検索を捨て街へ出る。ネットで話題『筋肉体操』は意外な方法で勝利をおさめた

    公共放送NHKの番組が話題だ。ニュース、朝ドラ、大河ドラマといった定番だけでなく、ヒモの実態、パパ活女子など際どいネタをぶちこむ『ねほりんぱほりん』、『香川照之の昆虫すごいぜ!』、紅白歌合戦にも登場した『みんなで筋肉体操』と、奇抜な企画がTwitterでも話題だ。なぜこのような企画が生まれるのか?

    最近、Twitterのトレンドでもよく番組名がトレンドに踊る。ヒモの実態、パパ活女子など際どいネタをぶちこむ『ねほりんぱほりん』に、香川照之扮するカマキリ先生がナビゲートする『香川照之の昆虫すごいぜ!』に、紅白歌合戦にも登場した『みんなで筋肉体操』。マンガ原作のドラマ『トクサツガガガ』は毎週Twitterのトレンドになった。

    テレビ離れと言われて久しいが、NHKの番組はネット世代の心を掴んでいるように見える。真面目で硬そうなイメージの強い公共放送は、なぜ斬新な番組を生めるのか?

    編成局 編成主幹の有吉伸人さん、『あさイチ』と『みんなで筋肉体操』を手がける、チーフ・プロデューサーの斎藤大輔さん、ディレクターの勝目卓さん、梅原純一さんに話を聞いた。

    社内公募、しかし想定外の企画だった『筋肉体操』

    ――Twitterでも話題になった『みんなで筋肉体操』の企画は、どうやって通したんですか? 「NHKさん、すごい企画を通したな」と思ったので。

    勝目:会社の近くの書店へ習慣的に行っていて、なんとなく世の中が「筋肉」を求めているような気がしていたんです。『プリズナートレーニング』とか『筋トレ社長』の本とか、エッジの効いた書籍が随分増えているので。

    そのときに、NHKの『みんなの体操』を筋トレでやると面白いんじゃないか…と思いまして。番組の絵づらと『みんなで筋肉体操』というタイトルが、ほぼ同時に頭に浮かんだ。

    企画書には「60年の歴史があるNHK『みんなの体操』。それを筋トレにアレンジしたのが“みんなで筋肉体操”である」という文章を冒頭に持ってきました。

    ――企画書を見た時どう思いましたか?

    有吉:純粋に驚きました。NHKでは毎年秋に番組の企画を集中的に募るんです。その中に5分番組の企画書があって。 それが『みんなで筋肉体操』だったんですけど、そもそも短尺の番組は想定していなかった。

    ――募集対象の枠外ってことですか。

    有吉:ええ、まあ(笑)。でも、5分番組は『みんなのうた』や『名曲アルバム』など、NHKの定番でもあるんですね。 加えて30歳前後の編成の若手から「絶対採用すべきだ」と熱い声があがりまして。若手と言っていいのか……。

    勝目:平均年齢が41歳の会社なので(笑)

    ——若手の意見が通った。

    有吉:短いコンテンツこそ、実は今の若い人たちにとって見やすいのかもしれない。一方で若い人に向けた番組を、僕の感覚で選んでもズレが生まれてしまう。彼らの感覚を信じてGOを出しました。

    ——斬新な企画に対して懸念の意見は出なかったんでしょうか?

    有吉:僕は総合テレビの責任者なので、リスク面も考慮しながら企画書をじっくり見てOKを出しました。細かい内容は現場に任せて。うちの番組は編成側が細かな演出について口を出すことはないです。

    ――放送の枠は、23時50分〜23時55分の枠で、視聴率がとりづらそうな……。

    勝目:編成の方から深夜帯でとオーダーが来ました。

    斎藤:夜の方が奇抜な番組でも放送しやすいとか……?

