「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」
『プロフェッショナル 仕事の流儀』のテーマソング『Progress』を作った人が、そう歌う。
スガシカオだ。サラリーマン生活を経てミュージシャンに”転職”してから、今年でデビュー22年を迎える。

ストイックなイメージの強い彼は、なぜ今「労働なんかしないで光合成だけで生きたい」と歌うのか?
PCに向かっても成果がない毎日
やらねばならないことがある。でも、何も思い浮かばない。疲労? 実力不足? 気の緩み?
焦りと自己嫌悪の感だけが積もっていく。スランプは仕事につきものだ。
スガシカオは、ちょうど1年ほど前その真っ只中にいた。デビューしてから22年もの間、走り続けてきた彼が。
3年前にリリースした前作『THE LAST』は、アルコール中毒の父と過ごした幼少期から始まる、自叙伝のようなアルバムとなった。
プロデューサーの小林武史から何度もボツを喰らい、ようやくできた楽曲を詰め込んだ。「もうあんな作り方はできない」と言うほど、すべてを出し切った作品だ。
「完全にネタ切れ」
そんな状態で、本格的にアルバムを作り始めたのは去年の4月だった。
「5月、6月、7月……全然できないんですよ。毎日、仕事場に行って10時間、コンピューターの前に座って、ずっと考えてるんですよ」
「今日も何も出ませんでした……みたいな。このまま曲が作れないのではないか? もう本当にやめたい気分になった(笑)」
すべてを出し切ったとはいえ、これまで培った勘を頼りに進むことはできないのだろうか?
「クソみたいな曲はね……できるんです。でも、先が読める当たり前の展開で、驚きのない歌詞がのってる曲を”新曲です”と出されても全然ドキドキしない。手癖で作った曲なんて」
「今の人たちはYouTubeやサブスクリプションもあるから、音楽をたくさん聴いてる。だから、イントロが鳴って歌いだした瞬間に、曲の展開がある程度予測できると思うんです。予想通りに歩かれても、楽しくないでしょう?」
再生ボタンを押した瞬間、ドキドキが欲しい。それが原動力となっている。でも、どうやっても作れない。「進捗どうですか?」と聞かれるとつらい気持ちになった。

机にかじりついていた8月の終わり、ようやく道筋が見えてきた。なんとなく『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』の構想ができたのだ。
これまで『SMILE』『PARADE』などシンプルなアルバムタイトルを採用してきたスガだったが、世界中の音楽が並ぶAppleMusicを眺めながら、ふと思う。
これがアルバムタイトルだったら面白いんじゃないか。
「見慣れない字面だったら、ちょっと聴いてみようかなって思うかもしれない。偏りすぎているので迷ったんですけど」
一度軌道に乗り始めると、少しずつ熱中できる。『労働なんかしないで光合成だけで生きたい』というコンセプトに引っ張られて出来た楽曲は、歌詞もサウンドも今までと違った。
ソシャゲ、スタンプ、背脂と太麺とスープ、パチンコ……身近で生活感のある言葉が並ぶ。
『おれだってギター1本抱えて 田舎から上京したかった』
アルバムにはこんな楽曲も挿入される。夢のために故郷を離れる”上京”は苦労を伴う分、人が成長するための転機とも言える。
『東京』というタイトルの曲を、スガは書けない。
すぐに街並みの変わる東京で生まれ育ったからだ。
「昔から地方出身のミュージシャンがすごく羨ましかった。一度捨てても、いつか戻れる聖地が欲しかった。自分が生まれ育った場所は、もう違う建物が建っちゃってるし……」

