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なぜ、魔女を描いたのか? 『メアリと魔女の花』にはこんな逸話がある

魔女を描く? 『魔女の宅急便』と同じことをやるのか?

「魔女、ふたたび。」

このキャッチコピーを見たら、きっと思い出すだろう。魔法使いの少女が、見ず知らずの場所で奮闘する姿を。

そこにいるのは、ホウキをもった赤毛の女の子。それも、どこか懐かしさを覚える顔をしている。

7月に公開された『メアリと魔女の花』は、スタジオジブリ出身の米林宏昌監督が、独立して初めて作ったアニメーション映画だ。「全国ロードショー」という文字を見ると、ヒットが約束された印象を持ってしまうが、この映画ができるまで、こんな逸話がある――。

スタジオジブリを去る時、「さよなら」も言えなかった

「麻呂」との愛称で慕われる米林は『思い出のマーニー』を手がけた後、2014年にスタジオジブリを退社していた。宮崎駿監督が「引退宣言」をし、制作部門を解散したためだ。

「宮崎駿監督の後継者」とも呼ばれる米林は、スタジオ解散の通達を事前に聞かされていた。「この日が来たのか」と思うのと同時に「何十人といるスタッフはこれからどうなるんだろう」と考えた。「手のひらが冷たくなるような思いだった」。

『マーニー』の公開後、キャンペーンで全国行脚している最中にスタッフは既にスタジオを去っていたため、現場のスタッフに「さよなら」さえ言えなかった。長い歴史はひっそりと閉じる。

退社後、『マーニー』でタッグを組んだ西村義明プロデューサーから「映画、作りたいですか?」と話を持ちかけられた。すでに腹は決まっていた。

「映画を作りたい」

この、2人のやり取りで西村が立ち上げたのが、スタジオポノックだった。映画を作りたいと言ったものの、スタッフ、制作費、スタジオ……すべてがない状況は「不安しかなかった」。

魔女を描く? 『魔女の宅急便』と同じことをやるのか?

米林と西村がスタジオジブリで作った『思い出のマーニー』は、心を閉ざした少女の精神世界を描く静的なものだった。繊細な描写は世界から評価されたが、「次は逆をやりたい」と2人は考えていた。

そこでスタジオポノックが第一作目に選んだのが、ファンタジー要素の強い『メアリと魔女の花』だ。メアリは、魔法の力を得て冒険に出るが、最終的に不思議な力は消えてしまう。それでも、傷だらけになりながら自分の足で前に進む。西村はメアリに米林の姿を見ていた。だから提案していたのだ。

しかし、魔女を描くとなると、どうしても頭に浮かぶのは 『魔女の宅急便』だ。比べられはしないか?

そう思う人は多いだろう。もちろん、米林も例外ではなく、西村から推された「魔女」に対してメーテル・リンクの『青い鳥』を提案したこともあった。

描きたかったのは「変身」

『青い鳥』なら比較されることもない。そして、米林監督が挑みたかった表現の1つが「メタモルフォーゼ(変身)」だった。興味を引かれたのは魔法の力によってパンやお菓子が動き出し、仲間になる「変身」のシーン。今の自分が描くにはぴったりだと思った。しかし、どうにもうまくストーリーが描けない。

改めて原作の『The Little broomstick』を読み、考えを変える。物語の中には、魔法の力で動物たちが姿を変えていく「変身」も描かれており、「これなら自分のやりたいこともできる」と確信したからだ。

一方、スタジオポノックには、かつての仲間が再び集まりつつあった。その中には、新しい仲間もいた。米林としては、初めてのアクション作品でもあるためだ。

「エヴァンゲリヲン新劇場版のスタッフなどベテランの方たちから、若い人たちまで、『動かす』のを得意としている人たちの力をたくさん借りました。ジブリ出身ではない人たちの力も合わせて躍動的な作品にしたかったんです」

スタジオジブリは「ほぼ全員が社員」という特異な環境だった。アニメーション作品は、フリーランスのアニメーターや美術スタッフなど「バラバラな個性」を持つクリエイターたちが集まって制作されるのが一般的だからだ。

米林は、閉ざされた世界から出て、ジブリ作品経験者のスタッフに加え、初めて「バラバラ」なクリエイターたちと共に時間を過ごした。

米林は宮崎が信頼を置く、数少ないアニメーターでもある。『千と千尋の神隠し』では、消え行く自分の姿に動揺する千尋を描き、『崖の上のポニョ』では、ポニョが海底から勢いよく飛び出すシーンを担当した。そんな彼でも、新しいメンバーたちの新鮮な「描き方」に驚くこともあった。

「大平晋也さんとの仕事は刺激的でした。色が塗れるように線でくくって描くのがアニメーションの基本ですが、大平さんは違った。煙など不定形のものを鉛筆の粉を振って指やティッシュでこすって描くんです。しかも中割りがあるから大変。前後の絵に合わせて僕が動画を描きました。だけど、かっこいい画面になるんですよ」

「他のスタジオでは普通ですが、デジタルで背景を描いたり、合成したり。新しいことも積極的にやりました。例えば、稲妻は手描きで、霧に映る照り返しはデジタルで、と何度も部署を行ったり来たりしながらカットを作りました」

