Appleがサブスクに参入する切実な理由

    26日にクパチーノで開催されたAppleのスペシャルイベントでは、iPhoneやiPadなどのハードウェアはリリースされず、Apple News+、Apple Arcade、Apple TV+などのサブスクリプションサービスがメインだった。その理由とは。

    3月26日にAppleが開いたスペシャルイベントでは、ハードウェアは発表されなかった。

    iPad miniやAirPodsは事前にしれっとリリースされ、噂されていたiPhone SE2やiPod、AirPowerは結局お披露目されずに幕を閉じた。

    Michael Short / Getty Images

    代わりに発表されたのは、Apple News+(雑誌や有料記事のサブスクリプション)、Apple Card(クレジットカード)、Apple Arcade(ゲームのサブスクリプション)、Apple TV+(オリジナル動画のサブスクリプション)といった、サービス群だった。

    「ああ、AppleはiPhoneなどのハードが頭打ちになったから次はソフトで稼ぐのだろう」と思わなくもない。

    基調講演のOP / Apple

    一見、地味な発表だ。しかし、その内容をつぶさに見ると、「10年に1度」レベルの発表だったといえる。それは、2008年のApp Store誕生以来となる新しいマーケットの立ち上げだ。

    サブスクリプションサービスは、既存のApp Storeのゲームと食い合わないのか?

    新しく発表されたサービスの中で「Apple Arcade」がある。これは月額料金を払えば、100以上もの有料ゲームが追加課金なしにオフライン、オンライン問わずプレイし放題になるゲームのサブスクリプションだ。

    Apple

    Apple Arcadeは独立したアプリではなく、App Storeの中に設けられる(画像の下)。ラインナップは完全新作オリジナルゲームとなる見込みで、現在のところ、コナミやSEGAなどの企業と提携して制作される100ほどの作品が並ぶ予定だ。今後、ほぼ毎週新作のゲームが追加されていく。

    ここでひとつ疑問が湧く。

    AppleはすでにGame Centerをはじめ、App Storeでゲームのマーケットを持っている。Apple Arcadeは、自分たちがこれまで築いてきた市場と食い合うことはないのだろうか?

    Apple

    Appleの見立てでは、カニバリは起きないようだ。

    App Storeでは10億人ものユーザーがゲームをダウンロードしているが、いわゆる人気のゲームは広告や、ゲーム内のアイテムに課金する、無料のものだ。Appleはこう述べている。

    「有料のゲームは定評のあるものが多く、実際にプレイしているユーザーには愛されていますが、無料ゲームとの競争は厳しく、特別に優れたゲームでもユーザー数では無料のものにかないません」

    「Apple Arcadeはこのような有料ゲームをApp Storeの10億人を超えるゲーム好きなお客様にお届けします」

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    要するに、有料アプリを増やしたいのだ。10億人を超えるユーザーの中には、たとえ月額料金がかかろうともリッチなゲーム体験をしたいユーザーもいると踏んでおり、この層を狙っている。だから、Apple ArcadeはApp Store「内」にある。

    既存のコンソールゲームに匹敵する体験をスマホでも可能にする。これが狙いだ。

    任天堂でさえ直面したジレンマ「ソフトの価値は一度下がると元に戻らない」

    課金なしの有料アプリは、しばし「売上」に苦戦する。例えば、任天堂がリリースした『Super Mario Run』は、途中までは無料でプレイができるが、最後までやりこむには1200円を支払う「売り切りタイプ」のゲームとして賛否両論を巻き起こした。

    Chesnot / Getty Images

    多くのゲームが無料で楽しめる中、この価格設定は「非常に高価」と評価されたからだ。実際、任天堂は2015年の株主総会でこのようなジレンマを吐露している。

    「スマートデバイス向けの課金では、「売り切り型」のものは実はあまりうまくいっていません。

    これは、スマートデバイス向けアプリはあまりにも競争相手が多いために過当競争が起こってしまっており、みなさんが値下げ競争をされた結果、ゲーム専用機向けソフトに比べて非常に安価に売られているためです。

    「キャンペーンで9割引」といったものをスマートデバイスのショップでご覧になったことがある方もいらっしゃると思います。

    確かに(ソフトは)デジタル商品ですから、固定費や輸送費がかかるわけでもないので、売れないよりは(安価でも)売れた方がよいのですが、ソフトの価値というのは一度下がると元に戻らなくなってしまいます。

    したがって、ソフトの価値を大事にしたい当社としては、値段を安くすることには限界があると考えています。

    『Super Mario Run』は、Appleのプラットフォームで1億5000万ものダウンロードを記録したが、売上自体は任天堂が展開する「課金型」のゲームよりも低かったという。

    では、どうすればスマホゲームでありながらも、既存のコンソールゲームに匹敵するようなクオリティのものを揃えられるのか?