    有吉:いや、そもそも5分の枠がそこにあるからですね。

    勝目:現実的な理由だった(笑)。

    有吉:NHKでは、夜11時台に放送している『時論公論』のあとに「5分間の枠」がありまして。大きな事件が起きたときなどに特設のニュースにも対応できるよう編成している枠ですね。

    ――クッション的な枠。

    有吉:そうですね。汎用的に使う枠として、もともと設定していたんです。普段は番組スポットを流す時もあれば、5分のミニ番組を流す時もある。『みんなで筋肉体操』の場合は、この番組を熱望した若手から深夜枠の提案があったんです。

    ――最初、その時間帯って聞かれた時、どう思われました?

    勝目:放送できるだけでも嬉しかったです。とはいえ、視聴率が1~2%しか取れない枠だった。公共放送なので視聴率は気にしなくてもいいという建前はあるものの、多くの人に届けたい気持ちはある。

    そこで普段テレビを見ないような若い層に見てもらえるような、ネットに親和性の高いものにしようと決めました。

    検索を捨て、街で出会った 庭師、弁護士(コスプレイヤー)、歯科医師

    ――キャスティングも話題でしたね。庭師や弁護士など「よく見つけてきたな」と思う方が印象的でした。

    梅原:1ヶ月間、ひたすらマッチョ探しをしました。ネットで「筋肉 有名人」で調べると、「THIS IS マッチョ」みたいな方しか出てこないんです。そういうキャスト案を持っていくと、斎藤さんや勝目さんが「筋肉色が強いとマッチョ好きな人向けの番組になってしまい、”みんなで”感が出ない」と不採用になりまして……。

    筋肉のイメージが極力ない方を探そうと思い、検索をやめて街に出るようになりました。

    ――検索を捨て街に出ようってことですか。

    梅原:検索を捨てた瞬間から見つかり始めた感触はあります。「面白い職業×筋肉」を考えながら、ジュンク堂に行ったり、秋葉原に行ったり……。

    ――小林弁護士は秋葉原で“出会った”んですよね、よく行かれる……?

    梅原:いや……ほぼ初めての秋葉原でした。考えられる範囲で調べても、ことごくボツになるので、自分の知らない世界に行こう、と。

    あと、ネットに親和性のある方がいいと思って。筋肉ゲーマーとか、筋肉のあるコスプレーヤーさんを頭に浮かべながら歩いていたんです。その時に小林さんが写ったポスターを見つけたら、腹筋が素晴らしくて……。

    その後、小林さんについて調べてみると「実は弁護士です」と書いてあって「これだ……」と思ったんです。

    ――庭師の村雨さんも素晴らしい人選ですよね。

    梅原:「みんなで」というコンセプトを勝目さんから聞いた時に、海外にルーツのある方がいてくれたらいいなと思ったんです。あと単純に「和風」な方を入れたいと謎に思っていた。その時、本屋で「庭師」というキーワードで村雨さんが取り上げられているのを見つけたんです。

    村雨さんの写真に上腕二頭筋の筋が見えて「この方はマッチョなのでは……」と思い、調べたら本当に筋肉隆々とされた方だったんです。

    ――新メンバーは歯科医師の嶋田泰次郎さん。再び話題になりましたが、どうやってオファーしたんですか?

    梅原:嶋田先生は表参道の歯科医なので直接お願いに上がりました。収録の1週間前ぐらいにキャスト案が決まったので、電話している余裕も時間もない。そもそもこの番組って電話だと説明しきれないんです。理解が難しいので、会うしかないと思って。

    筋肉に効きそうなお弁当を食べている嶋田先生の前で番組の説明をしたら、その場で決定。

    勝目:確かにギリギリだった。資料は持って行ったの?

    梅原:基本的には「『みんなの体操』の筋肉版です」としか言わなかったです。みなさん、最初は戸惑うんですけれど、概要を話すと「筋肉のためなら」と快諾してくださいました。僕も筋肉がすごく好きなので「仲間ですね」という感じで……。

    一方で「こんなのやっちゃっていいんですか? NHKさん」という声は、よくいただきました。でも、編成含め、すでに後ろ盾があったので、「大丈夫です。筋トレにリスペクトをおけば何をやってもいい番組です」と言い切ってました。

    ――ひとつでも掛け違えたら炎上の可能性もあると思うのですが、匙加減はどうやって?

