憧れのPhotoshopは10万円した。そんな時代があった

    あの日Photoshopがもう少し安かったら、私は今違う仕事についていたかもしれない。

    Adobeの製品は学生のうちに買っておきなよ。

    こんな話はよく聞いた。「学生のうちに旅行に行っておけ」「遊んでおけ」という謎のアドバイスはあまり信用していないけれど、Adobe製品を買っておけというのは、納得できる理由がある。学生だと安く入手できるからだ。

    AdobeのツールはCGやイラスト、デザインなどクリエイティブな作業をする上で欠かせない。例えば、ハードの話だとMicrosoftがいい、Appleがいいといった「派閥」の話が出るけれど、Adobeは唯一無二の強さを持っている。同社のソフトを真似た製品もいくつか出ているものの、越えられない壁は高すぎた。

    ただ、越えられないのは他社製品だけでなく、敷居もだった。10年ほど前は、一番人気のPhotoshopのソフトだけでも10万円ほどした。iPhone1台で10万超えという時代になる、もっと前の話。

    会場には1万4000人が集まった。(Yui Kashima / BuzzFeed)

    10月15日から17日までLAで開催された同社のイベントAdobe MAXでは、しきりに「誰もが何かを表現できるように」というオープンな言葉が並んだ。

    同社はiPadやiPhoneなどにモバイル用アプリをリリースしていたものの、片手間感が拭えなかった。Photoshopのアプリは、「Sketch」「Fix」「Express」など機能ごとでバラバラに分かれていたし、機能制限も多かった(私はそれでも結構愛用していたのだけど)。プロ用とアマ用にくっきりとした線があったのだ。

    ただ、どうやらこれからは違う方針のようだ。今回のAdobe MAXではモバイルへの本格化を体現するかのような発表がされた。

    完全版ともいえる「Photoshop CC for iPad」と動画編集用のアプリ「Adobe Premiere Rush CC」のリリースだ。

    208のレイヤーからなるこのイラストもPhotoshop CC for iPadならばサクサクと動かせる(Adobe Systems)

    これまでパソコンを立ち上げないと複雑な作業ができなかったPhotoshopが、iPadでほぼすべての機能が使えるようになった。また、Premiere Rushはスマホやタブレットで撮影・編集することを前提に設計されている。

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    Premiere Rush CC / Via youtube.com

    一部のプロ向けのハイクオリティな存在から、誰もが使える大衆的な存在へ。この変化は一体どの様に起きたのだろう?

    CEOのシャンタヌ・ナラヤンはこの質問に対して「サンフランシスコの夕日を見ている時にフッと浮かんだわけではなく、自然とそうなった」と答えたが、同社には間違いなく大きな変化があった。

    シャンタヌ・ナラヤンCEO(Yui Kashima / BuzzFeed)

    2012年から少しずつはじまったサブスクリプション型ビジネスモデルの転換だ。CPOのスコット・ベルスキーは「これまでのすべてが変わった!」と笑いながら語ってくれた。

    スコット・ベルスキーCPO(Rita Quinn / GettyImages)

    それまでソフトというパッケージの商品を販売していたメーカーが、クラウドベースの月額制(サブスクリプション)に転換したのは、2013年のことだった。一部の単体ソフトを個別に契約したり、複数のソフトを組み合わせたセットで契約でき、毎月契約量に応じた使用料を払うシステムに移行した。

    「これまで、一定期間のサイクルで新しいパッケージを作る……そんなビジネスモデルでした。でも、サブスクリプションに転換してからは、毎月新しいアップデートが必要になるし、ソフトごとの組み合わせまでも考えるようになった。製品を売るというよりも、常に価値を提供するという感覚の方が近いです」(スコットCPO)

    Adobe Systems / Via adobe.com

    Creative Cloudに移行してから、Adobeの売上は右肩上がり。大きな方向転換は、成功しているようだ。

    また、この転換にはひとつ10万円するソフトを月額制にする以上の変化がある。それは、クラウドで連携されるようになったため、ソフトをダウンロードした端末だけでしか使えないのではなく、パソコンやスマホなど、いろんな端末でのファイルの確認、編集ができるようになった点にもある。

    料金と手段の2方向で敷居が低くなったのかもしれない。

    Adobe MAXにはAppleのフィル・シラーも登場した。(Yui Kashima / BuzzFeed)

    「Adobeはプロのデザイナー向けに製品を作っていました。でも、私たちのミッションは、プロのための良いものであることはもちろん、誰もが最高のアウトプットができるようにすることです」

    「だからこそ、速くて使いやすいものを開発する必要があるのです。半年かけて作る大作ではなくて、6分で作りたい。みなさん良いアウトプットをしたいという欲求がかつてないほどに高まっているのです」(スコットCPO)

    数年前、念願叶ってインストールしたPhotoshopは、あまりに複雑で途方に暮れた。使いこなせてこそプロの証だし、私はクリエイティビティに欠けるなあと思っていたけれど、ハンズオンの現場で触ってみるPhotoshop CC for iPadは、心なしかデスクトップ版よりも直感的に見えた。

    Adobe Systems

    指のピンチだけで、ここまで画像を拡大できる。全くもっさりしない

    PCよりも処理速度が劣るタブレットでも、全く違和感なく重い画像をいじくり回せる。指で触れたり、ペンでそのまま描けるタブレットのUXがなせる技なのかもしれないけれど、とにかく「あ、私も何か作れそう」と思えた。

    昔、マンガ家になりたかったんだよな。