    それが、開発費の助成だ。

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    すでに一部のディベロッパーたちとApple Arcade用のゲーム開発に着手している。その中には、ファイナルファンタジー・シリーズでもお馴染みの坂口博信氏、シムシティを手がけたウィル・ライトなど著名クリエイターの名前が並ぶ。

    基調講演で披露されたビデオ内で坂口氏はこのように述べている。

    『FANTASIAN』はこれまでは作れなかったゲームです。ひとつひとつ手作りにしなくちゃいけない。苦労の連続。背景にジオラマを使って、それを写真で取り込んでその上を3Dキャラクターたちが冒険するような……ジオラマを作る数にしても、ちょっと怖くなる数を作らなきゃいけない。

    これだけクオリティを追求できるのは、サブスクリプションで一定の資金がある程度集められるからだ(現段階ではAppleが払うのだろうが)。

    ユーザー目線で見ると、サブスクリプションとは「定額を支払い、○○し放題になる」イメージが強い。例えば、SpotifyやApple Musicは音楽が聴き放題だし、NetflixやAmazon Prime Videoは動画コンテンツを見放題になる。

    しかし、坂口氏の発言から見えるのは「クリエイターに一定の資金が集まることで、リッチなコンテンツが制作可能になる」もう一側面だ。つまり、サブスクリプションとはクリエイターに対する投資の機能も持つ。

    Apple

    坂口氏の発言にもあるように、長年温めてきた凝ったアイディアを作品に落とし込むには、まとまった資金が必要で、時間もコストも多くかかる。無料アプリでの制作資金では実現が難しい。

    Appleは「クリエイターが頭の中でずっと温めてきたプロジェクトを世に出して広めたい」と言う。開発資金の助成によって、よりリッチなゲーム体験を提供できる場を作りたいのだ。

    今後は「審査に通れば誰もがApple Arcade」用のゲームを制作できるようにする。App Store内で優秀なゲームを生んでいるディベロッパーに声をかけることもあるが、自薦も可能だ。

    Apple / Via developer.apple.com

    すでにディベロッパー向けのページには応募窓口が設けられている。審査が通れば、Appleのサポートのもと、リッチなゲームの開発が可能になる。

    Apple曰く「10年間に及ぶApp Storeの成長を見ていると、多くジャンルや種類が揃った方が、世界各地からクリエイターが集まり、場として活性化することがわかっているから」だ。

    Appleがサブスクリプションに着手する深い理由

    Apple

    重複するが、Appleは絶大な強みを持っている。それはデバイスを既に普及させていることだ。より多くのユーザーをゲームに引き込める。

    坂口氏は「僕たちの作品を手にとってもらえるということは奇跡的に嬉しいです」とApple Arcadeに参加する意義を語り、ゲームスタジオ「Finji」のRebekah Saltsmanは「みんながiPadもiPhoneも持ってる。新しいオーディエンスをゲームに連れてきてくれる」と興奮する。

    「キャンディークラッシュ」はシリーズ累計30億ダウンロードを記録し、「ポケモン GO」は8.5億ダウンロードにものぼる。桁違いのユーザーの手に渡ることを、10億ユーザーを抱えるApp Storeの歴史が証明している。

    これまで無料アプリがそのほとんどを占めていたが、有料コンテンツも爆発的に普及させたい同社の戦略がここに見える。

    Michael Short / Getty Images

    この方針は、同日に発表された「Apple News +」「Apple TV +」にも通じるという。

    App Storeをはじめインターネットは「無料」で体験ができるものがほとんどだ。しかし無料ビジネスの裏には、アプリ内課金や広告に依存せざるを得ない現実がある。誰でも気軽に作り手にまわれ、手軽にコンテンツを楽しめる。これは恩恵も多く与えてきたが(App Storeはまさにそうだ)、リッチなコンテンツが作りづらいという影も落とした。

    そこを打破するために、Appleはサブスクリプションに手を出したのだろう。

    つまり無料が主流のスマホのコンテンツ業界に、有料の世界という「もうひとつの世界」を導入させたいというのが、今回の発表の肝になる。

    Apple

    App Storeはアプリ市場としてクリエイティブの民主化をもたらした。学生がアプリを開発できるようになり、生まれたアプリの中ではメルカリやBASEのように誰もが売買の市場に参加できるようになった。

    それから10年が経ち、次にAppleは、サブスクリプションを導入することでクリエイティブの持続性、拡張性をもたらそうとしている。

    iPhone、iPad、Macという、世界的に普及している窓口をもって。

    そして、Appleは非常によくわかっている。クリエイターを大切にすることは、即ち顧客を大切にすることなのだと。

    バズフィード・ジャパン スタッフライター

    Contact Yui Kashima at yuuuuuiiiiikashima@gmail.com.

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