スガが羨ましいと思うのは、単なる成長物語ではない。思い切りの良さだ。
「この歌の後半は、尾崎の小説に憧れて書いたんですよ」
クリープハイプのボーカル尾崎世界観の小説『祐介』への羨望が歌詞になった。東京出身の尾崎が描く物語に、胸を打たれて何度も読み返して言葉を綴った。
水商売の女に食わしてもらって 好きでもないのにキスしたかった
4日間履いた下着裏ではいて アパートの電気止められたかった
何かに打ち込むあまり、ギリギリの状態になっていく。『祐介』には、そんなバンドマンの半生が描かれる。
羨ましい。素直にそう思った。しかし、同時に「じゃあお前にできるのか?」と自問すると「ちょっとできないな」と躊躇する。
「覚悟も根性もない。本当に煮え切らない。ヘタレなんです、俺は」
人生のネタ切れ
自身ではそう言いながらも、決してヘタレには見えない。実際、2011年には「このまま安全地帯でぬくぬくしてる環境に居続けたくない」との理由から独立。インディーズに活動フィールドを移した。
これまで当たり前にいたスタッフは離れ、バックアップもなくなった。そうしたギリギリの状態で制作し、メジャー復帰の一発目として掲げたアルバムが、先述の『THE LAST』だった。
サラリーマンからアーティストになり、成功を収めた。それでも築いた環境を一度捨て、自らの半生も作品に注ぎ込む。文字通り「ラスト」に相応しい作品を生み出してしまった。
「ネタ切れ」
冒頭の言葉には、こんな背景がある。やり尽くした先に、芽吹いたのが『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』だった。
これまで『イジメテミタイ』や『19歳』など、妖艶な歌詞や攻撃的なシチュエーションを描く楽曲が多くあった。今回はこれまで蓄積してきた色をなるべく排除し、逆の道を歩んだ。「とにかく前作から離れたかった」と語る。

ひとつのやり方が終わったのかもしれない。その予兆は少しずつあった。40歳を過ぎたころから、性格が寛容になったのだという。本人は茶目っ気たっぷりに話す。
「40歳までは、俺は手のつけられないぐらいドS体質だったんです(笑)。怒りの沸点が低いっていうのかな……ツッコまれるとすぐにカチンと来ちゃうタイプで。飲んでいても喧嘩になるくらいだった。でもドSが過ぎたのか、段々とヘタレな自分が愛おしくなってくるんですよね」
「老いのよさがMっ気なのかもしれない(笑)。ツッコミもボケもできるようになった。丸くなったというより、手数が増えたかな。交友関係も表現の幅も広がった」
失ったものは、あったのだろうか? そんな意地悪な質問をすると、笑いながら「思い浮かばない」と答える。そもそも「あの頃はよかった」と振り返るのが嫌いなのだ。
「みんな、高校生の時は『中学の時、よかったな』って思ってるんだよね。今、きみが20代で駆け出し故に仕事がうまく行かなくとも、10年後に今を振り返ったら『あの時よかったな』と思うんです」
「きっと、一生そう。10年後から見たら、今が一番いいんだよ。だから振り返っちゃいけない。良いことしか覚えてないからね(笑)」
理想って蜃気楼みたいなものなんだよ
プリンスの本をいくら読み漁っても プリンスみたいな曲はかけないと 最近ようやくわかった #スランプ #4回目 #繰り返し
スランプを抜けたきっかけは特に思い当たらない。
ただひとつ、今回わかったことがある。「スランプの時は『新鮮味のある曲しか書かない』と思っていたんだけれど、それって自己理想が高すぎるんだな、と」
「100曲ぐらいだったら理想を突き詰めた曲は作れます。でも、150曲を超えてからが大変。完璧な曲なんて存在しないのだから、虚像を追いかけるようなもの。だから、敢えて粗を探さない。自分の悪いところを探さないことにした。そうするとある瞬間、フワッと見えてくるんですよ」
「理想とか目標って蜃気楼みたいなもので、追いかけたところで"ない"んだよ。だったら、そこを意識的に掴もうとしないのが重要だと俺は思った。今回」
労働とは、誰かのために何かを前進させるための営みだ。だからこそ目標がつきまとう。一方、光合成は自ら生きるための行為が、意図せず酸素を生む。
「目標とか人生のゴールを目指すことは、本当に幸せなのかなってことを歌いたかったんだよ、ここで。俺もね、未だにゴールなんてわからない。目標とゴールがわからないから楽しめるんだなって思うよ」

ゴールがないから、いつでも新しい自分になれる。Apple Musicで日々、新しい音楽を漁り、米津玄師や尾崎世界観に「今、何にハマってるの?」と屈託なく聞ける。教えてもらったものは全部聴く。数年前からある習い事もはじめた。
ギターだ。
「ずっとギターを弾いてきたけれど、自己流だからね。しっかりした演奏方法を習うと驚きがある。初めてみんなの本当の上手さがわかったし、身の程が知れた(笑)」
先生はひと回り以上歳下の30代。授業料を払って、ピックの持ち方からひとつひとつ丁寧に教わる。
「そうやって、先なんか見ないで、変わっていくのがすごく好きなんだ」
ずっと探してた理想の自分は、もうちょっとカッコよかったかもしれない。でも今、「あなたはなにを望みますか?」と聞かれたら、きっとスガはこう答える。
目先のしあわせでいいです。