「宮崎監督は『一枚絵として完成させなくてはいけない』というスタンスだったので、デジタル技術は使用してこなかったんです。でも、『暗さ』を表現するには、デジタルの方が得意だったりします。ポスターカラーで塗る黒は完全な黒ではありませんから」

スタジオジブリ出身のクリエイターたちの力と「バラバラが混ざったもの」を見たい。好奇心に近い興味があった。

残したかった「ジブリらしさ」

新しい表現方法を積極的に取り入れつつも、変えられないことはあった。それは愚直にキャラクターの心象風景を描くこと。そのために、「意図的なゆがみとリアリティのバランス」を駆使する。

「シーンの意味を描き出すためには、空間を歪めてもいい、傾けてもいい、あえて描き込まなくてもいい、遠近法も無視してもいい。写真をトレースすれば正確なパースは描けますが、せっかく『絵』で描くんだからゆがんでたっていいじゃないかって思いますね。手描きでしか描けない面白さだと思います」

動きの描写も独特だ。米林は記者のつけているイヤリングを見て、思い出すようにこう語った。

「揺り戻し……っていうのかな。例えば、前に一歩踏み出すとイヤリングが揺れて、一度前に出て戻りますよね。でも、戻ったように描くとキャラクターの力が抜けてしまう。主人公が一歩前に出たら、さらに前に出ないといけない。イヤリングは戻らない」

かといってすべてが非現実的な、絵のような動きをするわけではない。アニメーター自身がキャラクターと同じ動きを試してリアリティを追求する場合もある。

「アニメーション制作の現場では、少ない絵の枚数で動作を描くために、キャラクターにオーバーリアクションをとらせる表現もあります。でも、手間を惜しむと、いい芝居にならないんです。例えば、作中でメアリが手を振りながら自転車に乗るシーンでは、絵コンテにない『よろける芝居』がプラスされています。アニメーターに聞いてみると『自分でやってみたらそうなったので』と」

(C)2017「メアリと魔女の花」製作委員会

自分が納得するシーン作りのために、米林監督が「描き足した」水マダムのシーン。「すごくよくできていたけど、さらに水らしく見せるために手を加えました。時間はかかりますが、序盤の大事なシーンだったので」。

宮崎監督から託されたメモ

1月某日、「制作の遅れ」を心配した宮崎の姿がスタジオポノックにあった。差し入れのメロンパンを持って。

「僕たちの現場をこんなに心配してくれているなんて、少し意外でした」。米林がジブリ退社以降、顔を合わせたのは数回程度。当然、スタジオポノックに訪れるのも初めてだった。

さらに数日後、米林宛にメモでアドバイスをもらったという。

「マロ、描け」

制作の遅れから、ストーリーを削る案まで出てきたが、この言葉が米林を動かし続けた。休み返上で描き、なんとか完成までこぎつけた。「秘策はないです。魔法の力はないので」と笑う。

そんな米林が力を入れたシーンは、魔法を失った後のメアリの姿だ。傷だらけで無力。今にも涙をこぼしそうになりながらも、握りこぶしを固め、前に進む。

「撮影された映像を見たときに、僕が思うよりもメアリが傷ついていなかったんです。スケジュールも逼迫している状態で、特殊効果を入れる時間もない。でもどうしても必要だったので、自分で傷を描き足していきました」

ジブリという呪いの正体

宮崎と長らくタッグを組んでいた鈴木敏夫プロデューサーは、『メアリと魔女の花』を見て「ジブリの呪縛から解き放たれると、こういう映画を作るんだなぁ。自由にのびのびと若い映画になっている」とコメントしたそうだ。「呪縛」。鈴木は、米林が振り払ったものを、こう表現した。

かつて、西村も「ジブリからの恩恵もあるが、呪いのようなものがある」と語っていた。米林はどう思っているのだろうか?

「僕は呪いだとは思わないんです」とあっさり否定した。

「今回の作品は、僕が20年間ジブリにいて学んだけど、過去2作では発揮できなかったことをやりたかった気持ちが大きいです。スタジオジブリで学んだことも、自分がやりたいことも混ぜて描きたいものを素直に作っただけというか」

「僕を、ジブリや宮崎監督に『呪い』や『後継者』と言って、関連づけられることがあっても、子どもたちにとって楽しいもの作ろうと考えた時、彼らの視点に立ったら、『呪縛』なんてどうでもいいことなんじゃないかなって」

「変わろうと願う人だけが変われる」

そして「でも、メアリはせっかく手に入れた魔法をあっさりと捨てるんです」とも続けた。

スタジオポノックの冠で作られた『メアリと魔女の花』は、ジブリ作品ではおなじみの、あるものがない。米林が過去に作った『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』にはあった「青いトトロのマーク」だ。代わりに「スタジオポノック第一作品目」の画が観客を迎える。

「ジブリを退社してすぐに変化できるほど僕は器用ではありません。でも、少しずつ変わっていきたい。僕の次の1歩はこれからでしょう」

米林は決してメアリと自身を重ねるような発言はしない。しかし、『マーニー』のウェブサイトに、彼のこんな言葉がある。

「変わろうと願う人だけが変われると、ぼくは思っているんです」

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