ワンルームにベッドとデスクだけが置かれた殺風景な部屋。
第8代修斗世界ウェルター級王者。第2代ONE世界ライト級王者。第6代ONE世界ライト級王者。アジア格闘技興行ONEチャンピオンシップ日本大会王者。数々のタイトルを手にしてきた青木真也はここに住む。
友だちはいらない。たった一人で闘ってきた。現在、36歳。
勝てるだけ勝ってきた。それでもまたリングの上に立っては血を流す。
今、彼は防衛戦を控えている――20歳の血気盛んなファイターと。
強くて、ストイックで、酸も甘いもかみ分けた。孤独に負けそうで、思わず枕を抱きしめる夜もある。
なぜ、勝負に挑み続けるのか。
試合に出たくない。2年前に破れた相手に闘うのはつらかった
――格闘技を仕事にしているとトラウマが生まれそうだと思うのですが、青木さんの場合はどうでしょうか? 殴られたら痛いし、負けたらつらいし。
ある。1回負けると、もう全部がダメな気になる。2017年11月に負けて。でも、また別の試合が控えていて。一番やりたくなかった……2018年の試合は。
入場ゲート前まで「やりたくないな、つらいな」と本気で思ってて。ただ、日本から友だちがシンガポールにまで応援に来てくれているのを見て、なんとかふんばれました。
そこで勝って、自信をつけて、また7月には試合。
――体が痛みを記憶していることは?
あると思います。恐怖って何種類かあって、単純な生物的な恐怖がまずひとつある。でも、もっと怖いのがメンツを失うこと。自分がやってきたことや存在を否定される怖さ。他には自分の実力がしっかり出せない恐怖とか。
今日はどの恐怖が強いだろうか。だったら、どうやって精神を持ち直そうか、と考えてます。
――2017年に自分を負かした相手とリベンジマッチをしたのが2019年の3月31日ですよね。
すごく怖かった。
――どんな気持ちなんですか? 自分が一度負けた人と闘うのは。
勝ち負け以上に、プレッシャーが大きかったですね。あと、2年前に負けて、それから背負ってしまった枷みたいなものが確かにあって。それがしんどかった。
正直、逃げたかった。でも、自分の試合がイベントのメインだし、とにかくやらなきゃいけない。できる限りのことをやって、自分の最高のパフォーマンスを出して終わりたい。そう自分を説得してました。
――勝って、どうでした?
嬉しかったと思うじゃん? ほっとしただけだった。綱渡りを渡りきったような気分になった。達成感みたいなものは、あまりない。
「PRIDE」が突然の売却。そして解雇
――それでもまだ闘い続けるのはなぜでしょう? 達成感もないなら、割にあわないような気がして。
中毒性があるんですよ。舞い上がることはないけれど、また快楽ほしいって。ただ、この前のリベンジマッチは自分でも驚くほど、勝っても落ち着いていたんですけれど。闘い続けるのは、やっぱり気持ちがいいからだと思います。
闘えないつらさをよくわかっているので。
――闘えないつらさ?
僕は、23歳のときにPRIDEに参戦したんです。2006年当時は、格闘技ブームもあってPRIDEの影響力は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。でも、ある日突然、買収されて日本の選手たちは全員解雇。
結局、僕自身はPRIDEで4試合しかできなかった。いきなりの解雇を通達。当時の僕は予兆も感じられなかったので、本当に突然。試合に出て、これから頑張っていこうと思った矢先だったので。
――お先真っ暗……。
はい。挫折感、絶望感というか……無職。明日から仕事がない。そのときに、所属をアイデンティティーにするのはやめましたね。安泰なんてものは存在しない。
あと、餌だけもらい続けて息をしてる状態もつらいんですよ。32〜34歳ぐらいのときは、試合がなかった時期で、自分の存在意義が失われた。
お金って、食事ができる程度に稼げれば十分。それ以上稼いでも幸福度はそんなに変わらなくて。で、やっぱり成果を出したいですよね。生きてる実感がわかないんですよ。何もしないと。
――でも、2年前の敗因は「自分の中でハングリー精神が弱くなっている」と分析していたと聞きました。
ああ、そうですね。やっぱり対戦相手にとってはファイトマネーって生活がかかっているから。もちろん自分も必死だと思ってた。でも、気持ちの度合いがどこか弱くなっていたと思うんです。
――なぜですか?
青木:2015年に桜庭和志と闘ってるんです。ずっと憧れだった桜庭さん。そのあとにケンドー・カシン(石澤常光)ともプロレスをした。この2人って、本当に背中を追ってきた存在だから……。
――燃え尽きた?
燃え尽きたというか、今引退しても、「青木真也は頑張った。もう十分闘った」と言ってもらえるような気がしてしまった。そのあと、2回続けて負けるんですけれど……。
ファンはいらない。その真意
――やり尽くしてしまった気持ちと、敗北の挫折感と。そこからまた立ち上がれた理由って何でしょう?
ちょうど、その頃から友だちというか、仲間のような存在ができてきたんです。試合にも応援に来てくれた男友だち。
僕は、人を信じてきたことがかなり少ないタイプの人間なんです。今まで格闘家の中でも、群れないようにしてきたので。緩い仲間の怖さってあるんですよ。
闘ってないヤツが多い気がしていて。そういう人とは付き合いたくない。
――格闘家なのに闘ってない? 物理的には、リングの上でバトルしてますよね?
