横浜流星主演『チア男子!!』は実在した――女子の世界で生まれた男子チアは、とある男子大学生の疑問から生まれた

    朝井リョウ原作の『チア男子!!』はチアリーディングサークルを立ち上げる青春群像劇だ。5月10日には横浜流星主演で実写映画化され、注目を集める。彼らは早稲田大学に実在する「SHOCKERS」がモデルになっている。なぜ男子チアはできあがったのか?

    男子だってチアがやりたい。

    女性がメインのチアリーディングの世界に飛び込んだ男子大学生たちがいた。早稲田大学の「SHOCKERS」は、2004年に誕生した男子オンリーのチアリーディングチームだ。

    『チア男子!!』完成披露イベントでパフォーマンスを披露したSHOCKERS。2018年末には紅白歌合戦にも出演した。

    女子たちが高く舞うチアの業界で異彩を放った彼らは、朝井リョウ著の『チア男子!!』のモデルとして取り上げられた。同作はアニメ化、舞台化され、ついに実写映画化されるまでになった。

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    なぜ、男子大学生たちはチアリーディングの世界に飛び込んだのか――。

    「SHOCKERS」創設者の狩野洋平さん、SHOCKERS出身で『チア男子!!』で監修を担当した杢元良輔さんに聞いた。

    違う大学の新歓コンパに潜って…

    ――男子チアは素敵だなと思いつつ、色物に見られる可能性もあったと思います。

    狩野:そうですね。当初は「スカートを履いてやるの?」と言われることもありました。

    とはいえ、もともとは冗談だったんです。僕は上京したばかりで友だちもいなかった。ちょうど同郷の友人が立教大学に入学したので、彼に誘われて立教大学の新歓コンパに行ったんです。4月2日に。

    ――早稲田大学に入学して、次の日に立教大学に行く。

    狩野:そうです(笑)。小学生の頃から高校卒業するまでずっと野球に打ち込んでいたんですけれど、肩を壊してしまって。早稲田の野球部は強豪なので、活躍はできないだろうと。何か打ち込めるものがあればなぁと考えていたんです。

    ――なぜ立教に?

    狩野:立教の友人に「新入生は新歓コンパに1000円で行ける」って聞いたからです(笑)。それが、応援団と吹奏楽部とチアの合同新歓でした。

    ただ、飲み会に参加したら、「きみは応援団に入りたいのか、吹奏楽部に入りたいのか。どっち?」と聞かれたんです。マズいなと。

    ――なぜでしょう?

    狩野:先輩たちは、新入生を引き入れたいわけだから、応援団か吹奏楽部と明言したら、「きみは何学部? 授業は何をとってるの?」と深掘りされそうな気がしまして(笑)。大学が違うことがバレてしまう。

    だから、冗談めかして「男だけどチアやりたいんです」って言ったんです。基本、チアは女子部員で構成されるので、会話が終わるかなと思ったんですけど……逆に関心を持ったようで「おもしろいから、男子チアをやってみたらいい」と勧められてしまった(笑)。

    先輩たちはすごく親身だったので、翌日……4月3日に、新入生歓迎のパフォーマンスを立教に見に行ったんです。そうしたら、女子チアに衝撃を受けてしまいまして。

    チアって、アクロバットな技が沢山盛り込まれていて、競技として完成度が高い。自分のイメージとは全然違うパフォーマンスだった。高く跳んだり、投げたり、受け取ったり。体操の技を組み合わせるものだったんですね。

    「きっと筋力も必要な技が多いのに、どうして男子チアってないんだろう?」

    ふと、そう思った。ちょうど映画『ウォーターボーイズ』も流行っていたので、男だけでやったら見栄えもするだろうなぁ……。男子校出身独特の勘というか。

    全くビジョンはなかったけれど、次の日から仲間を集め始めました。友だちもいなかったので、ひたすら新歓コンパに出て声をかけました。

    ――他のサークルの新歓コンパでメンバーを探す。すごいアグレッシブですね。

    狩野:あはは、そうですね。打ち解けた感じで話ができますから。あと早稲田では体操の授業があったので、そこで勧誘しました。

    チアには体操の知識も必要だと思ったので。出待ちというか……授業後に体育館から出てくる学生に声をかけていっていきました。

    ――最初は何人で?

