「第二の米津玄師」? 顔出しなし。ボカロ出身。謎多きアーティストの素顔

    カラオケ年代別ランキング・10代部門で2年連続1位を獲得した。

    カラオケランキングを眺めると、米津玄師、星野源、菅田将暉……お馴染みのアーティストの名前が並ぶ。錚々たるメンバーの中、目を引く存在がいた。

    「バルーン」

    2018年、カラオケ年間ランキング(JOYSOUND調べ)で『シャルル』が7位に入ったアーティストだ。8位はカラオケの定番曲、一青窈の『ハナミズキ』。

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    ボーカロイド版『シャルル』 / Via youtube.com

    年代別ランキング・10代部門で2年連続1位を獲得した『シャルル』は、YouTube上で計3000万回(セルフカバー・ボーカロイド)再生されるまでになった。

    5年半ほどまえからボーカロイドを使って人気楽曲を生み出してきた彼だが、2018年から「須田景凪」としても活動を始め、1月16日リリースの『teeter』でメジャーデビューした。

    ニコニコ出身、米津玄師と入れ替わりにボカロシーンに現れ「第2の米津」と呼ぶ人も多い。10代を夢中にさせるアーティストとは一体どんな人なのか――。

    始めた時点で「負け確」な世界で

    ポルノグラフティのライブ映像を見て、スタジオミュージシャンになりたいと思ったのが小学生の頃だった。

    ボーカルとギターを支える「サポート」のドラムがかっこよく見えたのだ。BLANKEY JET CITYの中村達也に憧れ、音楽大学にまで入学したものの、ある日突然ドラムセットを手放した。

    理由は、バンドと大学における「負けが確定」の実感だ。

    高校生の頃からはじめたバンドは、地元では少し人気だった。ライブハウスを中心にバンド活動をしていると、そこには人間関係が生まれ、コミュニケーションが重視されることを思い知った。

    熱量こそが重んじられ、声の大きい人間が場を掴んでいく。バンドの中では歳下で消極的な自分の意見はあまり歓迎されなかった。

    打ち上げでグラスを勢いよくぶつける音がすると気持ちが冷めていく。昔から熱いコミュニケーションが苦手だったからだろうか、集団行動が好きじゃなかったからだろうか。

    目の前に広がる光景を遠くから眺める自分がいた。

    もういいか。

    途端に馬鹿馬鹿しくなってドラムセットを売り払い、その資金でPCとギターを買った。

    「人と対面で関わると、いろんな忖度が必要だし、100%自分の理想とする音楽を作るなら、ひとりでやるしかない」

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    『造形街』MV / Via youtube.com

    学校を1ヶ月休み、DTMを独学で勉強して作り上げたのが『造形街』だった。作曲の経験はない。ギターだって弾いたことはなかった。ただ、わからないながらも自分の音楽が造られていくのが嬉しい。不安よりも楽しさが勝った。

    「当時のニコニコ動画って、クオリティがすごく高いものから、そうじゃないものまでいっぱいあった。未経験の自分が手探りで作ったものを出しても許される場所のように見えたんです」

    正直、歌いたい気持ちは少しあった。ではなぜボーカロイドを使ったのだろうか?

    「自分でメロディを作って、歌詞を書いて歌うのは絶対的に素敵なことなんですけど……ふと冷静に考えるとヤバいというか……自意識を晒けだす行為だし、無防備すぎて恥ずかしい。作曲はやってみたかったからトライするとして、さらに自分でそれを歌うとダメージが全部自分に来る(笑)」

    「ボーカロイドを使えば、その精神的負担が少しは和らぐ。それにボカロを通して楽曲を作った方が、何者でもない自分の名前で出すよりもいろんな方に聴いてもらえると思ったんです」

    模索しながら1曲作って公開する。しがらみが嫌でやめたバンド時代とは違う快感があった。自分のやりたいことを100%つめこめたからだ。

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    『雨とペトラ』MV / Via youtube.com

    思えば、音楽大学に入ったものの、周りを見渡せば幼少期から英才教育をうけてきた天才ばかり。「入学した時点で負けが確定」しているような世界だった。

    もちろんボーカロイドも同じで、何年も作り続けている人は多い。理論を学んだわけではない自分は「作曲で勝ち目がない」と思うことも多かった。

    ただ、ニコニコ的文化は現実とは違い、自由さがあった。

    稚拙なものでも楽しむ空気感、オリジナルより評価の高いこともある「歌ってみた」、もはや原曲の跡形もない二次創作。負けが確定すると、勝ち目がなくなる現実とは違う。ゆるさがあった。

    「最初に自分の曲の『歌ってみた』を見た時、ボカロ以外の誰かが自分の曲を歌ってくれていてすごく感動した」

    ボカロPが「自分の声」を使うとき

    それから4年の間、基本的に家で1人部屋にこもって制作してきた。自分が人気ボカロP「バルーン」であることを知っているのは、友人でも2〜3人ほど。隠すつもりはなかったが、言う機会がない。

    朝起きて、PCに向かって作曲をしてコンビニに行く。戻るとまた楽曲制作へ。誰とも話をしない日もあった。

    今日は雨だったので殆ど家から出ませんでしたでもとてもいい曲が出来たのでまあいいかなあとも思っています早く聴いてもらいたいなあと思う音楽が沢山あります最近はきのこスープを浴びるほど飲んでいます

