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82歳のおばあちゃんは、Appleが認めた開発者。その人生観が深かった…

私には夢があるの。

「80歳過ぎてからプログラミングをはじめて、アプリを出したらこんなことになっちゃった」

そう語るのは、若宮正子さんだ。御年82歳。彼女は、今年からプログラミング言語Swiftを学び始め、アプリをリリースした。

そんな実績が評価され、Appleがサンノゼで開催している開発者イベントWWDCに「サプライズスペシャルゲスト」として招待された。目をピカピカ輝かせてハッキリとかわいらしく話す彼女は、「マーちゃん」という愛称で呼ばれる人気者だ。

BuzzFeedは彼女に現地で会い、話を聞いた。どうしてプログラミングをはじめたの——?

母の介護をしている最中、出会ったインターネットに「翼をもらった」

高校を卒業したマーちゃんは銀行に就職し、定年まで勤め上げた。

「私がある程度年齢を重ねてから『女性の社会進出』も好意的になりましたけど、確かに『女は家庭に』という風潮もありました。でも、私は自分に都合の悪いことは耳に入ってこないみたいで(笑)」

社交的な彼女にとって、仕事は楽しいものだったのだろう。それと同時に、60歳以降の生活を少し憂鬱に感じていたそうだ。母の介護に専念しなければならなかったため、外部の世界を見られなくなってしまうと思ったからだ。

家にこもっているとふと思う。「介護とおしゃべりを両立させたいな」と。

そこではじめたのがインターネットだった。シニア向けのサイト「メロウ倶楽部」に参加したのだ。機械音痴だった彼女は、パソコンの使い方すらわからず、接続をするだけで3ヶ月も要した。パソコンがインターネットにつながり、「ようこそ、マーちゃん」という画面上の文字を見た時には、汗と涙で顔を濡らしたそうだ。

「私は翼をもらったのです。その翼はパソコンを使う前には知らなかったような広い世界へ私を連れて行ってくれたんです」

インターネットやパソコンの可能性を感じたマーちゃんは、その後Excelを使ったイラスト作品(Excel アート)を考案し、一躍有名人となった。

「もともと、モノ作りをするのが大好きだったのですが、手芸みたいな作品だと、直接会う人にしか差し上げられないでしょう? でも、友だちだけじゃなく、私と会ったことがない人にも楽しみを与えてみたいなと思ったんです。ロマンを感じちゃうの」

そんな理由から、2017年からプログラミングの勉強をはじめ、シニア向けのゲームアプリ「hinadan」を開発した。「多くのアプリは若い人向けで、私と同世代の人にはつまらない。年をとると、目も悪くなるし、指も思うように動かない。そういう人でも楽しめるように配慮した」ゲームだ。

がんばらなくてもいい。なんとかなると信じる力

もちろん、開発の勉強を始めた当初は、苦労することも多かった。しかし、それでも投げ出さなかった理由はなんなのだろう?

「漠然と、なんとかできるんじゃないかなって思ってたんです。気楽に楽しみながら作ってましたから」

向上心、野心、負けん気……挑戦するモチベーションとなるような単語は一切出さずに、ゆるやかに話す。

「それにね、何かにトライして失敗しても、無駄になることは絶対にないんです。だって失敗から勉強できるわけだし、経験を積めるので、今後につながっていく。失敗はすごく貴重な体験です。だから、私は、若い人はいっぱい失敗した方がいいと思います」

「hinadanアプリもたくさん失敗がありましたよ。海外の方からこんなに反響があるなら別の名前にしたほうがよかったかしら?とかね(笑)。でも、チャレンジすることはすごくいいことだし、うまくいかなくても死んだり怪我したりしないから。大いに失敗を楽しんだほうがいい。いいじゃないですか、失敗したら失敗したで」

82歳のシンデレラが見る「夢」

朗らかに話すマーちゃんは、サンノゼの道を歩いていると、よく声をかけられる。WWDCの基調講演で、彼女は「最年長の開発者」として紹介され、Appleのティム・クックCEOとも面会したことが話題になっていたからだ。

「まさか、ティム・クックさんにお会いできるなんて思っていませんでした。すごく優しい方で、シニア向けのアプリを作っていると話したら『大事なこと』と言ってくれました。社長なのに、開発者目線でアプリのアドバイスもくれました。フォントの大きさとか、画像の縦横比はこうした方がいいとか…」

世界屈指の「社長」に認められ、瞬く間にスターとなったマーちゃんはシンデレラのようだ。日本から遠く離れた場所に招かれた彼女は、新しい友だちにも出会った。今回参加する中で、最年少の開発者であるリマ・ソエリアント君だ。

「リマ君はオーストラリアに住む10歳の少年です。まさか私より72歳も若くて、南半球に住んでいる友だちができるとは思っていませんでした。英語が得意ではないのですが、楽しくおしゃべりできました」

自分でも想像できないことが次々と起きる会場で、マーちゃんはあることを決意した。

「基礎からプログラムを学び直して、次の作品も作りたいと思います。あと何年生きられるかわからないけれど」

「人間って生物だから、いつかは死ぬ時が来ます。でも、生きているうちに何かを残したい。どこかにいる誰かに、82歳になってもプログラムができるっていう希望を差し上げることができたとしたら、それが遺産になると思っているんです」

「私よりも少し下の年齢は老後について楽しいイメージを持っていない方が多いみたい」と、淡々と語る。銀行で働いていたときは、定年後に対して不安を抱えていた。そこから、どんな変化があったのだろうか。最後にこんな質問をしてみた——今の生活は充実していますか?

「人生で今が一番楽しいです! メロウ倶楽部に入会した時に、『人生は60になると面白くなる。70になるともっと面白くなる』というメッセージを送ってもらったんです。じゃあ、80を過ぎたら? もっともっと楽しくなりました」

82歳のシンデレラはクスクスと笑いながら、夕方のサンノゼを歩いて行った。