    狩野:数日で5人ぐらい集めたんです。確か、体操経験者2人と、演劇をやりたい人と…夜、東京都練馬区の上石神井にある公園に集まって、「俺はバク転ができる」とか 「ダンスができる」とか、5人それぞれが個性を披露し合って、「じゃあ、ここに男子チア結成」とスタートしたのが4月10日ごろです。真っ暗な公園で。

    日本のチアは女性が作ってきた伝統的なもの。楽しいだけではダメ

    ――劇中では、女子高で練習させてもらっていました。

    狩野:最初は、女子高の体育館の端っこで練習させてもらっていたんです。新歓コンパで知り合った友人が高校時代に担任だったチアの先生を紹介してくれて。

    ただ、当時はノリな部分が大きかったので、失礼にならないかと萎縮してたんですけれど「面白いじゃん」と褒めてくれて。そこからボランティア的に指導していただけることになったんです。

    ただ、男子大学生が女子高で練習するのってやっぱりおかしいので……(苦笑)。主に公園とか、大学の体育館っていうのかな、記念講堂の前で練習していました。

    ──体育館の外ってことですよね?

    狩野:そうです。みんな男子がチアをする姿を見たことがないから、キャンパスを行き来する人は「何をやっているんだろう?」っていう目で見てましたね(笑)。背中にそれを感じながら……自意識過剰なんですけれど。

    最初の1年は公園とか体育館前とか屋外がメインでした。土の上とかコンクリートの上で、基本的な動きを練習する。

    戸山公園。現在は体育館でマットを敷いて技の練習をするが、当初はこの場所で練習することが多かった。

    ――何かブレイクスルーとなった出来事はありますか? 『チア男子!!』は、学園祭のステージを目指す姿が印象的でした。

    狩野:僕自身も学園祭が大きかったです。ただ、1年生が立ち上げたサークルだったので、学園祭の規模感を当初わかっていなかったんですよ。7月ぐらいに早稲田祭に出ようと話し合って、4ヶ月で仕上げました。

    競技的なチアリーディングの動きや、スタンツという組体操みたいなチアの技を取り入れて振り付けを考えました。あとは、ネタのノリで女の子チックな動きを取り入れてみたり。

    一番大きなステージで披露させてもらって。遠くまで人が埋まっていている光景は感慨深かったです。やっとひとつの形になった。いろんな人から歓声や拍手をもらって、「やっぱり男のチアって面白いんじゃないかな」って確信しました。

    ――意識の変化はありましたか?

    狩野:やっぱり大きなステージに立つまでは、見てる人が面白ければいいという気持ちが強かった。でも、このあたりからシフトチェンジしました。

    日本では1980年代ぐらいから女性のチアが普及した歴史がある。伝統がしっかり受け継がれてきた中で、突然生まれた男子チアは、異端中の異端。実際、冗談で始まったわけですし、ふざけてるようにも見えてしまう。

    僕たちはチアの伝統を作ってきた女性たちに習っているし、歴史があって今チアをやれている。応援のマインドを自分たちも継承しないと失礼だと感じたんです。

    女子のチアはかっこいいですし、彼女たちは「応援する」という伝統を守ってきた誇りがある。だから、自分たちもそのマインドを受け継がないと、男チアは残っていかない。異端というか、色物集団に見えなくもない。この先入観を跳ね返すためにも、しっかり練習する。

    この話だと、チアの大会に初めて出た時が結構印象的で。

    ――男子が出場するのは、前代未聞だったのでは?

    狩野:そうですね。周りは全部女子のチーム。その中に僕たちが1チーム。

    大会はコンペティション部門とエキシビション部門で分かれています。そもそも男子チアという概念がなかったので、大会側もどういう評価をしていいのかわからなかったと思うんですよね。僕たちは、後者に出場して、準優勝しました。

    ――1年も経ってないのに…何チームぐらい出るんですか?

    狩野:10チーム程度ですね。準優勝は嬉しかったんですけれど、悔しくてみんな泣いてました。男のチアというものが、競技として初めて披露される場面だったので、意気込みがすごかった。誰からも批判を受けないぐらい完璧な演技をしたい。こういう気持ちで臨んでいたので。

    みんな涙流しながら、「絶対、来年は勝つぞ」って励まし合いました。

    ――女性が作ってきた歴史の中で、自分たちが新しい分野を築くことは、並大抵の覚悟じゃできない。

    狩野:そうですね。基本的にチアリーディングはダンスではない。組体操のようなアクロバティックなことをするスポーツなんです。女性のトスは勿論美しいのですが、男は筋力があるので高く跳べるんです。3〜4mくらい。こういうパワフルな演技を強みにしていた部分はあります。

    野球少年、サッカー少年、少林寺拳法少年たちがチアリーダーに

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    『チア男子!!』メイキング / Via youtube.com

    ――杢元さんは、創設から3年目にSHOCKERSに入ったんですよね?

    杢元:僕も狩野さんと同じように高校まで野球をやっていたものの、大学に入って何か面白いことやりたいなぁと。アンテナ張って探してたんです。

    ちょうど、新歓の時期だったのでサークルがいろんなパフォーマンスを披露していて。その中で、チアの合同イベントがあったんです。

    まず、女子チアを見て度肝を抜かれた……「女性がこんなに輝いてる、かっこいい!」と。その後に、SHOCKERSが出てきて衝撃的すぎて。そのとき、SHOCKERSは「笑っていいとも!」とかTV番組にも出ていたので、なおさら。

    ――かっこいいけれど、アクロバットが多く、危険なイメージもあります。懸念はありましたか?

