iPhoneの隠れた新機能は、「もしも」の時に命を救うかもしれない

    すごく単純なアップデート。その意味とは

    「iPhoneを持っていたから、命が救われた」なんて、大げさかもしれない。しかし、確実にその一歩が踏み出されたことをご存知だろうか。

    iPhoneは、ひっそりと「医療情報」を携帯する端末になっていた。ハートマークが描かれたヘルスケアアプリは3年ほど前から登場していたが、あまり実用的ではなかった。しかし、数年の歳月をかけて静かにアップデートがなされている。

    iOS 11の新機能では、ロック画面で医療情報(メディカル ID)を提示できるようになった。

    この単純なアップデートに対して、「万が一の時に、より正確でより迅速な処置が可能になる」と語るのは、東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究室の高尾洋之准教授だ。

    どう役に立つのだろうか?

    意識が朦朧としている時、人は「自分の氏名、血液型、服薬している薬」を答えられない

    消防庁によると、日本では、救急搬送が年間560万人、そのうち64%が発作などの急病が原因で搬送される。意識不明の場合はもちろん、身体の硬直や認知症などで医師との意思疎通が困難な場合もある。

    「救急の現場ではつねに、氏名、緊急連絡先、生年月日、血液型、過去の病歴、アレルギー、服薬している薬、あるいは臓器提供の意思などの情報収集に苦労しています」

    「これまでも、アレルギー検査などの猶予がなかった場合に、麻酔や治療投薬によりショック症状を起こして心臓停止に至り、後遺障害を負ってしまった事例もあると聞いています」(高尾准教授)

    スリープボタンを5回連打すれば、「第三者が確認できる」→迅速に治療ができる

    メディカル IDは、iOS 11をインストールしたiPhoneであれば、設定次第でロック画面に表示できる。

    「国内だけでも数千万人が使うiPhone上に、一気に医療情報を書き込め、第三者が確認できる基盤ができたことで、万が一の時に医療者や救急隊などが必要な情報を確認することができるようになりました」

    同じ目的で使用されることもある「お薬手帳」だが、これを携帯している人は少ないだろう。一方でiPhoneは常に持ち歩くもの。iPhoneで医療情報を提示できることは、意識がなくとも、治療に当たる人に適切な情報を伝えられるようになったことを意味する。これが、新機能の核だろう。

    「結果、より正確でより迅速な処置が可能となり、治療効率・生存率・回復率に大きなプラスになると考えます。また、医療者もより安心して治療に当たることができるようになるでしょう」

    Appleは「医療情報を持ち歩けるようにした」。もちろんリスクも

    非常時は役立つ「メディカル IDのロック画面表示」だが、リスクもある。なぜなら、第三者に医療情報を開示することになるからだ。

    「簡単な操作でメディカルID情報にアクセスできるようになることは、財布の中に医療情報を書いたカードを持ち歩く場合と同じリスクで、iPhoneを紛失したり目を離した際に、悪意を持った第三者に個人の医療情報が閲覧されてしまうリスクがあります」

    慈恵医大では、医療情報の記録などが可能な緊急時向けのアプリ「MySOS」を共同開発している。このアプリでは、心臓発作や突発的な不調が発生しやすいマラソン大会などでも活用されているそうだ。

    更に、Android端末に限って、ロック画面でも医療情報が閲覧できる機能を搭載している。iOSよりも開発の自由度が高いAndroidでは先行事例が実際にあるのだ。

    「日本人はこれまで、医療情報は病院にあるもの・病院が管理するもの、という考え方が一般でしたが、Appleが『医療情報を持ち歩けるようにした』ということで救急時などのメリットが大きい一方で、自身の情報管理責任が大きくなり、リスク管理能力がこれまで以上に求められることになると考えます」

    紛失した際など、医療情報が他者から閲覧されるリスクはあるが、その際は遠隔操作でiPhoneのデータを消すこともできる。個人情報を管理する責任は伴うが、「もしも」は突然訪れる。

    実は、筆者自身、交通事故に遭遇した経験がある。ピアノ教室に行く途中だった少女が車に轢かれたのだ。救急車を呼びながら、持っていた楽譜からピアノ教室を検索し、両親に連絡してもらった。

    驚くことに、その場にいた多くの人が立ち尽くすか、通り過ぎるか、「どうしたの?」と聞くだけだった。「今何をすべきか」という判断は、本当に難しい。幸い、彼女は一命をとりとめたが、通報する側としてもとても不安だったことを記憶している。

    「iPhoneで最低限の医療情報を確認できる」機能は、自分が患者になるときだけでなく、手助けする側にも有効に働く。もしものときのために、設定してみる価値はあるだろう。