかもしれないですね。意志、みたいな。ネタで「文章書いてます」とは言いますけど、作家を気取るとヤバそうなので。

    ――ヤバそう、とは?

    やっぱり、僕にとってはお笑いが一番なので。全部の仕事はお笑いにつながるようにやっていきたい。お笑いをやってるときに、つまらなくなりたくないですね。

    正直、芸能人っていう意識もないんですよ。自分は芸能人じゃなくて芸人。「ネタで笑わせてくれ」と言われたら、本気を出すけど「芸能人なんだから愛想よく」みたいな言説は、ちょっと意味がわからないですね。「普通こうだよね」を押し付けられること自体、すごく嫌なので。

    愛想よくして、濃いファンだけを喜ばすようなことも嫌です。迎合を意識した時点でつまらなくなるから。基本的には、新規のお客さんを大事にしたい。これはネタづくりでもかなり意識してます。

    「オレのことなんか誰も知らない」

    ――ラジオは大切な場所だとされていますが、ラジオというメディアは濃いファンに支えられているイメージがあります。

    ラジオは自分にとって大切な場所だけど、「ラジオだから特別に」みたいなことは一切してないですね。ラジオで言う強めの発言をテレビでも言っちゃってるんで。古くからのファンだけじゃなくて、その日初めて聞いた人でも楽しめるようにしてるつもりです。なんなら「自分のラジオなんて誰も聞いてねえぞ」って気持ちでいます。

    ――「ハライチのターン」は、5年も続く人気番組なのに?

    「オレのことなんか誰も知らない」って思わないと、新規の人が聞いて面白くないじゃないですか。台本もないし、打ち合わせがあるわけでもないけど、いつも本番の2時間半ぐらい前にスタジオ入りしてトークの内容を考えてます。最近起こったことを思い出して形にしていくだけなんですけど。

    エッセイも似ていて、家に帰ってから一気に書いてます。多分、ラジオで構成力みたいなのが、鍛えられたんだと思います。

    ――8月からは、原作を担当している『ムムリン』が連載開始したばかりです。アイディアが枯渇することはありませんか?

    ない、ですね…。インプットはアニメを見てるぐらいで、テレビもあんまり見てないです。お笑いのネタも、エッセイも、いつも思いつきなのでマンガも同じです。今15話までつくってるんですけど、いけそうな感じがしてます。

    ――順調そうですが、苦労はないのでしょうか?

    今まで、複数人で何かをつくる経験はほとんどなかったんです。マンガは自分だけでつくっているわけじゃなくて、絵にしてもらわないといけない。僕は共同作業が得意じゃないので……人の意見を聞いて反映するのがめんどくさい……けど、楽しいです。

    誰かと一緒に何かをつくれるようにならなきゃダメだとは思ってたから、いい経験です。全部を自分一人でやっていくと限界があるじゃないですか。手札を絞っていくしかなくなるから。

    M-1に出る理由「客前で漫才をやりたい」

    ――ほかの仕事もすべてお笑いの肥やしにしている?

    そうですね。やっぱり芸人なんで。

    ――4年ぶりにM-1に出場するのも話題になりました。ラジオでは「試しにエントリーしてみたら、できちゃったから出場する」と話していましたが……?

    ……なんとなく出てるんです。

    客前でネタをやる機会があるならやろうかなって。今はライブも少ないんで……やっぱりね。一個一個の機会を大事にしたい。自分たちのファンに向けた感じの単独ライブはやりたくないんですけど。

    ――アウェイで戦ってるのが好き、みたいな?

    好きですね。アウェイのほうが正当な評価じゃないですか。自分たちの客の前だと甘えちゃう。これを繰り返していくと、面白くなくなる気がするんです。だから、こういうのに出ておいたほうがいいんですよ。特に賞レースだと厳しい人間が多いし。

    自分がつくったものが評価されるのが好きなんですよね。単独ライブで内輪的に盛り上がるより、めちゃくちゃいいネタを1個つくれたときのほうが嬉しい。そのためには、客前でやっておきたい。

    嫌われてもいい。でも…

    ――テレビにラジオに、いろんな場所で笑いを追求しているのに、「ピカルの定理」の頃はつらかったと語られていて驚きました。

    あの頃は単純にやっていることがおもしろいと思っていなかったんですよね。自分たちでネタをつくれるわけじゃなく、指示されたことをやっていたので。センスが合えばよかったと思うんですけど、自分には合わなかった。

    ほぼ毎回ゲストがきますが、その番組内のネタを自分たちがつくったって思われると嫌だなって思ってましたね。

    ――自分が嫌だったことや許せないこと語るのってかなり勇気がいりそうですけれど……。特に人気商売なイメージがあるので。

    どう思われてもいいし、究極、嫌われてもいいと思っているんですよ。本当に……。こういう発言をして「番組から出て行ってください」って言われても、自分が乗り気ではない仕事だからなんとも思わないですね。「意見を言う」って行為は、どんなに良い内容でも悲しむ人が絶対いるから、考えだしたらキリがないんですよ。

    お金に興味ないのが大きいんだと思います。都合よく使われたほうがきっとお金になるだろうし、エッセイだってテレビ業界への不満とかそれっぽいことを書いたほうが売れるんだろうなって思うんですよ。でも、そこまでしてお金を稼ぎたいと思わない。それよりも、悔いなくやっていきたい。今回のエッセイも身を削る内容じゃなくて、思いっきり30代独身男性の日常を書きましたから。芸能活動自体にもあんまり執着がないんですよ。

    あー……でも、唯一、気にかかるのは坂下千里子さんですね。

    ――ラジオでも2019年から毎年「坂下千里子生誕祭」を開催してますよね。

    千里子さんは、俺がこういう風に……今みたいに忖度なく話す感じがフィーチャーされる前から「岩井くんのその感じ面白いよ」って言ってくれた人なんです。本番で褒めてくれるわけじゃないんですけど、スタジオの前でモナカをかじりながら「ハライチはあなたがいるから素晴らしいの! 応援してるから!」って励ましてくれて。一番最初に自分を認めてくれた人。千里子さんがいなかったら、辞めていたかもしれないって思いますもん。

    いつ芸能活動やめてもいいと思いつつ、自分が辞めることになったら坂下千里子さんが悲しむだろうなって考えますね。やっぱ、1人でも笑ってくれるなら、その人のために頑張ろうと思えるんです。