THE YELLOW MONKEYは歳を重ねることが美しいと証明する。12枚の写真

    THE YELLOW MONKEYは歳を重ねることが美しいと証明する。12枚の写真

    THE YELLOW MONKEYは、日本を代表するロックバンドだ。

    結成は1988年。その4年後にメジャーデビューした。バンド名は洋楽コンプレックスから、東洋人の蔑称にした。

    「ルックスがいいこと、長身であること」が条件だった。

    メンバーのうち2人は実の兄弟。

    写真の左2人が菊地兄弟。ギターの菊地英昭(エマ)とドラムの菊地英二(アニー)。

    4thアルバム『smile』で初のトップ10入り。1995年だった。

    少しずつナチュラルメイクに移行していった。バンドの転機だった。

    1996年、『JAM』の衝撃。

    激動の世紀末だった。

    賛否両論の歌詞で、発売の危機に。

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    外国で飛行機が落ちました
    ニュースキャスターは嬉しそうに
    「乗客に日本人はいませんでした」
    「いませんでした」「いませんでした」
    僕は何を思えばいいんだろう
    僕は何て言えばいいんだろう

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    ボーカルの吉井和哉はこの年30歳を迎える。

    『BURN』は90万枚のセールスを記録。直後にフジロックに出演する。

    1998年〜1999年、1年で113本のロングツアーを開催。「このツアーは失敗でした」というMCが話題になった。

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    吉井がライブ直後に過労で倒れ、救急車で搬送されることもあった。その様子は、映画『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』で描かれる。

    1999年、身も心もボロボロだった。20世紀のロックを追いすぎていた。

    世紀末をまたぐ時期。ひとつの時代が終わると思っていた。

    2000年、吉井はメンバーにTHE YELLOW MONKEYの活動休止を申し入れていた。

    柄シャツを脱ぎ、白い服をまとった姿にファンは驚愕した。

    2001年、活動休止後に『プライマル。』がリリースされた。

    2004年にTHE YELLOW MONKEYは解散した。

    2016年、THE YELLOW MONKEY 復活。

    全員が50代になってからの活動再開だった。

    この年、紅白歌合戦に初出場した。披露したのは『JAM』だった。

    2019年、19年ぶりの新アルバム『9999』をリリース予定。

    そのレコーディングの様子がYouTubeにアップされている。

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    かつての洋楽コンプレックスは消えたような屈託のない笑顔が見える。



    バズフィード・ジャパン スタッフライター

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