はい、闘っています。
――それと、今言っている「闘っている」は何が違うんですか?
青木:自己否定を繰り返しているか否か。常に「自分はダメなんじゃないか、このまま終わっていくんじゃないか」と危機感に身をおいて悩みを抱えてる人って少ない。自己肯定感が強い人はいますけど、自己否定が強い人は少ない。それこそ所属に安泰を感じている、とか。
僕はギリギリの状態で闘ってる人が好きなんです。
同業者は、格闘技以上にならないですよね。マットで練習するだけの仲。
少なくともプライベートでは、自分とある程度同じぐらいの熱量持って、気合入れている人と付き合った方がいいです。
ちょうど2年前ぐらいから、本を出したりしたこともあって、他の業界で働いている友だちができ始めたんですね。同じ熱量を持って闘ってる人がいるってことを初めて実感したかもしれない。それまでは、本当に孤独一辺倒で生きていたから。
――異業種で、同じポテンシャルで走っている人ってどうやって出会うんでしょうか?
やっぱり、何かやって、続けていればどこかで結ばれる気もしますよね。同じ熱量か、対等かどうかって一瞬でわかるんですよ。
僕は昔「ファンはいらない」と言ったこともあるんですけど、それは対等じゃない気がするから。浮動票みたいに褒めそやされるのがすごく苦手なんです。ただでさえ、安泰はないと思っている人間なので。
――青木さんは、他者から「良く見られたい」と思うことはないのでしょうか? ちやほやされたいというような…
ないですね。演じてまで得た支持って中身がないじゃないですか。
キャリア初期に、夢とか抽象度の高い話をするとある程度の支持を得られるのがなんとなくわかって。23歳位ですかね。それこそPRIDEのときとか。でも、そうやって演じて得た支持は、すぐに消えるんですよね。虚しいというか、怖い。
でも、同じ熱量で闘ってる人たちは、ちゃんと世界のどこかにいて見てくれてるんですよね。そういう存在に気がついたのが、本当にここ2〜3年。
試合に負けて、怖くて……寂しい時は、そういう友だちに連絡するようになりましたね。今も、他の業界で闘ってるヤツから自分の試合を見て「頑張ろうと思った」って言ってもらえるのが、結構原動力になってるかもしれない。なんだかんだ引退しないのも。
若手に嫉妬してしまう。それでも…
――間もなく、3月31日に奪還したタイトルの防衛戦です。相手は20歳のクリスチャン·リー選手。若い人との試合は、怖くないのでしょうか?
怖さはあります。そもそも宗教や言語が違うと戦闘におけるリズムが違うから怖い。きっと今まで僕が感じてきたことのないリズムだから、そこに対する怖さがある。うまく呼吸を合わせて、いい試合になるかっていう恐怖。
あと、若い人間と試合するのって、リスクが大きい。体力の衰えはやっぱり感じざるを得ないので。ただ、そこに自分をぶつけていかないと存在意義がない。格闘家をやっている意味がないと思っています。
今は、若さに伴うピュアな力っていうカードがなくなってきていて、でもだからこそ違うカードを切れるんですよ。練習方法を変え、戦術を変え。格闘家としての醍醐味ではある。
それで負けたらそこまで。自分の可能性を使い切ったってことだから。
やっぱり、力だけじゃうまく行かなくなったことも含めて、30代、楽しいよね。劇的にいろいろ動いていく。
――20代より楽しいですか?
うん。結婚するヤツもいれば、離婚するヤツもいる。違う仕事するヤツもいれば、ずっと同じ仕事をしてるヤツもいる。やることの差がついてくるような気がします。20代はスタート地点ですからね。差はほとんどつかない。
とはいえ、若手に嫉妬しますよ。若い方が絶対的に正しいから。
――正しい? 経験値がないのに?
若くて勝っているヤツの方が、絶対に正しいでしょ。新しい価値観だから。自分たちが、新しい時代に生まれた違うやり方を否定していったら、世の中先に進まない。
新しいものが正しいと言ってあげないと、尻すぼみになっていっちゃうし、下が育たないじゃないですか。とにかく新しいものはまず認めたい。
僕は、幼い頃から柔道をやってきて、この伝統的な競技の中で新しいやり方を模索してたんですけど、やっぱりいつも受け入れられなくて、忸怩たる思いをしてきたので。それは、総合格闘家になってからもそう。新しいやり方をすると、いつも否定されて「この野郎」って思うことが多い。
――若い才能を見ていると、自分の立場が脅かされてしまいそう。そんな不安はないですか?
怖いですよ。でも、そこで若手を僻んでいても、何も変わらないじゃないですか。常に現場で闘い続けるしかない。自分の商品と相手の商品、自分の技と相手の技をぶつけ合うしかないです。
自分がやってきたスタイル、テクニック、イデオロギーを下の世代に継いで……紡いでいきたいっていうモチベーションがありますね。若さに嫉妬しつつ、闘う動機として。闘いながら渡していきたい。
それを今一番強い、一番若い、勢いのあるとされている人間に説いてみたい。勝ちたい気持ちはもちろんあります。でも、自分が築き上げてきた遺伝子をつなげていけば、僕が死んでも生きている意味があるでしょって……思うんですよね(笑)。