クリスマスが怖い

    妬みじゃない。嫌悪でもない。

    街中にイルミネーションが灯ってキラキラしている。寒い中、足を止めてそれを撮る男女。シャンシャンとリズムを刻むBGMが流れる前には、輝くモミの木が鎮座する。どこに店に入っても代わり映えのしないコンビニにも、赤と緑でデコレーションされたケーキが並ぶ。無機質さが心地いいはずの場所なのに。

    ああ、もうすぐクリスマス。

    街に居心地の悪さを感じてTwitterを開くと「この季節になると、ワクワクしちゃう」という投稿に出くわす。その瞬間、真顔になる。いや、もしかしたら微動だにしていないかもしれない。とりあえず心にピシッと亀裂が入る。

    正直、そうつぶやける人が羨ましい。

    でも、どうしても息苦しくなってしまう。焦燥感と疎外感と、照れくささみたいな感情がまざって、喉元がつまるのだ。

    なんていうか、街のリズムについていけない。みんなは楽しそうに、『ラ・ラ・ランド』みたいなステップでキラキラした街を歩いて行く。

    イルミネーションをピカピカ光らせたショップに入り、プレゼントを買って、フォトジェニックなケーキを予約するんだろう。クリスマス当日は溢れんばかりの幸せを噛みしめて、iPhoneで写真をたくさん撮り、その中で一番いいものをインスタに上げる。選ぶときまで多幸感でいっぱいだ。

    私はそれができない。嫌悪しているわけでもなく、嫉妬しているわけでもない。

    そもそもクリスマスの記憶があまりない。バイトをしたり受験勉強をしたり、大人になってからは仕事に精を出した。終電まで残業をしていると、カップルが街から姿を消していて丁度いい。「独り身の仲間で集まろう!」と騒ぐ集団もいなくなる。

    なぜ、こんな風になってしまったんだろうか? 幼い時は、サンタクロースからのプレゼントを楽しみに、ツリーの飾り付けをしてケーキを食べた。すごく楽しかった。でも、いつからか、クリスマスに重圧を感じるようになってしまった。

    街もテレビもインターネットも、みんなが12月25日に向けて、「何か楽しいことがある」と盛り上がる。そんな雰囲気に飲まれて、ちょっと期待をしてしまっていたんだと思う。「今年のクリスマスはきっと素敵に過ごせるかな」と。

    でも、その期待はことごとく裏切られた。長い間、恋人はできなかったし、"クリぼっち"仲間もいなかった。25日が近づくほどに、焦燥感が増していく。まるで時限爆弾みたいだ。

    もしかするとクリスマスというのは、人徳の通信簿なのかもしれない。人付き合いの悪さを突きつけられているようで怖い。そんな気持ちもある。

    家族との楽しいクリスマスから、友人とワイワイする時間になり、恋人と過ごす一大イベントになっていく。周りの友だちはそんな大きなリズムをのりこなしていた。気がつけば、クリスマスは私にとって「置いてけぼり」になったことを実感する日になってしまったようだ。

    だから、頭の中の「クリスマスフォルダ」を、丁寧に「ごみ箱」にいれてきた。記憶がほとんどないのはこのためだ。

    意固地になって「クリスマスなんて爆発しろ」と思う時期もあった。この気持ちは間違いなく妬みからくるものだ。劣等感と疎外感は、心を固く冷やす。カチカチになった心であれば、クリスマスの重圧にも耐えられると勘違いしていたのだ。

    とはいえ、心のどこかで「楽しいクリスマスを経験したら、あっち側に行けるのでは」とも思っていた。

    いっそ凍てついてしまえばいい。でも、その境地に行けない私は、冷え切った足元を引きずることしかできなかった。

    楽しいクリスマスが皆無かと言えば、そうでもない。でも指を数えるくらいしかないし、やっぱりほとんど覚えていない。

    好きな人と過ごせるとして、まず頭が沸騰する。しかもプレゼントを交換するだと? 相手が喜ぶものって何? いくらぐらいが相場なの? 高いと重すぎる? 微妙な顔されたらどうしよう…と、ぐるぐるぐるぐる不安が回る。楽しみたいのに、独り身とは違う重圧が足に巻き付く。

    足に重りをつけた人間が、軽快なステップを刻めるわけがない。いざ、誰かと一緒にいると、本当は楽しかったり嬉しかったりするのに、どうしても上手く笑えない。

    目の前に置かれた甘い時間を、本当はペロリとたいらげてしまいたい。でも、「あ…う…」とロボットみたいに硬直して、手を前に伸ばせない。自分に不釣り合いな気がして、負い目すら感じてしまうのだ。

    お酒の力を借りてようやく素直な言葉が出てきても、すぐに意識がなくなってしまう。考え過ぎで、恥ずかしがり屋。損する性格だと常々思う。

    足元を冷やし続ける氷は、いつか溶けてくれると信じたい。でも、今だけは言わせて欲しい。クリスマスが苦手なんだ。変な期待と、それに裏切られ続けてできた傷が混ざって、痛いんだか痒いんだかわからない。

    会社の前に飾られたクリスマスツリーは、今日もキラキラと輝いている。私はそれを見ながら「あっ…あっ…」と、ぎこちないステップを踏み、口をパクパクさせることしかできない。この浮足立った季節は、どうにもこうにも居心地が悪い。