    梅原:初めてのことだらけで、狙ったというより、とにかくやる。炎上しなかったのは、「真面目な筋トレ」に徹したところだと思います。ふざける時も、演出も、匙加減は「筋肉を裏切らない」こと。

    ――軸を守るためにボツにした案はありますか?

    勝目:露出ですね。筋トレとはいえ、5分も同じ動きを見続けるのは、苦痛な気がしたので途中で服を脱ぐことも考えた。でもそれって制作側が画の変化とか肉体を見せたいだけで「筋トレ」視点で見るとプラスにならない演出……むしろ邪魔なのでやめました。

    斎藤:あくまで筋トレを真面目に伝える番組なので。一見、ふざけているような3つのお立ち台も実は意味があるんです。

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    勝目:腕立て伏せをきれいに撮るための「かさ」を稼ぐための台なんですよ。

    斎藤:30cmぐらいの高さがあれば、下から煽りの映像が撮れる。でも、それ以上高くすると危険なんですよね。筋トレをするわけなので。

    勝目:あと、筋肉の陰影を強調するためにセット全体を黒にしてビシッとライトを当てる演出も考えましたが、ボツにしました。『みんなの体操』のコンセプトを正しく真似た方が番組のコンセプトに近いと思ったので、色合いは赤と青に寄せることにしました。

    NHKはどんな奇抜な番組であっても「真面目に違いない」という目で見てもらえる気がする。『みんなの体操』を60年やってきた局が『みんなで筋肉体操』をやるから意味がある気がするんですよね。

    「僕、テラハ信者なので」

    ――通常、みなさんは『あさイチ』を作っているそうですが、いつどうやってインプットをしているのですか? 毎日の放送に合わせて。

    斎藤:きっかけの探し方は、昔から電車の中吊りは常に見てて。『anan』とか女性誌は絶対に見ますね。ああ、今アイラインで巻頭カラーなんだとか……。『あさイチ』に入ってからは、とにかく女性が何に興味を持っているのかすごく調べるようになりました。

    梅原:僕は本屋が好きだから1日3回ジュンク堂へ行きます。会社に行く時、昼食の時、帰る時。ジュンク堂の棚をバーッと全部。スタートからゴールまで。棚に置いてある本、平積みの本。これは毎日変わるので見ていて楽しいですね。自分の体調によって目に留まる本も全然違いますし。

    勝目:僕も書店も行きますが、ウェブのコンテンツは中毒ってぐらい見てますね。Netflixから、 dマガジン、NewsPicks、最近はnoteも買っちゃいますね。

    ――Netflix。

    勝目:社内でもハマってる人は多いです。完全に視聴者として見てますね。あとYouTubeも見てますね。東海オンエアとかQuizKnock……釣りが好きなので釣り動画も。頭にカメラが置かれているので、釣りに行ってる気分になれるんですよ……有吉さんを目の前にこういう話をしていいのか(笑)。

    有吉:気にしなくていいよ(笑)。

    梅原: 僕は『TERRACEHOUSE』信者なのでNetflixをすごく見てます。こうやって撮ればカッコいい、きれいな画になるんだ……って。

    Netflixは海外の番組が多いので、撮り方が日本と全然違う。なので『あさイチ』にも応用できないかって思って見ています。例えば料理の撮り方とか。みんなと同じ撮影をしていると埋もれちゃうんです。

    バズらなければ番組を知ってもらえない

    ――改めて、NHKさんはなぜネットで人気のコンテンツをつくれるんでしょうか。

    勝目:話題にならなかったものは気付かれていないだけで、たくさん玉を打っているんですよ、実は。

    例えば、出演者情報に筋肉の名言や好きなプロテインの味を書いてもらったり。普通は収録で撮影したものを加工してSNSに載せるのですが、今回はTwitterに合わせたビデオを作りました。話題にならないと見てもらえないので。一方でウケなかったものも多いです。

    ――例えばどんな施策が?

