
「おふくろが描く”僕の未来像”が失われると思う」
そんな言葉がさらりと出た。話すのは、渋谷にあるカフェfactoryのオーナー、西原典夫さんだ。Twitterのプロフィールには「ゲイですがたいした問題じゃないと思ってます」と書いている。現在、39歳の彼には15年ほどの仲になるパートナーがいる。オープンにしているゲイなのだ。彼の言う「たいした問題じゃない」とは、どういう意味なのだろうか。
部活に熱中して、彼女と一緒に帰ったり、花火大会に行ったり。そんな高校生活
「高校生までは、LGBTの情報を知らなかったから、そもそも概念がない。『彼女がいて普通』っていう意識がありましたね。中⾼それぞれ別の彼⼥がいたけど、自然に好きになって、自分から告白。『普通の中高生』的な付き合い方で、楽しく過ごしました」
部活に熱中した10代、同性の親友はいたものの恋愛感情は抱かなかった。そんな彼がゲイだと自覚するきっかけとなったのが、大学の友人だった。恋をしたのだ。
「今まで彼女に抱いていた感情よりも、さらにその上。友だちじゃなくて、もっと特別な関係になりたいなって思いました。親友に対して抱くことがなかった感情」
相手は「イケメンでもないし、むしろモテない」タイプだった。しかし、学生寮やサークルで共に時間を過ごすうちに、「あ、こいつのこと好きなんだ」と気持ちが芽生えていったという。これまで、複数の女性と恋愛を重ねてきた典夫さんは、自分の変化にとまどいを覚えることもあった。
「彼のことは信用していたけど、自分の気持ちを言って引かれる可能性もある。それでも、やっぱり言いました。相手からはすげー真摯に『嬉しいけれど、僕はストレートだから気持ちには応えられない。でも友だちでいたい』と言ってもらえて、恋愛としては玉砕したわけだけど、そこですっきりしました」
葛藤はなかったのだろうか? 性的マイノリティーは自殺率が高い。それだけ社会的抑圧は強く、悩みを抱える人たちがいる。
しかし、典夫さんは違ったという。
「うーん……根が楽観的というのもあるんですけど、自覚してからすぐに東京で働き出して、趣味でゲイのバレーボールサークルに入ったんです。その数の多さに『自分と同じ人ってこんなにいるんだ』と思ったくらいで、葛藤はほとんどありませんでした。田舎にいたら違っていたかもしれないけれど。ただ、同僚の女の子に好意を抱かれてしまって。光栄だけれど、今後続くと大変だな……と思ってオープンにしたぐらいです」
たったひとり、カミングアウトするのをやめた人

冒頭にある通り、典夫さんはTwitterのプロフィールに書くほどオープンにしているが、母にはカミングアウトしていない。
「『隠しごとをしている』と後ろめたさを覚えて、話したいと思ったときはある」
兄姉に相談すると、意見は2つに分かれた。兄は「言いたいのなら言った方がいい」、姉からは「やめたほうがいい。びっくりして心臓が止まっちゃうよ」と返ってきた。
改めて自分の胸に「なぜ、カミングアウトしたいのか?」と聞いた。典夫さんにとっては「自分がスッキリしたいから」だった。
「おふくろは昭和13年生まれの78歳。仮に僕が言ったとして、生きづらくなる気がするんです。周りの目が気になるのは想像できる。『西原さんの息子さん、こっちだったらしいわよ』……みたいなね。今の状態であれば『いつか結婚するんじゃないかな』と未来像をなんとなく描いて、畑やったり、地域の当番をして生活したり。そっちの方が幸せなんじゃないかって」
だから、「積極的に言わなくてもいい」という判断に至った。
カミングアウト、特に両親へのそれは、性的マイノリティーにとって、時に大きな決断となる。繰り返すが、典夫さんはオープンなゲイ。一方で「相手の状況によってグレーにしてもいい」というのが彼のスタンスでもある。
「10年後にはもっと変わっているかもしれないけれど、2016年の僕はこの選択をとりたいなぁと。東京ではLGBTもたくさんいて理解が進んでいるけど、全国の万人に共有できる段階ではない。今まで教科書にほとんど載っていなかったのに、急に理解しろと言われても厳しいですよね。びっくりするだけじゃ済まない」
これが2016年の日本に生きる典夫さんがたどり着いた、一つの答えだ。
僕は、哀れみの対象じゃない。生まれ変わってもゲイがいい
典夫さんは、BuzzFeedの取材に答えながら「こういう話ってメディア的に面白くないよね」と口にした。
「社会的に問題意識が共有されるのは、すごく大事だと思うんですけど……同情的な記事が⽬⽴っていると感じることも多くて。正しいんだけど、ちょっと違うような気も」
多くの人の気持ちに訴え、社会を変えていく上で、過酷な歴史や現状を伝えること、活動を応援することは確かに必要だ。しかし、その一方で起きる感情があることを忘れてはいけないと言う。
「同情を誘うような記事を読むと、LGBTの子どもたちが暗い気持ちになるような気がするんです。みんな、それぞれマジョリティ部分とマイノリティ部分ってありますよね。僕はマイノリティ部分がゲイなだけ。一側面から見たら異端かもしれないけど、哀れみの対象じゃない。『生まれ変わってもゲイがいい』って思うくらい、僕は自由に楽しく生きているんですよ」

典夫さんは、パートナーと「結婚」をする予定はない。日本ではそもそも法的に籍を入れられないが、近年増えている同性同士の結婚式を挙げる気もない。なぜか?
「必要性を感じないから」と返ってきた。
「権利があるのは当然なのだけど、その上で選択の自由があるわけで。逆に、『同性婚できるなら絶対した方がいい』って言われると、息苦しさを覚える人もいると思うんです。ストレートの人だって、みんなが結婚したいってわけじゃないでしょう?」
「遺産の相続権とか得られるものもあるけれど、男女のカップルでも、それが理由っていうよりも、単純に一緒にいたいとかウェディングをしたいから結婚するんだと思うんです。同性婚する人たちもきっと同じ。ただ、僕は好きな人と楽しく暮らして満足だから……ね」
母から結婚の話がでた時期もある。その際は仕事が忙しいとごまかし、罪悪感を抱くこともあった。しかし、次第にその気持はなくなっていった。
「家族だから、近しい人だから何でも話さないといけないとは思っていないんです。全部を知ることが必ずしも幸せにつながるとは限らない。言わなくてもいいことだってある。何かのきっかけで知ったのならば、それはそれでいいかなと。マイノリティとか関係なしに、白と黒に分けられないことって世の中にはたくさんある。曖昧でいいこともある。だからこの店のカラーはグレーなんです」