    徐々に作曲にも慣れてきた。再生回数は着実に伸び、コメントがつく。とはいえ、あまり実感はなかった。「キャラクターからコメントをいただくような感覚」。嬉しいものの、雲を掴むようだった。

    少し意識が変わったのは、ニコニコ超会議やコミケといったリアルイベントでCDを販売したことにある。

    「コメントをくれる方が目の前にいて、自分のCDを手に取ってくれる。手紙をくれる人もいて、本当に聴いてくれる存在がいてくれるんだなって。めちゃめちゃ嬉しかった」

    少し作曲に慣れ、聴き手を意識した時期もあった。耳馴染みのよく、シンプルで盛り上がる構成。勝ちパターンはどこの世界にもある。

    でもせっかく自由にやれる居場所なのだから、多少メロディーがめちゃくちゃでも「好きなもの全部入り」で作ってみよう。そうした結果が冒頭の『シャルル』だった。想像以上に再生回数が増えていくのを見て、自分の好きなものを作り続けると決めた。

    ニコニコという世界で活動していると、友人もできはじめた。その一人が絵師のアボガド6だ。もともと須田はいちファンだったが、ふと自分の音楽を「あのアボガド6さんが聴いている」ことを知った。

    「すごく嬉しくて、Twitterのダイレクトメッセージを送ってしまったんです。その後、Skypeで打ち合わせをするようになってMVを作ってもらえることになりました。憧れてた人に自分と一緒に作品を作ってもらえることにすごく感動して」

    新曲公開しました 「teeter」の収録曲になります よろしくお願いします movie:アボガド6(@avogado6) 須田景凪「mock」MV(Short ver.) https://t.co/8JPv6yECRe

    2人は基本的にSkypeで連絡を取る。気分次第で制作中のラフを見せ合ったり、画面共有で制作風景を眺めたり、休憩がてら雑談したり。「アウトプットに関してお互いにネガティブなことは絶対に言わない」。バンドや学校とは違う関係性ができあがっていた。

    自己肯定感が上がったわけではないが、少しずつ自由を手に入れていく。

    歌ってみたい。

    これまで頭の奥に眠らせていた感情が湧いてきた。『シャルル』で好きなことを全部出しきったので、数字は気にせずやろう。歌いたいから歌う。気負いせず出したセルフカバーは2000万回再生された。

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    セルフカバー版『シャルル』 / Via youtube.com

    ボーカロイドを通してもらわないと聴いてもらえない。なんとなくあった先入観が壊れていく。

    自分の声という新しい楽器を手に入れた瞬間だった。

    ボカロと自分名義のちがい

    急に視野が開けた。「自分の声でやるんだったら、バルーンでできなかった表現ができる」。可能性を感じ、2つの名前で活動することに決めた。

    あくまでボーカロイドを使う「バルーン」と自分の声で歌う「須田景凪」。2つの活動には明確に差がある。

    前者は「二次創作を前提」に考えている。誰が歌ってみてもいい作品になるような、わかりやすいメロディ構成、言葉を使う。原型がなくなるほどにアレンジをしても成立した方がおもしろい。一方、須田景凪楽曲は自分の声に一番合うメロディを敷き、言葉選びも変える。

    二次創作的に歌詞を作ることも多い。見終わった映画の10年後を考えて詩を作ることもある。SFスリラーの『エクス・マキナ』をベースに『街灯劇』、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と『死ぬまでにしたい10のこと』を混ぜて『シックハウス』を書き上げた。引用が好きだった。

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    『パレイドリア』MVでは初めて須田がギターを弾く姿が登場している。 / Via youtube.com

    2018年にはじめて「須田景凪」名義で活動を始め、1年が経とうとしている。これまで家にこもって、ひたすらギターを弾いてパソコンに打ち込んで音楽を作ってきたが、また変化があった。

    ライブを初めて体験して他者を実感した。「音楽を体で表現して目の前で受け取ってもらう機会」だったのだ。

    「音源で聴いてくれた人が目の前に来てくれる中で、生身の人間である自分がいて。そのとき提示するものがすべてパソコンで構築されたものだと、別のものになる気がしたんです。なんだか、自分の曲なのにカバー曲を歌っているような」

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    『teeter』収録曲の『Dolly』 / Via youtube.com

    ライブ以降、内にこもっているだけではなく、もっと開けた音楽にしたいと思うようになった。1月16日にリリースされた『teeter』では一度離れたバンド編成で音楽を作ってみたり生音も増やした。「誰か」と一緒に音楽を作る。かつて自分が手放したものだ。

    正直、良いメロディを見つけたり、自分では思い描けない編曲を目の当たりにしたり、些細なことで劣等感は芽生える。それでもかつてのように「勝ち目がない」とは思わなくなった。同時に「自分で作って歌う」ことへの恥じらいも消えていた。

    「曲には自信があるし、それだけを見ていたい」

    負け確からボーカロイドで作曲の場所を、仲間や自分の声を少しずつ手に入れてきた。

    タイトルの『teeter』はよろよろと歩くことを意味する。ドラムを手放してからの5年半を表しているのかもしれない。かつて夢を捨てた彼は「前を向きたい」といつからか歌うようになっていた。