    勝目:サイト内に「筋肉ボイス」という音声コンテンツを入れたんですけど、全然話題になりませんでしたね。仲間内にはウケてたのに全く……。

    斎藤:自分たちでも、何がウケるのかは全くわからないんです。トライ&エラーの繰り返し。番組自体もそうだと思います。

    有吉:王道のニュースや番組は、もちろんしっかりやる。一方で、今までNHKに触れていただけていない若い人たちに刺さる番組に関しての試行錯誤はずっとやってますね。

    ―― いい番組って何が評価基準になるんですか?

    斎藤:評価される側としては、是非聞きたいところ……(笑)。

    勝目:視聴率で一喜一憂するわけではないものの、どこを指標にすればいいのか不明瞭だと感じることはあるので……。

    有吉:もちろん数字だけではないです。いろんな指標を組み合わせながら……あるいは番組の役割を考えながら編成を決めてますね。

    斎藤:全社的に危機感を持っているのは確かです。しれっと「テレビ持ってないんです」って言われるぐらいですから。

    有吉:若い世代では普通ですからね、それは。

    斎藤:僕らはテレビを作る人間なので見て欲しいと思う。でも、若い人に見てもらえるためのやり方はわかっていない。ただ、テレビを見ない層に向けていろいろチャレンジさせてくれる土壌が増えているのは確かですね。

    正直に言うと『みんなで筋肉体操』は、とにかく若い人……NHKを見てない人に来てもらう命題を与えられていたんですよ。僕らも危機感があるので、視聴率よりもちょっと変わったところからお客さんを呼びたかった。1人でも「NHKニュース見てみようか」「朝ドラ見てみようか」ってなる人を増やしたい。

    この番組の立ち位置は、1人でも「テレビに興味のない人」に来てもらうための営業みたいなものです。

    有吉:アニメも同じで、普段NHKをご覧にならない層が見てくださっています。こういう枠は大切にしていきたいですね。

    斎藤:僕らもビックリするぐらい最近のアニメは攻めてる。

    ――あと、最近はドラマもTwitterのトレンドに上がってますよね。マンガ原作の『トクサツガガガ』とか。

    有吉:ドラマもターゲットの年齢層をしぼった枠を設けてますね。最近は、みなさんがテレビを見ながらTwitterでつぶやいてくださるので、なんとか知っていただいてます。

    斎藤:トレンドに上がらないと見てもらえないですからね。

    勝目:気付いてもらえないんです、番組の存在を。

    有吉:2019年からは土曜日の夜11時半からの30分を若者向けのドラマ枠にしました。1月クールはゾンビものをやったんですけど、4月20日からは腐女子とゲイの男の子のラブストーリーが入ります。『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』。

    ――タイトルだけでしんどいですね……。そういえば、2018年末は『紅白歌合戦』も話題になりました。

    有吉:各番組でトライアルを繰り返して、最善のものを『紅白歌合戦』に詰め込んでいるんです。『シブヤノオト』や『SONGS』とか『うたコン』でやってきたものの集大成。

    勝目:最近はとくに顕著になったような……。

    有吉:NHKホールから毎週生放送している『うたコン』があるから、12月31日に大勢のゲストを呼んで4時間の生放送ができるんです。技術チームもそうだし、ディレクターやプロデューサーも含めて。最近は、歌番組だけじゃなくて、『みんなで筋肉体操』や『チコちゃんに叱られる!』など、ジャンルをまたいで『紅白歌合戦』に集まってきてますね。だから、日々のチャレンジはすごく大事。

    梅原:でも、もっとテレビは大きく変わると思ったフシはあります。

    勝目:どうして今年変わると思ったの?

    梅原:うーん……『みんなで筋肉体操』もそうだし、『昆虫すごいぜ』とか、自分の会社ですけど、そういう番組が2018年はたくさんあった気がしたから。

    斎藤:基本は変わらないんだよ、テレビ。でも、危機感があるからこそチャレンジさせてもらえる部分はある。

    梅原:僕たちも、もっとチャレンジしたいので、『みんなで筋肉体操』の第3弾を……。

    有吉:検討しましょう。

    勝目・梅原:ありがとうございます!!