    杢元:確かに、危険は伴うだろうなという認識はありました。でも、チアっていろんな体格によって、ポジションが分かれていて。自分は、跳ぶ方ではなさそうだなと。

    狩野:ポジションがそれぞれ、一番上に立つトップ、両脇で支えるベース、後方を担当するスポッター(スポット)と分かれているんです。

    スポットは身長が高い人、両脇は170センチぐらい、トップは体重が40キロ台ぐらいの人が理想。各々の適正がある。

    ――どんなバックボーンを持った人がいるんですか?

    狩野:野球、サッカー……少林寺拳法。あとは体操は意識的に勧誘しますね。

    杢元:でも、体操経験者も年に1人いるかいないかぐらい。みんなゼロからやる感じですね。今、僕はチアリーディングの指導もさせてもらっているのですが、まさかこういう仕事に就くとは在学時は思ってもいませんでした。

    撮影前日に横浜流星が……

    ――映画の『チア男子!!』では、撮影の数ヶ月前からトレーニングをしたと聞きました。チア未経験でも、技はできるようになるものなのでしょうか。

    杢元:そうですね。足首、手首のトレーニングから入って、チアのための筋肉をつける。その後に、逆立ちやブリッジの練習。ケガしない体を作っていけば、だんだんいろんな技ができるようになってきます。

    何よりも事故が起きないように。怪我をしないように……でも、主演の横浜流星さんが撮影の前日に失敗してしまって。

    ――えっ。

    杢元:疲労している身体でやるとバランスを崩しやすくて怪我につながる。みんなで練習をしていて、最後の一本、技を練習したときに怪我をしてしまった。横浜さんの中で、もっと練習したいという気持ちが強かったんだと思います。

    ただ、指導者としては頭が真っ白になりました。肉離れのような症状になって、患部が腫れて、内出血もしていて。動けるけれど、撮影となると……。

    ――どうなったのでしょうか?

    杢元:本人の強い意志で撮影に挑みました。ただ、当日は極力動きを制限して。回復するのを待って、パフォーマンスのシーンが完成しました。

    ――最近では、早稲田大学以外でも男子チアのチームができているそうですね。

    狩野:首都大学東京MAXONS、明治大学ANCHORS、名古屋では南山大学と名古屋大学合同のSPIDERS、駒澤大学にもMATESというチームが出来ました。SHOCKERSのOBが名古屋にも多くいるので、社会人のOBチームも、男子チアのコミュニティーで集まっているようです。

    杢元: SHOCKERSを見た高校生たちが、学校でチア部を立ち上げるという話も聞きます。

    ――学校によっては、男子チアをやろうとしてもメンバーが集まらなく断念……という話も聞きました。

    杢元:そうですね、やっぱりチームを組まないとチアは成立しないので。

    狩野:「男のチアやるぞ」と一歩踏み出すのは、難しい部分があると思うんです。まず、どんなものなのか想像もつかない。それこそ、僕たちも最初は「スカートを履いているの?」と聞かれたりしましたから。

    たまたま、面白いことを受け入れてくれるような大学だったので、はじめやすかったんだと思います。

    ――SHOCKERSが結成されて15年。変わったと思うことはありますか。

    狩野:競技としてのレベルがすごく上がってきていて。スポーツとして確立されつつあると感じます。

    ――レベルの向上は、どういうときに感じますか?

    杢元:やっぱり他のチームが増えるのを見ると。僕らの時はSHOCKERSしかいなかったんです。少しずつですけれど、いろんな場所で男子チアのチームができている。切磋琢磨するのはもちろんですが、各チームとコラボレーションしたりするんですよ。それを見た時は衝撃でした。

    早稲田、明治、首都大、名古屋、4チームがそれぞれのユニフォームを着て、一緒にパフォーマンスをするんですよ。なんだか戦隊ヒーローの集合みたいで嬉しかった。

    狩野:チアリーディングは、信頼関係がものすごく必要なスポーツなんです。跳ぶ人、支える人、投げる人。みんな互いの気持ちを考えて、大技を繰り出せる。相手の気持ちに立つとか、信じることがわかってくるんです。結構教育的な部分でも、チアっていい競技だなって思うんです。

    杢元:今、僕は小・中学生の男子チアのチームを教えているんですけれど、教育現場にチアリーディングが入っていく時代になればいいなと思います。

    チアの良さ、男だけの良さ、女だけの良さ、混合の良さ。いろいろあると思うんです。チアが持っている教育的な部分も、いろんな人に知ってもらって広まってくれたらいいですね。